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「うーん、おいひい」
強い日差しの降り注ぐ中、オープンカフェの一角であたしは口の中に広がる冷たい甘味を堪能する。
「本当に、美味しいですねぇ、お嬢様。
特にこの豆のジャムと練乳の甘味が、抹茶の渋味との相性がなんとも言えず…… 」
隣に座ったケイトが目を細めている。
「エリーはどう? 」
あたしは一緒にテーブルを囲んだ女の子に視線を向けて訊いた。
「本当! わたし抹茶苦手なんだけど、この豆のジャムと練乳の甘味で美味しくなってる」
エリーはホゥっとかんどうしたように息を吐く。
出会ってから五年、相変わらずあのダッサイ前髪はそのままだけど。
なんだかんだで表情が読めるようになった。
ついでに名前がエリーだってことも、聞き出せた。
「あんたは? エリオット」
さっきから黙々とカキ氷を口に運んでいるエリオットにも声をかける。
「問題ない」
ぽそりとひと言、で、完結。
コイツはぁ、訊かれなくても、お世辞くらい言えないのか。
でも裏を返せば嘘はないから、甘党にはおおむね好評っと。
「お嬢様、よかったんですか?
氷なんて高級なもの、ご馳走していただいて」
「いいの、いいの。
サンプルだから。
『宇治金時』のカキ氷、今回の目玉にしようと思って。
どう? 何か意見ある? 」
あたしはテーブルからやや離れた場所で控えているこのカフェの調理担当者を軽く振り返った。
「強いて言うならお嬢様、少し冷たすぎます。
もっと真夏になってからならいいんですけど、初夏のこの時季のカキ氷は少々冷えます」
ケイトが遠慮なく言ってくれる。
「本当は真夏に出したいんだけどね。
そしたらものすごくお値段が跳ね上がるのよぉ」
あたしはうめく。
数年前、夏に売上の低迷するスタリナール商会直営カフェの目玉商品の開発をお父さまから依頼され、思いついたのがカキ氷だったんだけど。
冷凍庫のないこの世界、真夏まで氷室に囲っておいた氷はかなり溶けて激減している。
ついでにそれを移送してきてお客さんがくるまでお店に置いておくだけで更に小さくなる。
当然元の大きさの氷から計算すると小さな氷でも相当な金額になってしまって。
泣く泣く初夏に提供することにした。
初夏ならまだかろうじて氷室の氷が減っていない。
去年はシトラスミックス、その前はいちご、と毎年味を変えてみたんだけど。
正直売上は発売当初だけでイマイチ。
材料の氷が高価だから、少々お値段がはるのもあるけど、やっぱり初夏の氷は気温の上がった日でないと出ないのよね。
「以前ご馳走してもらったアイスクリームのウエハースのように何か舌休めになるような物を添えたらどう? 」
エリーが提案してくれた。
「あ、それいいかも。
何にしよう、うーん、白玉? 」
「白玉って、なんですか? 」
あたしの言葉にケイトが目を輝かせた。
「その、もちもちの食感の…… 」
そうだ、ダメだよね。
そもそも抹茶が輸入品で原価が高いから、これで白玉用のもち米とか輸入品使ったら完全に予算オーバー。
貴族相手ならなんでもいいけど、お店には貴族でない人も来るから、出すものは予算を考えなくちゃならないから、難しい。
「お嬢さんがた、こんなところで暇つぶしですか? 」
頭に浮かんだ数字の羅列に気をとられていると、不意に頭上から柔らかな声が降ってきた。
顔をあげると、なんともきれいな顔のイケメンさんが柔らかな笑みを浮べている。
ふわぁ、顔だけじゃなくて髪もきれい。
首筋で一つに纏められた黒髪は癖の全くないさらさらロングのストレートで、取り合わせの珍しい緑の瞳。
「お久しぶりです、ロレッタ嬢」
イケメンさんはあたしに軽く頭を下げた。
「えっと、誰だっけ? 」
「お嬢様、お忘れですか?
専務のご子息ですよ」
ケイトが慌てて説明してくれる。
ああ、専務の息子さんね。
専務さんとは時々お父さまの事務室で顔を合わすけど、顔が全く違うから気がつかなかったわ。
「ごめんなさい、少し考え事をしていたものですから」
とりあえず言い訳をして、笑顔を浮べた。
「ま、君は知らなくても無理はないけどね。
スタリナール会長は一人娘の君のこと風にも当てずにしまっておくから」
今の完全に嫌味だよね?
ま、嫌味言われても仕方がない。
お父さまの会社の関係者なら、クリスマスパーティーとか社員さんの家族と集まるイベントで顔を合わせているはず。
なのに顔を忘れているんだもの。
しかもあんなにきれいな顔の人。
様子から察するに本人にもその自覚がある。
「えっと、名前訊いていい? 」
「グレンだよ、グレン・ハミルトン」
「よろしくね、グレン」
「ねぇ、グレン! 何しているの?
