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「おかえりなさいませ、お嬢様。
お早かったですね」
ケイトが慌てて出てきて迎えてくれる。
なんか、まだあたしが帰ってくる時間じゃなかったみたいに、使用人が焦っている。
「うん、ケネスが送ってくれたから」
「そうですか。
先ほどレスターがお迎えに向かったのですが、行き違いになってしまいましたね」
そっか、レスターが迎えに出た時間から換算すると、まだ帰ってこられない時間だったんだ。
それで、あたし付きの使用人が慌ててたんだ。
「皆にも、レスターや御者さんにも悪いことしちゃったね」
着替えを手伝ってもらいながら呟く。
「仕方がありませんわ。
王子殿下がせっかく送って下さるというのを、お断りするわけにはまいりませんもの。
それより、お嬢様、今夜の晩餐なんですけれど、どうします?
だんな様と奥様は晩餐会のご招待があってお出かけになっていますけど」
「うっそ。
じゃ、今日はお母さまのお料理ないってこと? 」
「そうなります」
ショック。
今日は厄日か何か?
王妃様お手製のスイーツもろくに楽しめなかったのに、お母さまの夕食もお預けなんて。
ケネスは怒らせちゃうし、なんか一気に疲れが出た。
「じゃ、ケイトなんか作って」
もう疲れすぎちゃってご飯つくる気になんかならないよぉ。
「ダメですよ、お嬢様。
奥様の作るお夕食以外、ご自分のお食べになる物はお嬢様自身が作るお約束ですよね」
「そこを、何とか。
ね? いいでしょう」
一応粘ってみる。
「だめ、です。
そんなことしたら、今度こそ、クビになってしまいます。
それでなくても先日のマヨネーズの一件で散々お咎めをいただいたんですから」
やっぱり、ダメかぁ。
ケイトはこういうところ厳しいんだよね。
「じゃぁ、冷ご飯あったよね」
溜息をつきながらキッチンへ移動する。
手の込んだ物を作るのは面倒だし、ケイトは使用人と皆で食べるはずだから、あれでいいや。
食品棚の片隅に置いておいた瓶を手に取り、蓋を開ける。
冷ご飯をさっとお湯に通して、瓶の中身をふた匙ほどご飯にかけた。
その上から、お湯を注げば、お茶漬けの出来上がりっと。
「お嬢様、今度はなんですか? 」
「お茶漬け。何回も食べたでしょ?
面倒だから、今夜はこれでいいかなって」
「いえ、お茶漬けは解りますけど。
その瓶の中身です」
「え? ああ、お茶漬けの素。
お茶漬けって今日みたいに何もしたくない時に食べたくなるけど、なかなか面倒じゃない?
お出汁とかお茶とか、具材とか。
だから最初から交ぜておいたの」
お茶漬けの素、なんてあるわけなかったから、自分で作った。
お父さまが手に入れてくれたお抹茶、お塩、鰹節と昆布の粉にしたの。
それから、じっくり焼いてほぐした塩鱒の身を弱火のオーブンで乾かしたの。本当は鮭がいいんだけど、何故かこの世界に鮭はシーズンにしか存在してないみたいなんだよね。
大葉に似た香りのする芥子粒大の木の実と、柑橘の皮を乾燥させて荒めの粉末にしたもの。あと、海苔を切って……
思いあたるものを適当に、でも丁度よい味になるように調合したら、大成功。
やっぱりあるとこういう時便利だわぁ。
「ケイトも皆と食事してきて」
ケイトを送り出して、箸を手にとる。
お茶漬けをさらさらと掻き込んでいると、窓の外で馬車の入ってくる音が響いた。
「ロレッタ! ロレッタは帰っているかい? 」
けたたましい足音と共に突然お父さまが駆け込んできた。
「なぁに、お父さま? 」
口に残ったご飯を飲み下して顔をあげた。
「なぁに、じゃない。
お前、なんてことをしてくれたんだ? 」
お父さまがパニクっている様子なんて初めてみた。
「えっとぉ…… 」
お父さまのいっているのって今日のお茶会のことだよね。
お父さまが慌てるほど酷い無作法なことはしなかったと思うんだけど?
「ケネスさまを、怒らせちゃったかな?
でも、何って怒られるようなことしたり、言った憶えはないのよ? 」
あたしは首を傾げる。
「それだよ。
そのケネス殿下が怒る前に、何かあっただろう? 」
「何かって?
ん、レイモンドさまがほっぺにちゅって」
だよね、それしか考えられないんだけど。
ご挨拶のスキンシップがどうして騒ぎになるの?
「はぁああああああ」
お父さまは大きな溜息と共に頭を抱え込んだ。
「お父さま、どうかして? 」
「私が悪かった、お前は小さな頃から利発で異常なほど大人びていたから、そのあたりの教育が不足していたようだ」
そりゃ、五歳児の時のちびっこロレッタは半分以上前世の意識に支配されていた。前世のあたしは当時十七、五歳児にしたら大人すぎるよね。
「家族でも血縁でもない男性が人前でキスしていい女性は婚約者だけなんだよ」
頭を抱えたまま、お父さまはまた大きなため息を吐いた。
「それって、頬やおでこでも? 」
「もちろん」
お父さまの答えにあたしの全身の血がさーっと音をたてて一気に引く。




