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「さ、急ぎませんと。
お嬢様。時間がありませんよ」
ケネス王子を見送ってすぐにケイトは言いながら炉の残り火を掻きたてた。
どうって言われても。
「どうしよう? パンは焼いている時間はないし」
あたしは首を捻る。
何の準備もなく一時間程度で用意できるものなんてたかが知れている。
ご飯がまともに焚けていれば、おむすびとかできたんだけどな。
あいにくご飯は黒焦げ。かろうじて食べられるところは今食べちゃったし。
またホットケーキで誤魔化すしかないか。
「パンならありますよ? 」
呟いたあたしの声にケイトが答えた。
「嘘っ? 」
このちびっこが自分でパン種練っているくらいだから、パンは絶対自分で焼かなきゃ食べれないものだと思っていた。
「パンを焼くのには時間も手間も掛かりますからね。
奥様もお忙しいですから毎日パンを焼いている暇はないみたいです。
ですから、パンは常時用意していますよ」
「それ、早く言って欲しかったなぁ」
「お嬢様、パン焼けるようになったのが嬉しくて、毎日ご機嫌だったじゃないですか?
ですから、余計な口だししてはいけないかと思いまして…… 」
そうなんだ。
とにかく、今はパンがあることがありがたい。
「じゃ、ケイト。
パン用意してもらえる?
それからね、スモークサーモン、ある? なかったら生ハムでも何でもいいわ。あと生で食べられる葉野菜とトマト。
それから、何でもいいから果物。
お願いね」
言いつけてあたしは鍋に水を張り玉子を入れ火にかけた。
確か昨日作ったマヨネーズの残りがあったはずだから…… あれ? 食べちゃったっけ?
「お嬢様、何かお手伝いすることはありますか? 」
ケイトが話をしてくれたんだろう、キッチンメイドのモリーが顔を出して訊いてくる。
「うん、じゃ玉子が硬めに茹ったら殻を剥いてね」
言いつけて食料棚から玉子とお酢とオリーブオイルを取り出す。
「お嬢様、お待たせしました! 」
玉子が茹で上がる前に、ケイトが息を切らして食材を抱えて駆け込んできた。
「……何とか間に合いましたね」
バスケットの中にきちんと並んだサンドイッチを目に、ケイトが息をつく。
玉子サラダの黄色に葉野菜の緑、それからトマトの赤が白いパンの間に並んで華やか。
味はどうか知らないけど、見た目だけはおいしそうに見えるよね。
だから、これでたくさん。
あんまり餌付けして気に入られちゃ、困るもの。
「お嬢様、急いでお着替えなさいませんと、お迎えが来てしまいますよ」
バスケットの中のサンドイッチに見とれているとケイトに促された。
外遊び用のシンプルなドレスに着替えを済ませてエントランスへ降りると、ケネス王子がもう待っていた。
「お待たせしました」
中央の階段を降りきって軽く頭をドレスのスカートを上げ頭を下げる。
正直気に入らないけど、こういう礼は端折っちゃいけないって、ちびっこロレッタのDNAに刷り込まれているみたい。
ごく当たり前のように躯が動く。
「待ってないよ。
僕達も今来たところ」
いつものようににっこりと笑顔を向ける。
ん? 僕達って?
顔をあげるとケネス王子の隣にもう一人同じ位の背丈の男の子が立っている。
少年らしからぬ病みやつれた顔色が目を引いた、アッシュブロンドの髪に緑の瞳。
この取り合わせ、何処かで?
えっと、確か今朝の夢に出てきたイケメンをもうちょっと不健康にして幼くしたらこんな感じ?
なんだけど、それ以前に何処かで……
「あー! 」
思わず大声をあげて指差しそうになった。
この男の子、アレだ。
あのゲームの攻略対象、その2。
ケネス王子の二つ年上のお兄さんで、第一王子のレイモンド王子。
生まれつき病弱で寝たり起きたりを繰り返しているという気の毒な設定。
最終的には力を尽くして研究したヒロインの薬膳で健康を取り戻し、そのヒロインと結ばれハッピーエンドになるんだけど。
今朝夢で見たのはその最終シーンだ。
このゲーム。ロイヤルエンドとノーマルエンドの二種類が用意されていてバッドエンドは存在しない。
ロイヤルエンドは攻略対象が王座に付きヒロインはめでたく王妃になる。
ノーマルエンドはヒロインが料理対決に負け、平民の生活に戻ると攻略対象が全てを捨て追いかけてきてめでたしめでたしみたいな感じのストーリー。
だから、この攻略相手本編のロレッタは全く実害がないんだけど。
問題はヒロインが別の攻略対象を失敗した場合。
王位につくはずの攻略対象が、王位継承権を捨ててヒロインを追ってしまうものだから、開いた王位継承者の座に誰かがつくことになる。
その王位継承者のお相手が以前から評判の高い、スタリナール侯爵令嬢というわけ。
うわぁ、冗談じゃない。
どのノーマルエンドもこのパターン。
だけど、王妃になんかなったら一生王様の調理師しなくちゃいけないんだよ?