早く行きましょうよ! 」
離れたところに固まっていた数人の女の子が声を掛けてくる。
「あぁ、ちょっと待って! 」
声を張り上げて女の子達に言うと、こっちに向き直る。
「今から川遊びに行くんだけど、君達もどう?
そこの可愛いピンクの髪のメイドさんも一緒にさ」
さらりと言う。
しかもケイトのことも忘れない。
誘いに乗るつもりはないけど、一応ケイトと、エリーの顔を見る。
うん、二人とも行きたそうな顔はしていないよね。
「ごめんなさい。せっかくですけど…… 」
「そう、言わないでさ。
大勢の方が楽しいし、ね? 」
ちょっとしつこいかな?
「川遊びがダメなら、行き先変えてもいいよ」
「そんなの悪いわ」
しつこいな。
「だったら…… 」
「ロレッタ! 」
食い下がってくるグレンに少し困り始めた時、不意に聞き慣れた声があたしの名を呼ぶ。
振り返ると、ケネスがこちらへ駆け寄ってくるところだった。
最近顔付きもより精悍になって、制服がよく似合っている。
十七歳になってデビュタントが済んだケネスは、自ら希望して騎士団に入った。
それも近衛じゃなくて、一般の。
「ああ、人を待っていたのか?
ごめんね、無理に誘って。
じゃ、また。
今度は俺とも遊んでね」
ケネスの姿を見て、グレンは軽くウインクして、この場を離れた。
……たすかった。
あたしは一つ息を吐く。
それにしてもちゃらい人だったな。
女の子あんなに引き連れて……
「僕のエスコートもなしに、こんなところで何をしているのかな? 」
グレンの姿を見送っているうちにあたしの隣に立ったケネスが、にっこりと浮べた笑顔の奥の気迫は相変わらずと言うか、以前に増してすごい。
「別にいいでしょう?
ここお父さまの商会の経営するカフェだもの。
外出には入らないわ」
あたしはふいっとケネスから視線を反らす。
あの笑みから出る気迫を回避するには見ないに限る。
「でも、スタリナール邸の外だよね? 」
「ケイトも、レスターも同伴してくれているわ。
お友達も一緒だし」
あたしはそっけなく答える。
「それで、スタリナール商会のカフェで何を? 」
「新作のカキ氷シロップのプロデュースよ。
去年のシトラスもよかったけど、少し方向性の変わった風味のシロップが欲しいって依頼されて」
どうして、ここでケネスと顔を合わせるんだろう。
そう思うと、ついそっけなくなる。
「あ、もしかして怒っている?
先日の十五歳のお誕生日パーティー失礼したから?
それとも、お祝いのお花気に入らなかった? 」
「いいえ、お仕事がお忙しいのですもの、怒ってなんかいないわ。
お花、ありがとう。真紅のロザリアローズ大好きよ。
お礼状届けたと思うけど」
「そう? なら、よかった」
「ねぇ、こんなところで時間を潰していてよろしいの?
任務の最中じゃなくて? 」
安堵したような笑みを浮べたケネスにあたしは突っかかる。
「そうだった。
じゃ、また今度ね」
ケネスは腰を落とすと顔をあたしの頬に近づける。
「ちょっと! まだ、そんな仲じゃないでしょう? 」
近寄ってきた顔を思い切り押しやって、あたしは顔を背けた。
迂闊なことをしてこれ以上自分を縛ってどうする?
「硬いなぁ、ロレッタは」
それでもケネスは怒るわけでもなく、軽く息を吐いて顔をあげる。
なんとでも言って。
あのときには本当に大変だったんだから。
お父さまには叱られるし、ケイトはクビになりそうになるし、家庭教師は増やされるし。
もうあんな騒ぎになるのはこりごり。
「もう、行かなきゃ。
そうだ、カキ氷、オレンジ風味なんかもいいと思うけど」
そういい残してこの場を離れていった。
「そっか、なにも抹茶にこだわることなかったよね。
オレンジなら輸入品じゃないからそんなに高価じゃないし。
ただのオレンジ果汁じゃ、味も香りも弱いからリキュールを使って……
あ、だったら舌休めにブラウニーとか合うかも? 」
「お嬢様? どうかなさいましたか? 」
ぶつぶつと独り言をはじめたあたしの顔をケイトが覗き込む。
「ごめんなさい、今日はこれで解散でいい? 」
エリーとエリオットに言って、あたしは立ち上がる。
「悪いけど、宇治金時は保留にしておいて」
少し離れたところに控えていたこのカフェの調理係に言う。
「お嬢様? 」
「帰るわ、ケイト」
日傘を広げて差しだし追ってくるケイトの一足先を、待たせておいた馬車に向かってあたしは歩き出した。




