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「ねぇ、あなた。

 どなたかとお約束しているの? 」

 

 あたしは少女の前に立つと声を掛ける。

 

 それに答えて女の子は黙って首を横に振った。

 

「じゃ、あちらでご一緒しましょう。

 今日のお客様、みんなお兄さまお姉さまばかりで、お話の合いそうなお年の子誰もいなくて退屈していたの」

 

 あたしの言葉に少女の顔が綻んだようだけど、この前髪じゃほとんどわからない。

 

「わたし、ロレッタ。ロレッタ・スタリナールよ。

 あなたのお名前は? 」

 

「*********です」

 

 俯いたまま小さく口にする。

 あまりに小さな声で周囲の会話の声に溶け込んで、よく聞き取れなかったんだけど。

 訊きなおすのも可哀想かな。

 う~ん。エリオット同様やりにくいな。

 ま、名前はこのあとの会話で引き出せばいいか。

 

「いきましょう、お席、あちらよ」

 

 

「なにが好きかわからなかったから、適当に持ってきたけど、どうぞ」

 

 あたしが少女を連れて席に戻ると、ケネスが気を利かせてお菓子を取ってきてくれていた。

 

「ありがと、ケネスさま。

 じゃ、お茶冷めないうちにいただきましょう」

 

 カップを口元に運びながら、さてどこから話をはじめるべきか、と考える。

 

 まさか、いきなりお二人の王子さまの好き嫌いこんな場所で暴露するわけにもいかないし。

 

「ええと、まずは自己紹介からかな? 

 僕はケネス、こっちはエリオットね。

 エリオットとロレッタは多分君と同じ年だと思うよ」

 

 にっこりと笑みを浮べてケネスが口を開く。

 さすが王子さま、こういう時の対応は完璧だよね。

 

「*********です」

 

 それを受け、少女はやっぱり俯いたまま小さな声で名乗った。

 

「じゃ、エリちゃんでいいかな? 」

 

 うっそ、この状態で聞き取れた訳? 

 王子さまの耳、恐るべし。

 

「ね? どこに住んでいらっしゃるの? 」

 

 ええい、何から話していいのかわからないから、適当に話題を振っちゃえ。

 

「マーケットの奥の横丁、です」

 

 わたしの問いに少女は消え入りそうな声で答えてくれる。

 よかった、何とか会話になりそう。

 

「素敵! いろんなものが売っているんでしょう? 

 わたしも一度行ってみたいと思っていたの! 」

 

 わざとはしゃいだ声をあげる。

 

 はい、正直マーケットなんてところ、今まで一度も行ったことありません。

 だけど、正直必要性は全く感じないのよね。

 

 お父さまのお邸には相当な種類の食材が揃っていて、ない物はひと言言えばすぐに手配してもらえる。

 

 だから、今までメイドたちの話の中に出てきても全く興味が持てなかった。

 

「じゃ、今度皆で行こうか? 」

 

 それを受けすかさずケネスが提案してくれる。

 

「そんな、お嬢様たちの来るような場所じゃ…… 」

 

 少女は困惑したように答える。

 

「だから、面白いんじゃない。

 ね、案内してくださるでしょ? 

 代わりに、わたし達の昼食会にご招待するわ。

 いいでしょ? 」

 

 少し強引かとおもいながら提案したあたしの言葉に、少女は小さく頷いた。

 

 よっしゃぁ! 

 これで次に会う約束も取り付けた。

  

 こんなに早くヒロインに会うなんて予定外だったけど、故意か偶然かわからないこのチャンス、存分に利用しましょう。

 

「ねぇ、前にも君みたことがあるような気がするんだけど、王宮は初めてじゃないよね? 」

 

「あ、はい。前に一度母さんに連れてきてもらって…… 」

 

 ケネスの問いに答えている少女から、あたしはもう一つの方に視線を移した。

 

 それにしても、こっちはどうなのよ。

 

 エリオットはさっきから黙々とお菓子を口に運ぶだけで、ひと言も発しない

 

 こりゃ、あたし達の会話に参加する気、全くないな。

 

「お菓子、好きなのね」

 

 こうなりゃ、強引に話題を振って情報引き出してやる。

 

「別に、嫌いじゃない」

 

 案の定、いつものとおり抑揚のない、ただ台本を棒読みしているような台詞が返ってくる。

 

「ね、何が好き?

