-3-
午前中のまだ日差しの柔らかい時間帯に、あたしはケイトと一緒に昨日のカフェの店先にいた。
「どう?
宇治金時程は新鮮味がないんだけど、予算的にはこっちの方がいいと思うの」
目の前にオレンジシロップとブラウニーもどき数種類を並べて、同席してもらったカフェの店長と調理係に提案する。
何しろ輸入品の抹茶はとんでもなく高価だったから、練乳とか自家製あんこ(ケイトの言うところの豆ジャム)が程ほどでも、抹茶シロップのせいで原価が跳ね上がる。
ブラウニーにもチョコが入るけど、こっちの方が抹茶よりは安価。
「失礼します…… 」
そこへ店の奥からウエイトレスが頼んでおいた削った氷を持って現れた。
「ありがとう、そこ、へ…… 」
ウエイトレスさんの顔を目に思わずあたしの口が止った。
少し赤みを帯びた茶色の長い前髪が斜めに顔を横切って顔の半分を完全に隠している、ウエイトレスの制服着てるから完全に没個性。
年はあたしと同じくらいか一・二才程度上だと思うんだけど、顔がはっきりしないからよくわからない。
「ああ、お嬢様は初めてでしたね。
先月から働いてもらっています…… 」
「エリカです。
よろしくお願いします」
店長さんの言葉を受けてウエイトレスさんはぺこりと頭を下げた。
ふぇ?
没個性のだっさい前髪のエリちゃんが二人?
いやいや、二人もいる訳ないよね。
こっちの子はきっとたまたま前髪で顔が隠れているだけで、ウエイトレスの制服脱げば、そこそこなんじゃないの?
「お嬢様? 」
考えていると店長さんが首を傾げている。
「あら、ごめんなさい。
問題は、氷との相性よね」
下がっていくウエイトレスさんの背中を見ながら、持ってきてもらった削氷にシロップを掛けてブラウニーを添える。
うん、苦味を出すために入れた果皮のおかげかしっかり色が出て氷に染みてもきちんとオレンジ色が出てる。
それにブラウニーのチョコレート色がよく映える。
まず見た目はクリアかな。
あとは……
とりあえずケイトも加えた四人で口に入れてみる。
うん、まずまずなんじゃないか、な。
ただブラウニーの一部がシロップと溶けた氷の水分を吸って崩れかけてる。
こうなると食感もなにもあったものじゃないし、氷に混じると汚いな。
そっちの角切りにした少し硬いのが溶けた水吸ってないけど、バターの含有量が多いせいか、氷に冷やされて口解けが悪い。
「やぁ、ロレッタ嬢、何しているの? よく会うね」
考えていると突然声が掛かる。
顔をあげると、昨日のイケメンさんがあたしの手元を覗きこんでいた。
「それ、新しいフレーバーだよね。
仕事熱心だね」
にこりと浮べる笑顔がやっぱり素敵。
「あのさ、この後時間ある? 」
やっぱり、そう来るか。
ちょっとでも素敵なんて思ったところにこんな風に畳み込まれるとつい、ふらぁってなびきそうになる、よね?
「ごめんなさい、わたしこのあと…… 」
「お兄さま! 」
断ろうと口をあけたあたしの声は背後からの小さな女の子の声にかき消された。
「また、親しくもない女性に声を掛けて。
今日は動物園に連れて行ってくださるお約束でしょう」
「ああ、そうだったね。
ごめんごめん」
グレンは顔をあげて視線を送った先には、大きな赤いリボンで結んだツインテールを揺らした七歳くらいの女の子が家庭教師と思しき若い女性を連れて立っていた。
「どういう、こと? 」
思わずわたしは呟く。
「ごめん、妹と約束していたんだった。
よかったら君も一緒に、どう? 」
グレンがすかさず言ってくるけど、わたしが呟いた言葉の答えとはまるで別物。
訊きたいのは、グレンの妹だって言う女の子の後ろについている家庭教師らしい若い女性の方。
さっきのウエイトレスほどじゃないけど、茶色の前髪が斜めにかかり、目深に被った帽子のせいで顔がよくわからない。しかもやっぱり髪と同じ色の流行遅れの古臭い外出着。
「お兄さま、早くなさって!
動物園開園の時間になってしまうわ。
先に参りましょう、エリナ先生」
少女は家庭教師の手を握って歩き出す。
やっぱりエリちゃん?
エリちゃんが三人?
いやいや、何かの間違え?
気のせいでしょう。
きっと四人目の攻略者登場に、あたしの神経が過敏になっているんだ。
だって一つのお話にヒロインが三人ってあまりにも不自然だし。
ただ、最初のエリーがヒロインだって思い込んでいたけど、他のエリちゃんがヒロインって言う可能性もあるってだけで。
「……いいと、思いますが? 」
「わたしも、賛成です、お嬢様はいかがですか? 」
「何が? 」
不意に話題を振られ、あたしは戸惑った。
いけないいけない、商品開発中に思考が他にすっ飛んでたわ。
「ブラウニーですよ。
私たちはこれがいいと言う意見で一致したのですが」
「ええ、わたしもそう思っていたの。
だけど、少し口溶けが気になるんだけど」
「では、こちらで少し改良してみます。
お嬢様の方でも改善の余地があれば仰ってください」
「わかったわ。もう少し考えてみる。
じゃ、後はよろしくね。
できたらまた味見にくるわ」
ゆっくりと立ち上がる。
「行きましょう、ケイト」
日傘を広げると歩き出す。
「ね、ケイト。
今のグレンの妹さんの隣にいたのって家庭教師よね? 」
あたしは早速身元調査をはじめる。
ドレスは地味でダサかったけどお仕着せのメイド服じゃないし、妹さんも先生って呼んでいたから家庭教師だと思うんだけど。
何故に家庭教師?
「そうですよ。
それがどうかしましたか? 」
「わたしには家庭教師の付き添いはなかったなぁって」
外だけじゃなくて邸の中でもケイトは付き添っていてくれてるけど、正直家庭教師よりは格が下がらない?
ということは、あたし以上に大事にされているお嬢様ってことなんだろうか?
「何言っているんですか、お嬢様。
お嬢様の家庭教師なんて上級すぎておつきや身の回りのお世話なんかさせられるかたがたじゃありませんよ。
ですからこうしてわたしがお世話をさせていただいているんじゃありませんか。
まぁ、一般的にはある程度のお年になるまでは若い経験の浅い家庭教師にお勉強やお作法を教えてもらってついでに身の回りのお世話もってのが普通なんですけど。
お嬢様の場合、初っ端から上級の家庭教師がついてしまいましたしね」
一気に喋ってケイトは一息つく。
そっか、異常なのはあたしのほうだったんだ。
おかげで頭の固い家庭教師じゃなくて気の合うケイトといられて都合がいいんだけど。




