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お父さまの手を借りて馬車から降りると、ケネスが待ちかねていたように走り出してきた。
金色の巻き毛を綺麗に撫で付け、いつもの外遊び用のとは違った大人の正装に近いジュストコールを着た姿は、やっぱり本当に王子さまに見える。
「いらっしゃい、ロレッタ。
可愛いドレスだね。すごくよく似合っている」
さすが、こういう礼儀もケネスは卒がない。
「お茶会までにはまだ少し時間があるんだけど、先にちょっといいかな?
母上がロレッタに会いたいって待っているんだ」
言って、あたしの手をとる。
「では、スタリナール侯爵、ロレッタ嬢をお借りします。
あまり遅くならないうちにお送りしますから、ご安心下さい」
お父さまへの少しかしこまった物言いも、やっぱり王子さま然としている。
「おいで、こっちだよ」
いつものように手を引いて、お城の奥に引き入れる。
前世の記憶の戻った五歳のちびっこロレッタ以前から、お城を訪れる度にケネスはこうして手を引いて案内してくれた。
もうそんなにちびっこじゃないから、さすがにこれは恥ずかしいんだけど。
引き離そうにも、ケネスはあたしの手をしっかり握っていて放しそうにない。
そいでもって、放してってお願いしても、いつものあの何かありそうな薄ら怖い笑顔を浮べて却下されるんだろうな。
高い吹き抜けになった螺旋階段を上って、二階に上がる。
このお城には何回も来ているけど、ここへ上がったのは初めて。
エントランスもそこから繋がった一階の回廊や謁見室も豪華だったけど、ここはそれとは少し雰囲気が違う。
真白に塗られた壁に、所々にある盛り上げ彫刻だけ金。
壁にかけられた絵画の額縁も同じく金色なんだけどシンプルに枚数が少ないからか落ち着いた雰囲気。
カーテンや窓辺に置かれたソファ、ついたてにあしらわれた生地は小花柄で、廊下全体が軽やかで可愛い雰囲気。
全体がそれで統一されていることで、この一体が誰か特別な一人の生活圏だってわかる。
「母上、ロレッタ嬢をご案内しました」
突き当たりのドアをノックして、ケネスは部屋の中へ声を掛けた。
「待っていたのよ」
侍女がドアを開けると、早々に華やいだ声が飛び出してきた。
招き入れられた部屋の中もさっき通ってきた廊下と同じ設えになっていた。
「はじめまして、王妃様。
ロレッタ・ポーリーヌ・スタリナールと申します」
部屋の中の人物に、ドレスのスカートを軽くつまみ上げ膝を落として頭を下げる。
「ずっとお礼が言いたかったの! 」
ソファから立ち上がって部屋の主は穏かな笑みを浮べた。
アッシュブロンドの髪に蒼い瞳の何処か夢見る少女のような雰囲気の女性。
その髪の色と瞳の色で間違いなくレイモンドとケネスの母親だってわかる。
「あなたのお家に毎週通うようになって、病弱で食が細かったレイモンドがあんなに丈夫になったんですもの。
なんてお礼を言っていいのか、わからないわ」
はぁ、その予定はなかったんですけどね。
それは本当はあたしの役目じゃなかったんですよぉ。
とは、言えないから。
「とんでもないです。
わたしは自分のお料理の練習に付き合ってもらっていただけで。
おかげで随分上達しました。
お礼を言いたいのはわたしのほうです」
まぁ、お行儀よくこういっておけば問題はないでしょう。
「まだお小さいのに、随分しっかりしたお嬢さんね。
大きくなるのが楽しみだわ。
今日は楽しんでいってね。
あいにくと子供だけの集まりでわたくしはおもてなしできないのだけれど。
お菓子だけはわたくしの手作りよ」
「はい、ありがとうございます。
王妃様のお菓子、綺麗で美味しくて、いつも楽しみなんです」
型どおりの挨拶をして、あたし達はその部屋を出る。
「じゃ、そろそろ時間だから、行こうか? 」
ケネスは当たり前のようにあたしに手を伸ばす。
「もぉ、いいわ。
手を引いてもらわなくても遅れずに歩けるし、迷子にもならないもの」
ちびっこ扱いされるのが恥ずかしくて、つい言ってしまった。
「ん? ロレッタ、何か言った?
