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 昼食会を終え、絶望的な気分で邸に戻る。

 

 あ~あ、どうして頷いちゃったんだろう? 

 

 後悔するくらいなら頷かなきゃよかったのに、ケネスのあの笑顔向けられると、蛇に睨まれたかえるじゃないけど、身動きが取れなくなるんだよね。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。

 今日のお弁当の評価は如何でしたか? 」

 

 溜息をつきながら部屋に戻ると、ケイトが迎えてくれる。

 

「だんな様が、先ほどからお待ちになっていますよ」

 

「お父さまが? 今度はなに? 」

 

 手早く着替えを手伝ってくれながら言うケイトの言葉にあたしは首を傾げた。

 

「さぁ? 」

 

 曖昧な返事。

 きっとケイトも知らないんだろうな。

 

 

 階下に降りて、エントランス近くのお父さまの書斎へ急ぐ。

 

「お父さま、ただいま帰りました」

 

 書斎のドアをノックして声を掛ける。

 

「お帰り。

 今日も王子様方とランチ会だったんだって? 

 よく続くね」

 

 いつものとおりの満面の笑み。

 

 そうなのよ、あたしだって最初は五・六回続けばいいほうだって思っていたのに。

 いくら週一とは言えちびっこには少々きつくて、季節が変わる度にそれを理由で何度か遠まわしに断ったんだけど、ケネスは全く聞き入れてくれなかった。

 

「ほら、続けているご褒美だよ」

 

 お父さまは、部屋の中央奥にドアに向けて置かれた書き物机の上に置いてあった包みをあたしに差し出す。

 

「ありがとう、お父さま。

 開けていい? 」

 

 訊きながら返事を待たずに包みを開く。

 

「わっ! これ、まげわっぱのお弁当箱、よね」

 

 思わず声があがる。

 

 薄い木の板をくるんと楕円にして底板がついた器にぴったりの蓋。

 薄らと茶色の塗料が塗ってある。

 

 確か、金蒔絵の漆塗り重箱ほどではないにしても、かなり高価な部類に入るお弁当箱。

 きっと、これだってお父さま、お醤油やお味噌と一緒に取り寄せてくれたんだよね。

 船を使っての輸送になるから輸送費だって相当掛かっていて、少し高価なだけのお弁当箱なんていえない程高価なんだと思う。

 

 前世の記憶が蘇ってかなり経ってから知ったんだけど、この国からはるか遠くの東の端に小さな島国があって、お醤油もお味噌も漆塗りの食器等等皆その国に存在していた。

 いわば、そこがニホンでこっちがヨーロッパなんだろうな。

 

 うん、でもここのところマンネリになってたから、器が変わるだけで同じ物が別物に見えちゃったりするから、嬉しい。

 

「ありがとう、お父さま」

 

「気に入ってくれてよかったよ。

 それで、お父さまのお願いも聞いてくれるかな? 」

 

 目いっぱいの笑みを浮かべて言われた。

 

 ……だよね。

 毎日忙しいお父さまが、わざわざあたしの帰りを待っていたってことは、何かがあるって事だって、気がついてもよさげなものだったのに。

 

「えっと、なぁに? 聞くだけなら、大歓迎よ、お父さま」

 

 きいてくれって言われても、無理難題押し付けられても困る。

 それでなくても、もう勉強は手一杯なのに、これ以上新しい家庭教師なんか連れて来られたら、どうしていいのかわからない。

 

「あのマヨネーズとかいうソース。

 あちこちで話題になっていてね、食べてみたいって言う声がけっこうあるんだ。

 それで、私の会社で商品化したいんと思っているんだけどね。

 ロレッタ、レシピを教えてくれないかな? 」

 

 そうきたか。

 お父さまマヨネーズかなり気に入っていて、初めて食べた時からきっと目をつけていたのは確か。

 今でも時々お母さまと夫婦喧嘩をしたのを言い訳にあたしのところに食事を所望に来る事があるけど、リクエスト大概玉子サンドとかツナマヨおにぎりだもんね。

 一度その話が出たけど、その時にはお母さまに阻止されて、そのまま立ち消えになっていたはずなんだけど。

 

 世間様で話題になって、お父さまも無視できなくなったってトコロかな? 

 噂を広めたのはきっと王子さま兄弟。

 何しろお二人ともマヨかなり気に入っていたみたいだから、だったらこっちもって多用してるし。

 ツナマヨ、味噌マヨ、オーロラソース、玉子サラダ。

 塗ったり、かけたり、焼いたり、混ぜたり。

 スクランブルエッグの隠し味にしたこともあるし、オリーブオイルの代わりに炒め物に使ったこともあったなぁ。

 

「ダメですよ、だんな様」

 

 あたしが返事をする前にケイトが声を上げた。

 

「わたくしごときが口出しして、申し訳ございません。

 ですが奥様から申し付かっていますので。

 お嬢様はまだお小さいので、だんな様の言うことによくわからずに頷いてしまうことがあるかも知れないので、目を光らせておけと」

 

 夕食の時には毎日顔を合わせるのにわざわざあたしを書斎に呼び出したのは、きっとお母さまの目の届かないところで話を進めたかったんだと思う。

 

 だけど、お母さまの方が一枚上手だったみたい。

 

 ケイトならあたしに四六時中ついていてくれるから、言いつけておけばお母さまの目がないところでお父さまがなにをしようと必ず止めに入れる。

 

「そこを、何とか。

 知らなかったことにして、だな? 」

 

「そんなことしたら、わたしが奥様にお咎めを受けるじゃないですか。

 クビにでもなったら、どうしたらいいんです? 」

 

