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「あー・つー・いー 」
窓もドアも全開に開けられた部屋の風の通る場所に引きずって置いた椅子の肘掛に足を乗せだらしなく寝転んで、あたしは声を上げた。
季節は何時の間にか夏。
窓から吹き込む風は暖かいを通り過ぎて熱い。
キッチンになんていられなくて逃げてきたけど、この部屋もあんまり変わらない。
今日のお昼どうしよう?
暑すぎて火の前になんていられない。
何しろIHヒーターとかと違って、何の準備もない状態から使えるようにするのに手間が掛かるから、常時キッチンには火が入りっぱなし。
暑くないほうが嘘。
そうめんゆでる気にもなりゃしない。
元々そうめんなんてシロモノないけどね。
パンでも薄切りにしてハムサンドにでもすればいっか。
問題は明日なんだよね。
週一のランチ会。
日差しが強くなってピクニックに不向きな気候になっても、王子さま方の訪問は終わらず、何時の間にか食事を一緒にする会になっていた。
面倒なので、毎回お弁当で誤魔化しているけどね。
父親のくれたあの重箱はおかげさまで大活躍。
例え塩にぎりだって豪華に見えるんだもん。
「お嬢様!
なんて恰好をなさっているんですか? 」
音もなく現れたケイトの声にあたしは慌てて起き上がる。
そうでした、暑いからってドア開けといたんだった。
「何時、わたしがそんな風に椅子に座るなんてお教えしました?
お願いしますよ、お嬢様。
変なお行儀が身についたなんて旦那様に知られたらクビになってしまいます。
わたしの前だったからいいですけど、絶対に人に見られないようにして下さいね」
こういうってことは、ケイトはお嬢様の身の回りのお世話と料理の初歩を教えるだけじゃなくって、行儀作法も身につけさせるのも仕事なんだ。
「うん、そうする。
ありがとう、ケイト」
ピョコンと椅子を飛び降りる。
「それで? もうお昼?
リンガム先生来るのって午後からよね? 」
「いえそうではなくて。
いらして下さい!
いいものが届いてますよ」
ケイトが弾んだ声で言ってあたしの手を引いた。
「ふわぁ」
地下の食糧倉庫に届いていた物にあたしは目を輝かせた。
白くて透き通って、冷たくて、少々溶けた氷の塊。
「ケイト、これどうしたのっ? 」
冷凍庫どころか冷蔵庫さえない世界だから、氷なんか最初から諦めていたのに、この奇跡って何?
「だんな様のご領地にある山に氷室があるんですよ。
冬の間に凍った池の水を引き上げて溶けないように仕舞っておくんです」
ということは天然氷。
前世の世界でもそういうの使ったカキ氷あったよね。
冷凍庫ナシでどうやって仕舞ってるのかイマイチわからないけど。
何でもいいや。
氷があるだけでテンション上がる。
「ケイト、カキ氷機なんてある? 」
「また、妙なことを言いますね? お嬢様」
「氷を削るの
なんか刃のついててぐるぐる廻すやつ」
「妙なことを仰らないで、これ溶けてしまわないうちに何にするか考えてください」
あっさりとスルーされた。
やっぱ、ないか。
期待はしてなかったけどね。
せっかくの氷カキ氷にしない手はないと思ったんだけど、無理っぽいか。
じゃぁ、何って言ってもこの一抱えもあるただ大きいだけの氷、アイスピックで砕いてジュースの中に入れるくらいしか思いつかないよ。
「失礼します、お嬢様。
先ほど王宮から連絡が参りまして、明日のお食事会ですが、レイモンド殿下が体調を崩されたので、お休みにして欲しいということです」
氷の使い方を考えていると、めったにあたしのキッチンにはこない執事が現れて言った。
そっか、ここのところ毎日暑かったもんね。
先週の食事会の時もなんとなく食がすすまない感じだった。
あの病弱設定の第一王子さま、夏バテしたっておかしくない。
なんか、やったー! これで明日は休める!!!
とか叫んで素直に喜べないなぁ。
三人で食事会を続けてわかったことがある。
実は、国一番のお料理上手のはずの王妃様、スイーツはプロ級だけど毎日の食事はそれほどでもないみたいで、とにかく甘い味付けが多いらしい。
王妃様を選んだ国王さまは別にしてお二人には受けが悪いみたい。
それで週一であたしのところに逃げてきたというのが本当のトコロだったらしい。
王妃様には恐れ多くて味付けや調理法にあれこれいえないけど、ちびっこなら注文がつけやすいということだったみたい。
そういうことだから、きちんと食べられているのか心配になる。
食欲がなくてもなんか食べて体力つけなきゃ、治るものも治らない。
こんな時はうなぎが定番なんだろうけど、さすがにあたしにはハードル高いな。
確かうなぎって毒があるんだよね。
それにぬるぬるうなぎどころか、お魚だったまだまともに捌けない。
でも、さっぱりとした喉越しのいいものなら何とか作れる。
「ケイト、お父さまにお願いしたら今日王宮に連れてってもらえるかな? 」
「え? 今日ですか? 」
あたしの突然の言葉にケイトが戸惑った声をあげる。
「そう、今日。
明日までまっていたらこの氷溶けちゃうもの」
「お待ちください、至急旦那様にお伺いして参ります! 」
あたしの気持ちを汲んでかケイトは慌ててパントリーを飛び出していった。
さて、何を作ろうかな?
細めのパスタで素麺風の冷麺。
せっかく氷あるからお茶漬けに氷入れて冷やし茶漬けかな?
うん、あれならさらさら喉を通る。
それから、アイスもいいかも。
前世の小学生だった時、夏休みの化学教室でやった実験料理、何故かまだ憶えているんだよね。
「お嬢様、だんな様が今ならお時間があるそうですよ! 」
色よい返事を貰えてケイトが弾んだ声で戻って来た。
「悪いんだけど、父さまは午後から大事な仕事があってね。
ロレッタを送ったらすぐに帰らなくちゃいけないんだ」
王宮へ向かう馬車に揺られながら父親は言う。
忙しいのに、ちびっこロレッタのお願いならほいほいきいてくれちゃうんだから、ありがたい。
いくらスタリナール侯爵の娘で王子さまがたと懇意にしているからって、このちびっこじゃ、一人で王宮にいけるわけがない。
それに、普通の貴族だとしたらやっぱり何日か待たされる目にあう。
国王さまの親友のスタリナール侯爵だからこそできる技。
父親の準備ができる間に大急ぎで着替えを済ませ、食材と氷を持って馬車に乗り込んだ。
「帰りには馬車を迎えに行かせるからね。
王子さま方に失礼のないように、できるよね。
ケイトにあんまり手を焼かせるんじゃないよ」
「わかっています。
ありがとう、お父さま」
あたしはいつもの笑顔を向けるとお城の車止めに止った馬車から降ろしてもらった。




