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「お嬢様、先ほどはありがとうございました。
何か忘れ物ですか? 」
カフェにつくと店長さんが慌てて出迎えてくれた。
「ごめんなさい、さっきのシロップの材料に落しがあって…… 」
「ああ、それでしたら、解決済みですのでご心配なく」
キッチンの入り口から声がした。
「オレンジの果皮のすりおろしですよね」
エリカさんがキッチンからオレンジ色の液体の入ったピチャーを手に出てくる。
「指示どうりに作ったんですけど、どうしても持ってきていただいたサンプルのシロップと同じにならなかったので、オレンジ果汁だけではなくてオレンジ全体を使うってことなのかな?
って、あたりをつけたんです。
どうでしょう? 」
言ってあたしにピチャーを差し出す。
席に付き、一緒に出してもらった小皿に移してスプーンで掬って口に運ぶ。
「う、そ」
ひとなめしてあたしは目を見開いた。
正確な分量を教えられないせいで今まであたしが作った試作品と同じ味にたどり着くのに最低でも四五回は掛かっていたのに。
今度のシロップは完全に同じ、ううんそれより出来がいい。
どうやったのかはわからないけど、すっきりしていて雑味がない。
材料に不備があったのに、何故?
「……これ、あなたが? 」
あたしはウエイトレスを見上げる。
「はい」
「すごい! 完璧よ! 」
つい興奮して大きな声が出てしまった。
いや、普通ならここでライバル登場で青くなるところでしょう。
まさかとは思うけど、この子ロレッタと同じ舌とセンス持ってる?
これなら、なんでも一度口に入れたら完コピできそう。
「それから、これ…… 」
もうひとつ小皿に乗せて差し出されたのは親指の頭くらいの大きさに整えられたチョコレート色の立方体。
摘んで口に入れると表面のチョコレートが溶け中のブラウニーがほろりと崩れる。
あれ? これ刻みナッツが練りこんである。ブラウニーに深味がでるし食感が面白い。
「ご提案していただいた、ココアのバターケーキもよかったですけど、削氷にトッピングして暫くするとふやけるのが気になったので、チョコレートでコーティングしてみました。
チョコレートを表面にかけた分、中のココアを削りましたのでコクをだすために刻みナッツを入れてみたのですが」
小首を傾げてにこりと笑って説明してくれる。
悔しいけど、あたしが考えたのより完璧だわ。
「うん、いいと思う。
というか、完璧!
皆に了解が取れたらこれで行きましょう」
「ありがとうございます」
エリカさんはぺこりと頭を下げた。
「ねぇ、こんなこと訊くのルール違反なんだけど、シロップのほうも何かひと手間加えてない? 」
「わかるんですか?
店長さんに味見してもらったら変わらないって言われて、がっかりしてたんですけど」
あたしの問いにエリカさんははしゃいだ声をあげた。
よっしゃ!
これで仲良しさんになるつかみは出来た。
「何? 何か楽しい話をしているみたいだね」
この声は……
でたっ。
振り返ると同時に心の中で叫ぶ。
追い返したい気分なんだけど、ここは仲良くならないと、なんだよね。
「さっきはごめんね。
妹がどうしても午前中の空いている時間に動物園に行きたいって言っていたから。
これからでよければ、どう? 」
いやいや、いやいや……
今朝方、誘いに乗ったつもりはないんだけど。
今からだってお出かけに付き合うつもりなんかない。
強いて言えば、ちょっとお話したいだけ。
「どこがいい?
アリエットパークで乗馬でもしようか?
それとも散歩がいい?
パークの外れに新しくティールームがオープンしたんだ、お茶でもしに行く?
たまにはいいもんだよ、知らないところに行くのも。
そうそう、今夜オペラ座でやるオペレッタ観に行く?
演目は、確か『藪医者とウサギ』。面白いって、今話題だよ。
チケットなら気にしなくていいから、取引先の知り合いに頼めば…… 」
「グレンさま、もういい加減にして下さい。
お嬢様困っているじゃありませんか」
黙っていたら頷くまで延々と続きそうな誘い文句をエリカさんが遮った。
「だいたい、お嬢様は未青年です。
デビュタント前のご令嬢が、ご両親の付き添いなしに観劇なんかにいけるわけないじゃないですか。
もう少し考えてくださいよ」
「そうだったね、ごめんごめん。
こんなところにメイドの付き添いだけで来ているから、うっかりしたんだ」
「お嬢さんはお仕事でいらしているんです。
遊びにきているわけじゃありませんから。
ほら、早く行ってください。
次の取引先とのお約束があるんじゃないんですか? 」
「え?