 お父さまの言葉にケイトは全く揺るがない。

 

「そうしたら、この子に再雇用してもらうといい」

 

 お父さまはにんまりと意味ありげな笑みを浮べる。

 

「お嬢様に、ですか? 」

 

 ケイトはその言葉に首を傾げた。

 

 そりゃ、そうよね。

 いくらあたし付きのメイドだと言ったって、雇用しているのはお父さまでお給料はお父さまから出ている。

 家のこと全体を取り仕切っているお母さまにはそれに対して口を出すことができるけど、あたしにはその権利はない。

 あたしがいくら自分付きのメイドはケイトがいいって言っても、お母さまが納得しなくちゃけっきょくクビになる。

 

「我が家で雇わなくても、個人的にお前一人を雇うことくらい、ロレッタには簡単なことだよ」

 

「へ? 」

 

 今度はあたしが首を傾げる。

 

 いや、だって。

 記憶が戻ってからこの方、お小遣いだって貰っていない。

 必要なものは皆、口にするだけで用意してもらえちゃうから、全く不自由はないから気がつかなかったけど。

 

「五年前に売り出したホットケーキ用のミックス粉の売れ行きが好調でね、ロレッタは商品の開発の一部分を担っていたから、今でも売上の一定額がロレッタ自身に入ってくる。

 なんだかんだでもう郊外に小さな家一軒買えるくらいはたまっていると思うよ」

 

 お父さまは大真面目な顔で言う。

 

 なんだって? 

 そんなの、全く知らなかった。

 そういえば昔、権利がどうとか、商標がこうとか言っていたような記憶がかすかにあるけど。

 あれって、こういうことだったわけ? 

 

 ということは。

 もし、マヨネーズも商品化すれば、あたしの手元-あたし名義の口座か現金かは知らないけど-に売上の一部が入ってくるってことだよね。

 

 じゅるり。

 なんとも美味しい話じゃ、ございませんか。

 

 将来王妃の座をヒロインさんに押し付けても、ケネスをはじめとする王侯貴族に嫁いだら、けっきょくのところ毎日食事係決定! 

 そんなことになるくらいだったら、お嫁に行く先は平民でたくさん。もしくは一生独身でもいいや。

 でも、程ほどの生活をするにはやっぱり資金は不可欠。

 そう言うお金があれば、この先楽勝じゃない。

 

 それに、もし誰かが噂の味からマヨのレシピ解明して、先に特許とか取られちゃったら、こっちには一銭も入ってこなくなるってことだよね? 

 むしろそのあとでお父さまがマヨを売ろうとしたら、特許使用料とか取られることになる。

 そんなのって、無駄以外の何者でもない。

 だったら、早い者勝ちってモノでしょ。

 

「……お父さまがどうしてもって言うんなら、マヨネーズの作り方教えてもいいけど」

 

 本当は、今すぐになにが何でも商品化をっ! 

 と、叫びたいところだけど、ケイトもいるしもったいぶってみせた。

 

「お嬢様っ! 」

 

 思わずポロリとこぼれた本音に、ケイトが悲鳴に近い声をあげた。

 

「いいじゃない、ケイト。

 わたしが教えるのは、マヨネーズの大雑把な作り方と、主な材料だけ。

 適度な分量はお父さまが決めるって形にすれば、わたしが詳しいレシピを広げたことにはならないでしょ? 

 そもそも、基本のマヨネーズだけなら、お醤油やお味噌みたいな基本の調味料と一緒だと思うのよね。

 もちろん、アレンジレシピは絶対に公表しないわ。

 お母さまにはそれで納得してもらえないかしら? 」

 

「そうか、そうだな…… 

 よし、それで手を打とう! 

 じゃぁ、まずはその材料を教えてもらって」

 

 早速行動に移そうというのか、お父さまは喋りながら中腰になっている。

 

「まずは、奥様にその条件を納得していただくことだと思いますわ」

 

 ケイトにぴしゃりと言われた。

 

 

 

「本当に大丈夫なんですか? お嬢様」

 

 お父さまの書斎を出て部屋に戻りながらケイトが訊いてくる。

 

「大丈夫よ、心配しないで。

 お母さまにもしクビにされたら、わたしが雇ってあげるから」

 

 現に多額の軍資金があるみたいだから、ケイト一人くらいこの先雇えるでしょう。

 その上マヨの特許料ももらえちゃえば、この先のケイトの雇用だってなお安泰じゃない?

 

「その話ではなくて、ですね? 」

 

「考えてみて、ケイト」

 

 あたしは廊下の途中で足を止めると、振り返って背後を追ってきていたケイトの顔を見上げた。

 

「町で噂になっているってことは、よ。

 話の中の味から材料を推測して誰かが作ってしまうってこともあるのよ? 

 そしたら、結局、街中に流通するってことじゃない」


「確かに、そうですわね」 

 

 あたしの言葉にケイトは立ち止まると、暫く考えて呟いた。

 

 この世界、レシピを秘密にする反動で人々の味への探究心は半端ないって聞く。

 教えてもらうことができなきゃ、自分の舌で探り出せばいいだけって、行動に出る人間が一定数いる。

 おまけにその中の数人が、五歳児時のちびっこロレッタ同様に確実な舌と技術を持ち再現しちゃうんだから、放ってはおけない。

 

 そもそも、マヨはホットケーキミックス同様あたしが考えたものじゃないから秘密にしておくのって不公平だと思うし、……正直、そう考えると卑怯だけど、お金を生み出してくれるんだったらそこは賢く利用しなくちゃ。

 

 

 


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