僕のエスコートじゃ気に入らない? 」
首を傾げて浮べるのはいつものあの笑顔で、仕方なくあたしは手を差し出す。
「あら、ケネス殿下よ。
あんなお小さい子をエスコートして、本当にしっかりした王子さまね」
「将来が楽しみですこと」
ケネスに手を引かれ、会場へ移動する途中すれ違った何処かのご婦人方が呟くのがしっかり耳に入ってしまった。
お茶会の開かれている会場は、ここへ来るといつもケネスとお茶をする部屋だった。
ただ、庭に面したドアが開け放たれているせいか開放感がすごい。
いつも、無駄に広いとは思っていたけど、こういう用途にもつかうんだって納得。
「今日は来てくれてありがとう、ロレッタ」
ドアの側で先に来たお客様の相手をしていたレイモンドが、あたしに気付くと早速歩み寄ってくる。
「十七歳のお誕生日と社交界デビューおめでとうございます。
本日はお招きに預かり、光栄です」
馬車の中でお父さまに教えてもらった通りに挨拶をする。
ここへ来るまでの道中ずっと、くどくど言われてうんざりだったんだけど、こういうところはありがたい。
「おめでたいかな?
僕としては、ロレッタが社交界デビューするまであと数年別々になってしまうのは淋しいよ……
あ、ごめん、次の招待客が来たから、また、あとでね。
よかったら、エリオットの相手をしてもらえたら嬉しいな。
今日は楽しんで行って」
少し名残惜しそうに言って、レイモンドが背後を振り返ると、部屋の壁にエリオットが張り付いていた。
「わたしの方こそ、お相手してもらえたら嬉しいです」
正直エリオットは苦手なんだけど、こんな場所でお願いされたら、いやなんて言えないじゃない。
地団駄を踏みたい思いを抱えながら笑みを浮べ頷いた。
「じゃ、お願いするよ」
言い残して、新しい賓客の前に移動する。
部屋の中を見渡すと、既に来ていた人たちが各々席を取り、数人ずつ固まって談話をはじめている。
初めての正式なお茶会って言うだけで緊張していたけど、これなら大丈夫そう。
あとは、マナー違反みたいなことだけしなければ、楽勝でしょ。
「ロレッタ、この席でいいかな? 」
ケネスが窓際の風の入る席を勧めてくれた。
「ちょっと待っていて、お菓子もらってくるから」
にこりとしたケネスの笑みとお菓子という言葉に反射的に嫌な予感が頭をよぎった。
ケネスを待っている間、会場の中を見渡す。
本当なら、エリオットと会話をはじめるのがマナーなんだろうけど、コイツ相手になにを話せばいいのやら。
レイモンドのお友達やご学友だけあってほとんどが十六・七。
しかも、圧倒的に男性が多い。
これじゃ、相手にしてもらえなさそうだし、適当にお茶いただいたら何か理由をつけて退場かな?
「どうぞ、ベリーのマカロン。
ロレッタ好きだったよね。
あとベリージャムの乗ったレアチーズケーキ」
暫くするとケネスは一口サイズの小さなスイーツが数種類乗ったプレートを持ってきてあたしの前に差し出した。
よかったぁ。
さすがにこの人数での数を用意するのは大変だったのか、色々ちょっぴりづつ味わってもらいたいって言う作った人の意思なのか、今日のスイーツは上品すぎるほど小さい。
おまけに中央に置かれたテーブルに並んだバイキング形式になっているから、だされたもの全部平らげなくても大丈夫みたいだし、人数が多いからそれほど数を食べなくても平気みたい。
「ありがとう、ケネス」
笑顔を浮べてお礼を言って、メイドが淹れてくれたお茶を飲もうとカップに手を伸ばしたとき、あたしの目はとある女の子に止った。
今日の集まりには珍しい、あたしと同じくらいの年らしくて、この場所に不似合いな、見るからに物の悪い古臭いドレスを着ている。
だけど、それ以上に目を引いたのは厚めに作った長い前髪に顔の半分以上が隠れているという妙な髪形。
それだけでもこの場でとっても不自然なのに、あたしはこの女の子に見覚えがある。
だから目を離せない。
そりゃそうよね。
あのとんでもなく野暮ったい髪型に何の特徴もない栗色の髪のいかにも平民の女の子、って言ったら、もう。
ゲームのヒロインしかありえないじゃない。
早々に真打登場?
シナリオのイベントが始まるのはまだまだ先、ロレッタが十七になった時なんだけど、実際は既に始まっていたってこと?
「ねぇ、ケネス。
あの子、あの壁際にいる子、誰? 」
思わず訊いてしまった。
「えっと、兄上の乳母だった人の末の娘さん、だったかな?
名前は……
気になる?
呼んできてあげようか? 」
「いいわ、わたしが行く」
あたしは手にしたばかりのカップを置いて、席を立つとその女の子のところに向かった。
そりゃ、そうでしょ。
ケネスが誘って、断られたりしたら絶望的だもの。
立場上、ケネスじゃ一度断られたらそれ以上は誘えない。
レイモンドか、ケネスとこの子くっつけるには選定試験の際有利になる情報をこの子の耳に入れなくちゃいけない。
それには、試験前日全くのライバルに言われたって信じてはもらえないだろうから、今から仲良くなって気付かれないように少しづつ教えるほうがいいに決まっている。
それにはまず、ここで絶対に御近づきになっておくほうがいい。