ああ、そうだ、忘れてた! 」
ありがとう、エリカ。
じゃ、またあとで。
ロレッタ嬢もまた今度ね」
エリカさんの言うとおり本当に仕事が残っていたみたいで、グレンは慌てて掛けて行く。
「まったく」
その背中を見送りながらエリカさんがあからさまに溜息をついた。
「ごめんなさい、邪魔が入ってしまって」
改めてあたしに向きなおしながらエリカさんは軽く頭を下げた。
「ううん、平気。
それより、仲がいいのね」
グレンに向かって、いかにも迷惑そうに言いたいことを喧嘩にならずに言えるってことはある程度の親密度が必要。
「そんなことないですよ。
グレンさまは誰にでもああなんです。
わたしも、ここにお勤めして初日から誘われました。
それ以来ずっとあの調子です。
どうしてなんでしょうね?
とにかく一時もお一人でいたくないみたいで、お隣に誰か居ないときにはああして必ず話し掛けてくるんです。
それも、赤の他人だからって、敬語なんか使って一線を引くととにかく悲しいお顔するんです。
ですから気軽にお話はしていますけど、それほど親密な仲って訳じゃありません」
「正直、邪魔じゃない? 」
「まぁ、お店のお客さんがたてこんでいる時は。
でもお客さんの中にも若い女性いますから、そっちに話し掛けられているほうが多いですから邪魔になるような事はほとんどありません」
エリカさんは少し困ったような笑みを浮べた。
「よっし、これでいいかな? 」
目の前に並べたお皿の上からあたしは顔をあげる。
今日のメインは蒸鶏のカレーマヨソース。
付け合せにそえた赤いリンギットの実のソテーと焼茸のコントラストがなかなかきれい。
ま、こんなところかな。
「お嬢様、やっぱりこのソースはどうでしょう? 」
ケイトが首を傾げた。
「う~ん、お母さまとも話したんだけど、一品くらい珍しいものがあったほうが話が弾むんじゃないかって」
「それは解りますけどね。
さすがに、カレーはやりすぎでは? 」
「そうぉ?
お味噌やわさびは諦めたんだけどな」
「まぁ、奥様が納得されていらっしゃるのであれば、いいんですけど……
あ、お嬢様、そろそろお時間ですよ。
早く着替えてください」
キッチンの片隅からケイトが声をかけてくれる。
「ええ、そうするわ。
あと、お願いね」
「はい、お出しする直前にソースをかければいいんですよね」
「そう、それまでできるだけ冷めないように気をつけておいて」
モリーに言いつけてケイトと一緒にキッチンを出る。
今夜はお父さまにお願いしておいたグレンを招待しての晩餐会。
さすが、いまだに娘にでろでろのスタリナール侯爵。
お願いしたのは数日前なのに、もう段取りを取り付けてくれた。
「お嬢様、ドレスは本当にこれでいいんですか? 」
着替えを手伝ってくれながらケイトが首を傾げる。
「いいのよ、別になんだって」
正式な晩餐会だとそれなりのドレスコードがあるんだけど、あたしはまだデビュタント前で正式な会には出られないから、今夜は我が家の晩餐にグレンだけをご招待したって形の略式。
だからドレスだって普段晩餐の時に着ているもので充分。
むしろあんまりめかしこんだら、グレンに余計な勘違いさせそう。
「お嬢様、お客様がお着きになりました」
着替えが済むとほぼ同時に表向きのメイドが迎えにきた。
「ありがと、今行くわ。
じゃ、ケイトもあとお願いね」
ケイトに頼んで部屋を出る。
エントランスホールへ降りると既にお父さまがグレンを迎えに出ていた。
相変わらずさっらっさらな髪を首筋で一つに纏め、晩餐用の正装がよく似合っている。
そういえばあれから少しだけ思い出したんだけど、この時点じゃまだ本人も知らないけど、今は亡き王弟陛下の落しだねだったりするんだよね。
確かハミルトン子爵の本当の子供じゃなくて、子爵のお姉さんが亡き後その子供を引き取ったって。




