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「ふぅ、ご馳走様」
最後にミルクを飲み干して、ケネス王子は満足そうに息を吐く。
「ねぇ、来週もいいかな? 」
ついで思ってもいない言葉がケネス王子の口から飛び出した。
「何が? 」
嫌な予感がしながら、あたしは訊き返す。
「これからさ、毎週一回、こうして三人でピクニックしようって話」
どうしてそうなるのよぉ。
あのね、作ったことのない人にはわからないかも知れないけど、お弁当作るのってけっこう大変なんだよ。
献立決めて、材料揃えて、料理して。
それをこの年端も行かないちびっこがやるってことわかってる?
説明してやりたいけど、王子さま相手にやっちゃいけないよね。
「殿下方、そろそろお時間ですか、よろしいですか? 」
説教を回避してどう答えるべきか考えをめぐらせていると、口を開く前にケネス王子付きの侍従が遠慮がちに声をかけてくる。
「え? もうそんな時間?
じゃ、僕たちはここから帰るね。
スタリナール侯爵と奥方によろしく」
「ご馳走様、またね、ロレッタ」
二人して立ち上がる。
「ごきげんよう、王子さま方」
軽く会釈して、空になったバスケットを持って、あたしも邸に戻る。
うわぁ……
毎週だなんて、どうしてそうなるんだろう?
面倒なこと、この上ないわ。
ま、深く考えなければ、前世の毎日のようにお弁当箱にご飯にふりかけ、おかずは卵焼きに解凍せずに入れるだけの冷凍食品、って言うスキル駆使すれば何とかなるけど。
なんて考えながら歩く。
手にしていたバスケット、うっかりすると地面を引きずりそうになって、持ち上げたまま、歩くのが大変。
「お帰りなさいませ、お嬢様。
楽しかったですか? 」
キッチンに戻ると、さっき使っていたミルクのピチャーを洗っていたケイトが振り返る。
そっか、さっきもだったけど、置きっぱなしにしておいても庭程度じゃ使用人が届けてくれたり回収してくれるんだった。
なんか前世の習慣でごく当たり前のようにお弁当の入ったバスケット回収してきちゃったんだけど。
無駄な行為だった?
いくら空でも、五歳児にはバスケットは大きいし重くて持って帰ってくるのは大変だった。
「さっき、だんな様がいらっしゃって、あのソース絶賛していきましたよ。
お子様方だけでお楽しみの最中に水を注してはいけないからと、王子さまがたへのご挨拶は遠慮されたみたいですけど」
持ってきたバスケットを受け取ってくれながらケイトが言う。
「そうぉ? 」
何時の時代も、どこの世界でもマヨは絶対だなぁ。
そのうちに、お弁当マヨご飯のみでいけないだろうか?
さっきの約束を思い出して、早速憂鬱になる。
「どうかなさいました?
もしかして、王子さまがたと喧嘩でもなさいましたか? 」
「ううん。喧嘩なんかしてないけど。
これから毎週、お弁当作ることになっちゃって」
「毎週、ですか? 」
ケイトが目を見開く。
そうだよね。
あたしがお料理するってなるとケイトの手助けが不可欠だもの、ケイトの負担も増えるんだよね。
「よかったですね、お嬢様。
ご一緒に御食事できる回数が増えれば、王子さま方の食のお好みもしっかり把握できますし。
選考試験の時に有利ですわ。
だんな様もどんなにお喜びになるでしょう!
興奮した声でケイトが言う。
確かに王妃の座狙っていればそうなのかも知れないけど、こっちはいかに逃げようかって考えているんだから、いい迷惑。
考えただけで憂鬱になる。
「じゃ、もう少しお料理のレパートリー増やしましょうね。
毎週となるとサンドイッチとホットケーキだけじゃ無理がありますから。
毎回同じ物では飽きてしまいますものね。
王子さまがたのお好みがはっきりするまでは、無難なものがいいですよね」
ん? んんん?
ケイトの言葉に閃いちゃった。
「何にしましょう?
毎週となると、あんまり凝ったものでは続きませんし、お嬢様でも簡単にできて日々重ならないものがいいですよね?