せっかく貴族に生まれたんだもん。
一生お料理番なんてやりたくないよぉ。
「ロレッタ? 聞いてた? 」
思わず思考があちらがわに飛んでいると、不思議そうな顔でケネス王子に顔を覗き込まれた。
「あ、ひゃい、何を? 」
考えごとして聞いてなかったわ。
思わずあたしの声がひっくり返る。
「だから、今日は兄上も一緒だから、あまり遠出はできないから、君の庭でピクニックしようって」
「もちろん、大賛成よ」
引きつった笑顔で頷いた。
ここスタリナール邸の西翼からしばらく行った先に、邸前に広がる庭とは趣を異にした一角がある。
常緑樹を低く刈り込んだ低木が主な庭とは違い、四季折々の花が常に咲き乱れる華やかな花園。
花だけじゃなくて、あちこちに妖精や小人の彫刻なんかが置かれていて常緑樹は動物の形に刈り込んである。
極めつけは大きな鳥かごがあって、中ではオウムみたいな華やかな羽根を持つ鳥が飼われている。
なんと言うか、子供心にはちょっとしたおとぎの国に迷い込んだ気分になれる手の込んだ庭。
邸の皆はロレッタガーデンって呼んでいる。
あの娘にでっろでろの父親が娘の誕生を祝って造った、ちびっこロレッタ専用の庭。
ロレッタの記憶なら、いつもならケネス王子と二人、どっちが花園の東屋に先に着くかって、かけっこしたりしていくんだけど、今日はレイモンド王子が一緒だから、のんびりと歩いていく。
程なく見えてきた庭には、今四季咲きのバラが盛りだった。
中央に建てられた東屋にはさっきあたしが大慌てで詰めたバスケットがミルクのピチャーと一緒に一足早く届いていた。
「どうぞ、召し上がれ」
一応自信を持ってバスケットの蓋を開ける。
ケネス王子がどのくらい食べるかわからないから、少し多めに作ってきてよかった。
お弁当の用意をさせながら、予定外の人間を連れてくるなんて、本当なら勘弁してよぉ。って感じなんだけど。
「この間の甘くないホットケーキじゃないの? 」
少しがっかりしたようなケネス王子の声。
急に前触れもんなくピクニックなんて言い出すと思ったら、それが目的だったんだ。
「あれは、焼くのに時間が掛かるんだもの。
前もって言ってくれなくちゃ。
また、今度ね」
あたしは頬を軽く膨らませる。
「でも、今日はいつもの、スクランブルエッグとフルーツのサンドイッチじゃないんだね」
とか、言いながらバスケットに手を伸ばす。
う~ん。ケイトも言っていたけど、お料理覚えたてのちびっこに好きな物作らせるとやっぱり甘いもの尽くしになるんだ。
「なんだ、これ?
この野菜と一緒にはさんであるソース。すごく美味しい! おまけにパンがべちょべちょになってないし。
ロレッタ、料理上手になったね」
今までダメだしばっかりだったハズのケネス王子が、誉めてくれながらサンドイッチをぱくついている。
適当にバスケットに詰められるだけ詰めてきたんだけど、足りるかな? って勢いで。
ヤバイ、ケイトと同じくマヨが相当気に入ったみたい。
「本当に、上手になったね。
今までもフルーツサンドやスクランブルエッグサンドも美味しかったけど、ずっと美味しくなったよ」
同じようにサンドイッチを摘みながらレイモンド王子も微笑んでくれた。
よかった、レイモンド王子の食もすすんでいるみたい。
それから一時間くらい、その東屋の下で三人でおしゃべりをして過した。




