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「彼の名前はジョシュア・ゴードン。
僕の古くからの友人なんだ。
ジョシュア、彼女はロレッタ。
スタリナール商会のアドバイザーって言えば名前くらい知っているだろう? 」
ゆっくりと走り出した馬車の中でグレンが馬車の主を紹介してくれる。
ん?
ジョシュア?
何処かで聞いた名前かも?
またしてもあたしの前世の記憶がそれに反応する。
あ~、でも。
十年以上も前に思い出した前世でプレイしていたゲームのシナリオなんてもうほとんど思い出せないよぉ。
でも、思い出さないとやばいんだよね。
過去の記憶を思い出したくて思い出せないジレンマに地団太を踏みたい思いを我慢しているうちに不意に馬車が止った。
馬車が行き交う往来に信号機みたいな役割をするものもついていないから、こういう混雑する大通りでは普通にあること。
あたしはそれを確認しようと、視線を窓の外に向けた。
普通は歩行者のあまりいない歩道もない大通りの脇で、一人の女の子がおびえたような様子で足を止めている。
あれって、もしかしなくてもさっき親切にあたしに声を掛けてくれた子だ。
「ちょっと、あなた! 」
放って置けなくて馬車の窓から声をかけた。
「え? はい、わたしのこと? 」
女の子はあたしの声に振り返る。
「危なくてよ。
こんなところで何をしていらっしゃるの? 」
大通りははっきりとした歩道もない上に空いていればスピードを出して走る馬車もあるから歩行者は一本奥に入った裏通りを使うのが普通だ。
「道に、迷ってしまって。
途中で道を聞いたら、この道を真っ直ぐ行くのが早いってお話だったんですけど…… 」
……誰よ、街に出てきたばかりの田舎娘にこんな危険な道教えたの?
あたしの前世で例えれば、高速道路に放り出されたようなもんじゃない。
「とにかく、危ないから、乗って。
いいわよね、ジョシュアさん」
馬車の主が頷いたのを見届けてあたしはドアを開く。
「で、どこに帰るつもりだったんだい?
ここから大通りを真っ直ぐって言うと行き先限られいるんだけどな」
女の子が馬車に乗り込むと、早速グレンが話かけている。
やっぱりコイツ手が早いな。
「まさか王城に用があるわけじゃないよね? 」
確かに街を貫く大通りのどんづまりは王宮だ。
反対側を行けば都の外に出る。
通りの両側に並んだのは神殿と公共機関、それから有力貴族のタウンハウス。
まだ年端も行かない普通の身分らしい女の子が用のある場所とは思えない。
「その…… 王城です。
わたしのおつかえしている方が、昨日から滞在してまして……
ご主人様の言いつけで買い物に出たんですけど、迷ってしまって」
少し怯えたように女の子は説明をはじめた。
そりゃ、そうよね。
道々で怖い思いした上に、ひろってもらった馬車の中、グレンの距離があまりに近い。
「じゃ、王宮まで送ればいいかしら? 」
少女をこれ以上怯えさせないように、あたしはグレンの会話の隙に割って入った。
「いえ、とんでもないっ!
何処か交通量の少ないところまで行ったら降ろしていただければ。
……その、後は道を教えていただければ帰れますので」
女の子は慌てて首を横に振った。
「気になさらないで。
この道、王城まで真っ直ぐですもの、これ以上交通量減らないと思うし、どっちにしろこの馬車王城の前を通るの。
ですから遠慮はなさらないで? 」
言っているうちに馬車がそろそろと動き出した。
「王城の前で一旦止めてくれ」
馬車の主が御者に向かって叫んだ。
王城の門扉少し前で馬車が路肩に寄せられて止った。
「この馬車じゃ王城の門は潜れない決まりだから、ここまでだけど、悪いね」
ジョシュアが言う。
王城に入れるのは貴族の紋章を飾った馬車と、通行証を提示した馬車に限られている。
「とんでもないです。
ありがとうございました。
あの、あたしエリサって言います。
お嬢様のお名前訊いてもいいですか? 」
「わたくしはロレッタ、こっちがグレンで、馬車を貸してくれたのがジョシュアさんよ」
「本当に、ありがとうございました」
女の子は馬車を降りるとぺこりと頭を下げて王城の門の向こうへ走っていった。
「ごめんなさい、手間をかけさせてしまって」
少女を見送って走り出した馬車の中であたしは謝罪する。
きっと忙しいのに余計なことまでお願いしてしまった。
「いや、俺たちは暇だから。
それより君、ロレッタ嬢は時間大丈夫なのか? 」
「え? やだっ、もう時間過ぎている? 」
そのはずだよね。
もともと遅くなった上に、馬車を探して、渋滞にはまって。
かなり時間が過ぎているはず。
「ほら、着いた、急いで」
商会の前に止った馬車のドアを開けてくれながらグレンが言う。
「ありがとう、助かったわ。
このお礼は、また今度」
お礼を言って、慌てて馬車を降りようとした途端足がもつれた。
痛みが少し引いていた上に歩く必要がなかったからわすれていたけど、あたし足痛めていたんだった。
「危なっかしいな。
悪い、ジョシュア、ちょっと待ってて」
言うや否や馬車から飛び降りるとグレンはあたしを横抱きに抱き上げた。
「グレン? 大丈夫自分で歩けますわ。ですから、降ろして」
いやぁ、さすがにこの体制は恥ずかしいわ。
それに、結婚前の男女、絶対まずいでしょ。
「怪我人のお嬢様をこんなところで放り出したら侯爵に怒られるよ。
だから、じっとして」
グレンは慣れた様子で商会の建物のドアを潜ると応接間にあたしを運び入れた。
「じゃ、手当ての方は頼んだよ。
俺は役員に遅れた説明してくる」
少し遅れてついてきたケイトに言うとグレンは応接間を出て行った。
「少し、腫れてきましたね。
痛みますか? 」
あたしの前にかがんで足首を確認しながらケイトが訊いてくる。
「ん? 少し。
でも大丈夫よ。
グレンが大げさにしてくれただけで、かろうじて歩けるし。
会議に、行って来るわ」
会議室に行こうと立ち上がろうとした時、ドアがノックされる。
「お嬢様、お怪我をされたとか。
打ち合わせは後日に改めましょうか? 」
グレンのお父さん、ハミルトン専務が顔を出して言ってくれる。
「そんなに大げさにしなくても大丈夫よ。
ちょっと挫いただけだし、座ってお話をする分には支障なくてよ」
「では、こちらに場所を移しましょう。
侯爵は急用で外出されてしまいまして、いらっしゃいませんから、ここでも大丈夫ですよ」
そう言ってくれる。
暫くすると、商会の社員さん二・三人が応接室に集まった。




