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「レイモンド殿下まだお嬢様を諦めていらっしゃらないのですか? 」
「さぁ?
お相手はわたくしではないかもしれないわ。
もう何年も会っていないのですもの、その間に素敵なお嬢様とお知り合いになって恋に落ちているかも知れなくてよ? 」
どっちにしろ、王侯貴族の奥様が家族の食事を用意するって言う習慣、他国ではないはずだから、当然生まれながらの王女様お料理なんかしたことない筈。
そうなると勝負は最初からついたようなものじゃない。
レイモンドはそれで降って湧いた縁談を断ることができるって踏んでいるのかも知れないけど、実際はそうはいかないよね。
和平のための婚姻、難癖つけて断ったら絶対大騒ぎになる。
なんてこと考えて歩いていたら、突然正面に人影が飛び出してきた。
それも真っ直ぐこっちにすごいスピードで走ってくるうえに、あたしの姿が目に入っているはずなのによける気配さえない。
「ドロボーだっ!!!
誰か捕まえてくれっ!!! 」
人影の背後から切羽詰った声だけが追ってくるけど、厄介ごとに巻き込まれるのを嫌がってか誰も手を貸そうとはしない。
「どけっ、邪魔だっ!!! 」
叫ぶとあたし目掛けて突進してくる。
危うくぶつかりそうになったところでその人物はすれ違い様あたしを肘で押したくった。
よろけて足が絡まる。
「ひっ…… 」
声にならない悲鳴をあげると視界がひっくり返る。
往来に並んだ石造りの家の屋根に取り囲まれた青い空。
「お嬢様っ! 」
ケイトが青ざめた顔で上からあたしを覗き込んでいた。
「大丈夫ですか? お怪我は? 」
訊きながら手を差し出してくれた。
「大丈夫、転んだだけよ」
言って、ケイトの手を借り立ち上がろうとした時、右足首に激痛が走った。
「痛ったぁ…… 」
声をあげてその場に座り込む。
「まぁ、どうしましょう?
歩けそうにありませんよね」
ケイトが眉根を寄せる。
「困ったわ、レスターもいないし。
馬車を探してきます、動かないで待っていてくださいね」
言い置いて引き止める暇もなく、往来の人の中に消えてしまった。
ちょっとケイト。
心配性にも程がある。
急いで馬車を探しに行かなくても、もしかしたら体制を立て直せば歩けるかも知れないのに……
呆然と考える。
待っていてって言われてもね、こんなところに一人置き去りにされるのはちょっと……
往来に座り込んでいるって言うのはなかなか目立つものらしい。
とおりすがる人々が必ずと言っていいほどあたしのほうをちら見していく。
とりあえず、立っておいたほうがいいかな?
足の痛みを我慢して、ゆっくりと立ち上がろうとしたら右足が不自然に曲がる。
もしかして折れちゃった?
嫌な予感が頭の片隅をよぎった。
それにしても、なんだろ? 何かに引っかかったようなこの感覚。
恐る恐る視線を送ると、靴のヒールが石畳の隙間に挟まって折れてまがっていた。
折れたと思ったのは足首じゃなくてこれのせい?
とりあえず両手で思い切り引っ張ってヒールを隙間から引き抜いた。
痛みはあるけど、まがった違和感はない。
これならかろうじて立てそう。
「あの、大丈夫ですか? 」
走る痛みを我慢して立ち上がろうとしたとき、誰かの心配そうな声が掛かる。
「え? 」
顔をあげると、あたしと同じくらいの年頃の若い女性が手を差し出してくれていた。
「ええ。
ありがとう」
その手を借りて立ち上がる。
「歩けますか?
誰か人を呼んできましょうか? 」
見ず知らずの人に声を掛けてくれて手を貸してくれるなんて、優しい人だな。
「ご親切にありがとう。
でも大丈夫よ。
連れが今馬車を探しに行ってくれているの。
すぐに戻ると思いましてよ」
お礼を言って状況を説明する。
「そう?
なら、よかったわ。
じゃ、気をつけてね」
女性は周囲をきょろきょろと見渡して通りの向こうに駆けていった。
「レディ・ロレッタ? 」
女性の背中を見送っていると反対の方から聞いたことのある声があたしの名前を呼ぶ。
「グレン?
どうしてここに? 」
声の主の顔を見てあたしは声をあげる。
「それは僕が聞きたいね。
ケイトだっけか、いつも一緒のメイドさんは? 」
「今、馬車を探しに…… 」
言いながらあたしは周囲を見渡すけど、まだケイトの姿はない。
「馬車を?
どうかしたのかい? 」
「何でもありませんわ」
余計な心配はかけさせたくなくて、あたしは足を痛めた事は黙っておく。
「この辺りは馬車が捕まりにくいんだ。
ちょっと、待ってて」
言うや否や消えてしまった。
程なく、一台の古いけれど手入れの行き届いた馬車があたしの目の前に止る。
「乗って」
ドアが開くとグレンが下りてきてあたしを促す。
馬車の奥にもう一人若い紳士が乗っていて座ったまま身を乗り出してあたしに軽く会釈した。
「本当は家の馬車で送ってあげられればいいんだけど、あいにく今使用中でね。
友達に頼んだから、送っていってもらいなよ」
「そんなの、悪いわ」
グレンに送ってもらうのだって申し訳ないのに、見ず知らずの人の馬車じゃ尚更申し訳ない。
「遠慮はなし。
その足じゃ、スタリナール邸にも商会にも帰れないだろう? 」
「見ていらっしゃったの? 」
恥ずかしいところを見られちゃったな。
そう思った途端あたしの頬が上気した。
「ああ、声を掛けようと思ったら先を越された。
いいから、乗って。
ほら、メイドさんも戻って来たから」
「そうですよ、送って下さると言って下さっているんですから、お願いしませんか?
申し訳ありません。
辻馬車が全く捕まらなくて」
どこまで探しに行ってくれたのか、ケイトが息を弾ませながら謝る。
さっきのグレンの言葉どおり、彼方此方探してくれたのに馬車が捕まらなかったって事だよね?
仕方がない。
この男に借りを作るのは少々気が引けるけど、甘えてしまおう。
でないとケイトを商会まで馬車を呼びに行かせた上、あたしはその間ここで立ったまま待つ目に遭う。
「お願い、して、いいかしら? 」
「どうぞ、ご遠慮なく」
あたしの問いに馬車の主が頷くのを待って、ケイトと一緒に馬車に乗り込んだ。




