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「ええと、ロレッタ・ポーリーヌ嬢ですわよね? 」
翌日、遅めの朝食を済ませ、お皿を洗っていると、執事に連れられて突然現れた女の人はあたしの顔を見るなり思いっきり不服そうな顔をした。
「ええ、ロレッタはわたしよ? 」
作業の手を止め、ドアの前に立ち尽くした人に向き直るとあたしは首を傾げた。
「わたくし、このたびスタリナール侯爵にお嬢様のお料理の講師として雇用されました、リンガムと申します。
だんな様が出張中でお留守と言うことで、直接こちらへと指示されたのですが、何か手違いがあったようですね。
わたくしの専門は主に上級者ですので、大変失礼とは存じますが、他をあたっていただいたほうがよろしいかと存じます」
そりゃそうだよね。
普段上級者相手に腕を振るっている人が、いきなり引き合わされたのがこんなちびっこじゃ当然の反応。
「間違いではございません。
お嬢様は、三歳からキッチンに立っておりまして、一通りの基礎は習得済みです」
玄関からこのキッチンまで案内してきた執事が慌てて説明している。
あの父親が手配した家庭教師、逃げられでもしたらお咎め物だからだろうけど。
「あのっ、せっかくなので、チキンピラフの作り方、教えていただけません? 」
思わず、あたしは口にしていた。
ケイトと何度か挑戦したけど、成功する気がしないご飯炊き。
丁度いいから、この人に教えてもらっちゃえ。
「ピラフ、ですか? 」
言いながら、リンガムと名乗った人の表情が少し緩んだ。
何処かで見覚えがあるような気がするのは、前世でみた大昔のアニメに出てきたハウスキーパーさんに似ていたから?
あの人のようにぎゃいぎゃいと口うるさくないといいんだけど。
「いい? ケイト。
開けるわよ? 」
お鍋の蓋に手をかけて、あたしは隣に並んだケイトの顔を見上げた。
「ええ、お嬢様」
少し緊張した声でケイトが答えるのと同時に、あたしはお鍋の蓋を取る。
ふわぁ~と炊きたてご飯特有の食欲をそそる匂いの湯気が上がった。
「やったぁ、成功! 」
お鍋の中では真白なご飯がつやつやと輝いている。
「やりましたね、お嬢様。さすがです! 」
ケイトが上ずった声をあげた。
うん、いい加減焦げ臭いご飯にうんざりしていたから、あたしだって嬉しい。
先日、リンガム先生にピラフの炊き方を教えてもらって、それと同じ火加減時間でお米を炊いてみた。
結果はご覧のとおり。
何回焚いて見ても焦げちゃったのは火加減の問題だったみたい。
これで、ご飯の問題は解決っと。
ご飯を焚いている間に焼いた塩漬けの鱒と卵焼きで朝食にする。
う~んこれでお味噌とお醤油があれば完璧なんだけどなぁ。
「それで、お嬢様、今日のランチはどうなさるおつもりですか? 」
ご飯を口に運びながらケイトが訊いてくる。
先日のお庭ピクニックから、あっという間に一週間経ってしまった。
「見てて」
食事を終えると、同時に早速とりかかる。
残ったご飯を握って塩少々でおむすびの出来上がり。
五歳児の小さな手じゃ、少々不恰好になっちゃったけど、ま、いっか。
具は焼鱒とツナマヨと焼肉。
わたしとしては梅干、ついでに言うと海苔が欲しいんだけど、ないから仕方がない。
「なんです、これ? 」
胡散臭いものでも見る目で、ケイトが覗き込んだ。
「おにぎりって言うの。
ケイトの分も握っておいたから、お昼に食べてね」
おにぎりをバスケットに詰め込みながら言う。
本当はおにぎりにしなくても、ご飯が無事炊けたからお弁当にしてもよかったんだけど、ケイトがあちこちから探してきてくれたお弁当箱の代わりになりそうなもの、どれもイマイチだった。
「お嬢様、王子さま方がお見えです」
詰め終わって、バスケットの蓋をしたところへ丁度お呼びが掛かる。
「じゃ、行ってきます。
今日の飲み物はミルクじゃなくて、緑茶か麦茶にしてね」
ケイトに言いつけてキッチンを出た。
新しい外遊びのドレスに着替えると、揃いの帽子を持ってエントランスへ急ぐ。
王子さま方との週一で昼食会が決まったと言ったら、あの父親さんは早速ピクニック用のワンピースを何枚も作ってくれた。
「お待たせしました」
エントランスホールの中央で待っていた二人に声をかける。
「やあ、ロレッタ。
今日も可愛いね。新しいドレスとてもよく似合っているよ」
にっこりと極上の笑顔を浮べて言ってくれるケネス王子。
お世辞とはわかっていても、嬉しい言葉。
おまけにドレスのフォローまで忘れない。
その上に持ってきてこの笑顔なんだから、もう普通の女の子なら絶対好きになるだろうなぁ。
ただし、裏の顔を知らなければ、だけど。
人を従わせるのが当たり前の生まれながらの王子さま気質? いや、もともと腹黒?
とにかくあたしは、この王子が何かを頼む時に時々見せる有無を絶対に言わせない雰囲気の笑顔が怖い。
「ロレッタ?
今日はお天気が悪くなりそうなんだけど、どうする? 」
余計なことを考えていると顔をのぞきこんでケネス王子に訊かれた。
「え? あ、じゃぁ!
オランジェリーにしない?
お母さまに許可とるから」
庭の西よりには、母親が使う食材の南国産果物を育てる温室まであった。
ちびっこロレッタは普段ここへ立ち入ることは禁じられていたけど、王子さま相手なら、簡単に許可が降りた。
ケネス王子だけなら途中で多少の雨に降られても全く問題ないとは思うけど、レイモンド王子にもし風邪でもひかれちゃ大騒ぎになる。
ゆっくり歩いて辿りつくと、温室の扉が開いていてテーブルが据えられていた。
多分母親特製のスイーツまで添えられて。
「それで、今日は何? 」
オランジェリーにつくと同時にケネス王子が訊いてくる。
コイツ、思った以上に食い意地が張っている?
とか、思いながらバスケットの蓋を開けた。
「何これ? 」
案の定、白いご飯の塊を目にケネス王子は白目を剥いた。
そりゃ、おむすびなんて見たことなかっただろうからね、きっと。
「おむすびよ。
このまま手づかみで食べてね。
甘い卵焼きサンドよりいいかなって思ったんだけど。
気に入らなかった? 」
多分、なんだけどこの二人ご飯のお供に甘味は不要な舌してる。
塩結びでも余裕? とか思っちゃったんだけど、さすがに芸がないから具材だけは思いついた中で手に入る物を適当に入れてみた。
本当はこの国で一般的なもので、お弁当向きでなおかつこのちびっこでも簡単にできて手抜きできるもの、が一番なんだろうけど。
親子でもレシピは教えないんじゃ、ちびっこロレッタの経験してきた知識だけじゃ手に余る。
とりあえずまともなご飯が炊けるようになったから、とうぶんは味噌、醤油ナシの和食で乗り切ろう。