見た目や味だけでなく、雰囲気も変わった物とか。
早速奥様ともご相談して…… 」
そっか、物は考え様。
今から、毎週餌付けしておけば、あの王子さま方そのうちにあたしの料理なんか当たり前になって、ポッとでのヒロインが作ったお料理が珍しく感じられるかも。
攻略対象の好き嫌いを把握できれば、それを逆手にとることもできるし、ヒロインにこっそり教えることもできる。
これはなかなか美味しいんではないかい?
そしたら、王妃の座、当日小細工しなくても回避できるよね?
「お嬢様、聞いていらっしゃいますか? 」
都合のいいことを閃いて、思わず顔をにやけさせているとケイトが訊いてくる。
「旦那様にお願いして、お約束の家庭教師に明日からでも来てもらいましょうね」
げっ、それはいいや。
そもそもレパートリーや技術増やす気はないし。
料理なんて適当にできて、適当に食べられればそれでたくさん。
「それにしても、王子さまって暇なのね。
王宮とこの邸けっこう離れているのに、毎週来るつもりだなんて」
先日父親と挨拶に行った時のことを思い出し、あたしはケイトの思考をあさっての方向に向けることを試みた。
嫌だってはっきり言ったところで、こればっかりは恐らく却下されるだろうことは目に見えていたから。
「それに、仮にも王子さまが一侯爵家に当たり前のように度々遊びにきちゃったりしていいの? 」
ちびっこロレッタの記憶を手繰ると、ケネス王子はちびっこの記憶が始まる以前から頻繁にこのスタリナール邸を訪れていた。
「ご存知ありませんでしたか?
だんな様は国王陛下がご幼少の頃、剣の稽古やお勉強のお相手を務めていたのですよ。
今でも国王陛下とだんな様は大親友です。
ですから、陛下とご一緒に王子さまも頻繁にこのお邸に出入りしていたみたいで、それが習慣になっているんでしょうね」
と、ケイトは言うけど。
学友ってことは、ほぼ同級生だよね?
「それにしたら子供の年齢が離れているような? 」
レイモンド王子とこのちびっこじゃ七つも離れている。
「だんな様は国王様よりご結婚が遅かったと聞いていますよ、その上なかなかお子様に恵まれなくて…… 」
何気なく口にしたら、すかさずケイトが答えてくれた。
なるほど、待ちに待っていた一人娘だから、あの父親は娘に対してあんなにでっろでろなんだ。
それにしても、使用人の情報網、恐るべし。
ケイトはこのちびっこが三歳の時に学校を卒業してお嬢様付きメイドになったって前に言ってたから、それ以前の情報ってどこからか仕入れたってことだもんね。
「あ、そうだ。
ね? ケイト。
お弁当箱って、ある? 」
道々考えていたお弁当プランを実行するにはまずお弁当箱は絶対。
「お弁当箱?
ランチバスケットじゃなくてですか? 」
「そう。
大きさはランチバスケットくらいなんだけど、プラスチックで蓋のついた水分のこぼれない容器」
「プラなんとかはわかりませんけど、蓋のついた頃合の大きさの容器でよければ何か探してみますね」
そっか、この世界まだプラスチックってないんだ。
ということは……
「もしかして、冷凍食品なんて知らなかったり、する? 」
おそるおそるケイトに訊いてみる。
いや、訊かなくても冷蔵庫が存在しない時点で気付けって、あたし。
「冷凍って、字面からするに凍らせた食品ってことですよね?
真冬ならともかく、そんなものありません。
お嬢様、妙なこと仰いますね?
そんなものどうするんですか? 」
だよねぇ。
「いい、なんでもない。
聞かなかったことにして。
その、なんか箱だけ探してくれる? 」
「わかりました。
だんな様にも訊いてみます」
「お願いね」
あたしはケイトに笑いかけた。
冷食は諦めるにしてもお弁当箱はあれば便利。
ピラフとかならサラダ菜かなんかを沿えて詰めればそれだけで形になるし。
問題は、ご飯なんだけどね。
こればっかりは憶えるしかないか。




