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ついさっきまでバザーの会場は人でごった返していた。
それが嘘のように静まり返っている。
「皆さん、お疲れ様でした。
今日はお手伝いいただいてありがとうございました」
会場に残った人にシスターの一人が頭を下げた。
「じゃ、これで解散ね。
エリナ先生もご苦労様」
あたしはさっきまで隣に立って、衣料品の販売をしていたエリナさんに声をかける。
「じゃぁ、わたしはお嬢様をお迎えに…… 」
「ロレッタお姉さま。
エリナ先生! 」
エリナさんが品物を並べていた台を避け、表に出ようとした時、赤いリボンのツインテールを揺らしてパティが駆け寄ってきた。
「絵本の読み聞かせも、終わったみたいですわ」
その姿を目にわたしは呟いた。
「教えたとおり、上手にできましたか? お嬢様」
すぐ側まできて立ち止まったパティにエリナさんが訊く。
「もちろん!
パティお姉ちゃんの読み聞かせ、聞きやすくて面白いって、子供たちが皆言ってくれるのよ」
パティは得意そうに胸を張った。
「そう、よかったわね」
あたしは言いながらも小さく首を傾げる。
毎月一回教会で行われる慈善バザー。
貴族の奥様やお嬢様がお手伝いするのが恒例になっているんだけど、あたしがお父さまからお手伝いのオッケーをもらったのは、まだつい最近でこんな小さなうちからじゃなかったんだけどな。
「お父さまのハミルトン子爵が、少し早いけどこれも経験だといいまして」
その様子を見逃さなかったのかエリナさんが簡単に説明してくれる。
親の考え方の違いってヤツ?
「じゃ、ご褒美にカフェに寄って新作のフルーツパフェでもどう? 」
あたしは少し腰を落としてパティの目線にあわせて訊いた。
「お嬢様、残念ですけど、それは無理ですよ。
この後商会の方々と新商品の打ち合わせがあるのをお忘れですか? 」
台の向こうで売れ残った衣類を畳みなおして整理していたケイトは、あたし達の会話を聞いていたみたいで、すかさず言う。
そうだった、今日は新商品開発のアイディア出しのお手伝いをする約束になっていた。
マヨネーズの一件以来、あたしは時々商会のお手伝いをしている。
主に商品開発のヒントを提案するだけなんだけどね。
「それ、忘れていましたわ。
ごめんなさい、今日は予定が入っていましたの。
パフェはまた今度でいいかしら? 」
あたしはパティに向き直る。
「残念だけど、お仕事じゃ仕方ありませんわ。
どっちにしてもわたしもダメだし。
またの機会を楽しみにしています。
その代わり、絶対よ」
パティはがっかりする様子もなく笑みを浮べる。
聞き分けのいい子で助かった。
本当はパティを餌にもう少しエリナさんとお話したかったんだけどな。
いつもなら家庭教師は生徒のお嬢様にぴったり張り付いて、そっちに神経集中させているから話し掛けても迷惑そうな顔されるんだけど。
今日はのバザーは仕事の分担の都合であたしとエリナさん二人で過ごしていたからそれを糸口にもう少しお話できるんじゃないかって期待したんだけど。
仕事相手が待っているとなれば話は別。
「皆様、今日はお力添えありがとうございました。
お時間がございましたら、お茶をご一緒したいと院長が申しておりますが」
奥から出てきたもう一人のシスターが声をかけてきた。
「ごめんなさい、シスターエリコ。
お手伝いが済んだらすぐに帰ってくるようにってお父さまに言いつけられているの」
パティがちょこんと頭を下げる。
「それでは、仕方ないですね。
スタリナールのお嬢様はいかがでしょう? 」
シスターがあたしに顔を向けて訊いてくる。
年はあたしくらいとまだ若いし、ベールも着ているものも略式だから見習いさんかな?
「ごめんなさい、わたしもこの後人と会う予定が…… 」
言いながらパティからシスターに視線を移す。
んんん?
今パティ、「シスターエリコ」呼んでいたような?
他のシスター見習い達と同じように略式とは言え修道服にベールを被っていたから気がつかなかったけれど、もしかしてこのシスター四人目のエリちゃん?
まさかね、没個性度が他のエリちゃんより上だからってそう決め付けるのはよくないか。
相手はシスターだし。
「お嬢様、そろそろ参りませんと、お時間になってしまいます」
ケイトが控えめに声を掛けてくる・
「ああ、そうね。
じゃ、ケイト。行きましょう?
皆さん、ごきげんよう。
パティ、またね」
周囲にいた人たちに挨拶して、あたしはケイトとバザー会場を出る。
「遅くなってしまったわね、ケイト。
少し急ぎましょう。
お父さまきっと心配しているわ」
どんな事情があったのかはわからないけど、今日のバザーは少し始まるのが遅かったせいでしまいも遅くなってしまった。
少し足を急がせて往来へ出る。
この教会から商会の事務所まではほぼ十分歩き切れない距離じゃない。
途中オープンカフェや屋台の併設されたマーケットの中を横切るから、市場調査も兼ねてあたしはいつもいて行くことにしている。
「……で、あるからして。
我々は、絶対に阻止しなくてはならないのだ」
「そうだ、そうだ! 」
「いいぞ! 」
マーケットの隣接した広場で誰かが声高に演説し、それに同調した人々の囃子声や口笛が飛び交うのを耳にその傍らをすり抜けた。
「なんだか、物騒な世の中になりましたね」
その様子を横目にケイトが眉を顰めた。
「仕方がないわ、隣国との関係が巧く行ってないんですもの」
事の発端は塩の採掘量の激増にあったみたい。
この国で流通しているお塩は一般的に岩塩なんだけど、国全体を賄うほどにはちと足りなくて、隣国から輸入していたらしい。
ところが何とかって言う人が塩坑の効率的な採掘法開発したとか何とかで急に国に出回る塩の量が増えた。
当然、隣国から輸入される塩が激減したわけなんだけど。
ほぼ塩の輸出だけで外貨を稼いでいた隣国が黙っているわけがなかった。
なんだかんだで、戦争でもはじまるんじゃないかって噂まで出てきて、人々の不安を煽っている。
そのせいで、街の人々がどことなく殺気だっていて彼方此方で小競り合いが頻発していて、ケネス達はその仲裁に引っ張りだこだって話。
おかげで用もなくあたしの前に現れなくなっていいんだけどね。
あたしの従者だったレスターも先月、昔からしたかった兵士の求人があったからって辞めて行った。
「お嬢様、先日のお話本当なんですか? 」
「ああ、レイモンドのこと?
本当らしくてよ。
本人は納得していないみたいですけど」
先日、何の予告もなく突然、王宮からの呼び出しが来て出かけていったお父さまが「王太子殿下の選定試験がなくなるかも知れない」と、言っていた。
何でも隣国の王室で今にも破綻しそうな両国の関係を保つためにと、両王族間での婚姻を提案してきた。
本音を言えば、自国の王子に王女を娶わせたかったらしいんだけど、今この国に年頃の王族の娘が一人もいないことから王女を輿入れさせることにしたらしい。
ところが当人の王太子がなんとしても首を縦に振らない。
どうしてもと言うならこの国の慣わしどおり輿入れしてくる姫君にも選定試験を受けさせるべきだ。
などと無理難題を言い出したらしい。