 わたしは、ベリーのマカロンとかいちごのタルト、あとはねベリーソースのチーズケーキ」

 

「別にない、甘ければなんでもいい。

 そんなこと訊いて、なんになる」

 

 ぼそりと答えが返ってくる。

 

 もぉ、本当にやりにくいなぁ。

 それでも、とりあえず返事がもらえただけはいいのかなぁ? 

 

「楽しんでくれているかな? 」

 

 考えていると、頭上から柔らかなレイモンドの声が降ってくる。

 

「もう仲良くなったんだ。

 あとで紹介しようと思っていたんだけど、遅かったね」

 

 あたしの顔を見てついで少女に視線を移してレイモンドが微笑んだ。

 

「ごめんね、今日はゆっくり相手がしてあげられなくて」

 

「ううん、平気。

 ケネスもいてくれるし」

 

 そりゃ今日のお茶会の主催者だもんね。

 特定の招待客だけを構っている訳にはいかないのはわかっている。

 

「この、埋め合わせはまた今度するから…… 」

 

 何故かびみょーな間があって、そう言ったと思ったら不意にレイモンドは頬にキスしてきた。

 

 ぞわぁぁぁああああ。

 

 なんでだろう、背筋に悪寒が走った。

 

 そりゃ転生前の記憶が蘇った直後は、父親の過激すぎるスキンシップとか慣れないせいか苦手だったんだけど、最近は割と平気になってきてた。

 

 それに全く知らない中年オヤジにでも同じことされたら、そりゃ虫唾もんだけど、相手は気心の知れたイケメンさんだし、そんなに本能的に嫌じゃない、筈。

 むしろここはときめきを憶えてもいいはずなんだけど。

 

 ときめきや嫌悪感とは全く違う、なんか、行く末の不安みたいな恐怖? 

 

 気がつくと、何故か会場全体がどよめいている。

 

「兄さん、ロレッタを送ってくるよ」

 

 不意にケネスが席を立つ。

 

「今日のロレッタのエスコートを僕に任せてくれたスタリナール侯爵と約束していたんだ。

 あまり遅くならないうちにお返ししますって。

 そろそろ馬車の用意ができた頃だから。

 ほら、ロレッタ行くよ」

 

 席を離れながらあたしを促した。

 

「えっと、じゃぁ。

 お招きありがとうございました。

 エリオットもあなたもごきげんよう。

 また、お話しましょう」

 

 ぺこりと頭を下げて、レイモンドとエリオットそれから少女に声を掛けてあたしは慌ててケネスを追う。

 

 うぅ…… 

 とってきてもらったお菓子、まだ半分しか食べていないのにぃ。

 とは思うけど、ここで五歳児のように拗ねるわけにもいかない。

 

 用意してもらった馬車、待たせたら御者さんに悪いし。

 

 ケネスはあとを追うわたしのことなんかまるで気遣わないように足早に歩く。

 

 なんだろう? 

 なんか、怒ってる? 

 

 普段はこんなことしないのに、な。

 

 エントランスまで出ると、まだ馬車はきていなかった。

 

 ケネスが脇に立っていた衛兵に何か声を掛けている。

 

「ね? ケネス、少し早かったんじゃない? 」

 

 うぅ、馬車を待っている時間だけあればあのスイーツ食べられたのに。

 

 少し悔しくてあたしは口を尖らせた。

 

「おまえさ、無防備すぎ」

 

 暫く待って、来た馬車に乗り込むと、むすっと言われた。

 

「どうして、そうなるの? 」

 

 ケネスの言葉にあたしは首を傾げる。

 

「ロレッタは僕の婚約者候補だってこと、忘れていないよね? 」

 

 えっとぉ…… 

 確か、そうだったような? 

 

 最初からどの攻略対象でも勝つつもりなんかないから、すっかり忘れてたわ。

 

 だけど、それと、今日の何かとどう関係があるんだか? 

 

 ケネスはいつもの笑顔を浮べてはいるけど、なんか雰囲気が怖いから、きっと怒っているよね。

 訊いたところで、答えてくれるかどうかわからないし、これ以上怒らせちゃまずい。

 特にこの馬車の中では。

 

 気まずい思いを抱えながら、黙り込んだケネスの顔を見つめたまま、家に着くまでの時間を過す目にあった。


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