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「ありがとう、全て君のおかげだよ」
穏かな笑みの前を、さらりと、癖のないアッシュブロンドの髪がこぼれる。
「一生、僕の側にいてくれるよね? 」
吸い込まれるような緑の瞳に見つめられ身動きがとれなくなる。
その整った顔がこれ以上ないほどに近付いてきて、唇が触れそうになる……
「う…… 、ぎゃぁああああ! 」
思いっきり大きな声をあげてあたしは飛び起きた。
「あら、お嬢様?
お声をかける前に目が覚めるなんて、おめずらしいですね?
怖い夢でも見ましたか? 」
窓辺に立ってカーテンに手をかけたまま、ケイトが顔をこっちに向けた。
怖い夢じゃなかったけど、夢とはいえイケメンに迫られるのは免疫がなくて、思わず仰け反ってしまった。
でも、あの顔、何処かで、見たよう、な?
首をかしげながらベッドを降りる。
「今日の朝食はいかがいたしましょう? 」
部屋の片隅に置かれたチェストの上の洗面器にピチャーの水をあけてくれながらケイトが訊いてくる。
「そろそろ、ご飯食べたいなぁ。
お米、炊く? 」
洗った顔を拭きながら答えた。
正直自信はないけど、さすがに白いご飯が恋しくなった。
お味噌も醤油もないけど、塩とか砂糖とか香辛料はあるから、何かしらご飯に合うもの作れるでしょう。
最悪目玉焼きだって全然オッケー。
「じゃ、お米用意しますね」
髪を梳かしリボンを結びながら、ケイトが微笑んでくれた。
「はぁぁぁ、やっぱりダメかぁ」
火から降ろした鍋の蓋をあけ、あたしはこれ以上ないほどの大きなため息をついた。
確かにお米を洗って水を入れたハズなのに、お鍋の中の物体はなんとなく茶色味を帯びて鍋肌は真っ黒、ちゃっかりしっかり焦げ臭い。
先日一度焚いたご飯は生っぽくて芯があった。
やっぱり、お米は竈で御釜で焚かなきゃダメなのかな?
ここにあるのはお鍋と、オーブン。
でも、確か土鍋でコンロでもご飯って焚けたはずだし。
さすがにいつもは火加減や鍋の位置とかアドバイスくれるケイトも炊飯は初めてみたいでどうしていいのかわからないみたい。
本当にもう、炊飯器考えた人には頭がさがるっ。
とりあえず、真中だけは食べられそうだから、取り分けておいて。
その間に玉子を目玉焼きにしよう。フライパンの空いている場所でウインナ-を焼いて。
きゅうりに似た野菜を塩もみして絞る、ミニトマトのへたをとる。
お味噌汁がないのは仕方ない。
代わりに、かき玉汁。お出汁の代わりになりそうなお魚からとったって言うスープがあったし、三つ葉に似たハーブもあった。
できた物を一枚のプレートに盛って、いつもの朝ご飯らしきものの出来上がり。
ご飯が、かなり焦げ臭いけど、気にしないことにして。
うわぁい!
何日かぶりの「朝ご飯」だぁ!
うきうきとフォークを取る。
だけど、やっぱり食べ難いから、今度お箸と和食器作ってもらおう。
お椀はともかくお茶碗とお箸くらいは何とかなるよね。
あのパパに頼めば何でも手配してくれそうだし。
「また、なんだか変わった物をお作りになりましたねぇ」
ケイトが首をかしげた。
「もしかして、これが先日仰っていた『カップ麺』なるものですか? 」
スープカップに入れたかき玉汁を覗き込んで言う。
「ちがうわよ。
これかき玉汁って言うの。
カップ麺はねぇ、文字通り麺なんだけど。
乾いた麺にお湯を入れると食べられるヤツ」
言いながらフォークをとって口に運ぶ。
「乾麺というと、パスタのことじゃないんですか? 」
「ううん、パスタとは全く別物……
パスタってあるの? 」
ケイトの言葉にあたしは身を乗り出した。
「ありますよ。
ご存知ありませんでしたか?
ごくたまにですけど奥様の食卓にも上がりますよ」
「そうだっけ? 」
ここ数日の夕食のテーブルを思い返して見るけど、記憶がない。
たぶん、ごくたまにって言うくらいだから、本当に時々なんだろう。
「ああ、奥様はショートパスタしかお使いになりませんから、気がつかなかったのかも知れませんね」
目から鱗。
ここってパン一つとっても自分で焼くんだから、パスタだって原料から自分で捏ねて生パスタを作るのが当たり前だと思っていた。
ホットケーキにも飽きてるし、ご飯は成功しないし、お昼にでも出してもらおう。
パスタゆでるのなら、失敗ないでしょう。
何にしようかな?
ナポリタン、ボロネーゼ、カルボナーラ、あ、アサリがあったらボンゴレもいいなぁ。
「お嬢様、何を考えているんですか?
お顔にしまりがありませんけど」
思わずにやけていたらしいところを突っ込まれた。
「何でもないっ!
ほら食べちゃって、片付けちゃうわよ」
慌てて言ってご飯をかき込む。
うん、やっぱりご飯だよぉ。
少々焦げ臭いけど、懐かしいいつもの朝ご飯だ。
なんか、思わず涙がにじみそう。
「お嬢様?
今度はどうしました?
ソーセージ辛かったですか? 」
涙ぐんだあたしを見てケイトが慌てふためく。
「お嬢様お食事中失礼します。
あの、お客様、ケネス王子さまがいらっしゃっていますけど」
表向きが係りのメイドの声にあたしは口に入っていたご飯を思わず喉に引っ掛けた。
なんだって、昨日も来たのに今日もまた午前中から来るの?
「確か他人のお家を訪問するのって午後からってのがマナーだよね? 」
ちびっこロレッタの知識をあさって、ケイトに確認する。
「そのはずですけど…… 」
ケイトも困ったように眉を寄せる。
「とにかく、お部屋にご案内…… 」
「やぁ、おはよう、ロレッタ」
慌ててテーブルを片付けに掛かると昨日と同じように無遠慮にキッチンへ入ってくる。
「今日はさ、ピクニックのお誘いに来たんだ」
にっこりと何かを含んだ笑みを浮べてケネス王子は言う。
この笑顔には絶対絶対何かがある!
そうちびっこロレッタの浅い経験値が言っている。
ケネス王子がこの笑顔を浮べた時ってろくなことがない。
「ケネスさま、随分急なお誘いですね? 」
ケイトもそれは判っているみたいで、遠まわしに断ってくれるんだけど。
「うん、そう。
お天気もいいし、剣術の先生に急用ができて稽古が休みになったんだ。
だから、急に思い立った。
急すぎて、母上にランチの用意を断られたんだ。
ロレッタ、何か作ってくれるよね? 」
そう来たか。
生まれつきのちびっこロレッタだったら、こんなの平気で断るんだろうけど、あたしじゃこの何かを含んだ笑顔が怖くて断れない。
おまけに、まだ家庭教師もついてなくてキッチンでおままごと以外することないこの身の上じゃ、本当に断る理由がない。
「じゃ、一時間後に迎えに来るよ。
楽しみにしてるから」
言いたい放題言ってケネス王子はとりあえず帰っていった。




