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「ロレッタ、いるかい? 」
首を傾げていると、本日二回目の父親が飛び込んできた。
「なぁに? 」
内心で安堵の息を吐きながら、あたしは父親に歩み寄る。
「ロレッタ、ちょっとこれ見て!
ミックス粉のパッケージのデザインが決まったんだ! 」
テンション高めな声をあげ、あたしに一枚のラベルを見せる。
げ、何、これ?
ラベルにはリボンとくまのぬいぐるみの絵に取り囲まれた文字。
「ロレッタのフラワーミックス」と丸みを帯びたフォントで書かれている。
なんというか、仕事がとんでもなく早いんですけど。
昨日の今日で試作品だけじゃなくてパッケージまで考えるなんて。
この分だと販路までもう押えていそう。
だけど、このラベルは……
やめてよぉ。
痛い、痛すぎる。
そもそも「ホットケーキミックス」ってあたしが考えたものじゃないもん。
前世の世界の顔も知らない誰かが考えてくれたものだから、自分の名前を入れるなんて恐れ多くて。
前世だったら槍玉に挙げられそう。
「お父さま、これは、ちょっと。
恥ずかしいというか、なんと言うか」
「そうか? いいと思ったんだけどな。
気に入らないのなら仕方がない」
父親は、しゅんと肩を落す。
「お父さまの会社の名前でも入れるといいわ」
適当に提案する。
とにかくあたしの名前でなきゃ何でもいい。
「そうかい、じゃ、そうさせて貰うよ。
それで、試作品の方はどうだったかな? 」
キッチンの中を見渡して、訊いてきた。
「それでしたら、これを…… 」
すかさずケイトが何かをメモした紙片を取り出した。
ちらりと覗くと、ミックス粉の味とか香りの感想が書き付けられていた。
さすがケイト。
あたしがケネス王子と遊びに行っていた一時間ちょいの間に、すっかりリサーチが済んでいる。
「ああ、ありがとう、いつも仕事が早くて助かるよ」
当たり前のように父親はそのメモを受け取る。
「じゃぁ、父さまは仕事に戻るよ」
相変わらす、言いたいことだけ言って帰っていった。
「どうぞ、召し上がれ」
いかにも豪華そうなテーブルの置かれたダイニングで、無数に焚かれた蝋燭の明りの下、前菜の盛り付けられたお皿を前に母親が笑顔を浮べた。
この笑顔は、今日のお料理、かなり出来がいい証拠。
あたしの前世の記憶が蘇ってから気がついたんだけど、実は母親、創作料理に情熱を注いでいて晩餐のテーブルで毎回一品は必ず見たことのないお料理を出す。
これが、作った本人のイメージどうりの出来だとすごく機嫌がよくて、思ったとおりの味じゃなかったりしたら少し不機嫌になるらしい。
不機嫌な時にはほぼほぼ誉めて、機嫌のいい時には褒めちぎっておけば問題はない。
今日の前菜はミニトマトの一種なのか果物なのか判らない青紫の実の中をくりぬいてカニの解し身みたいなものが詰めてある。
その上から淡雪みたいなフワフワのピンクのソースみたいなのが添えられてて白いお皿によく映える。
最初にベッドで食べたお料理もそうだったけど、とにかく見た目が綺麗。
ナイフを入れると、ちびっこのあたしでも簡単に切れるのにフォークで口に運ぶときに崩れない。
本当に食べる人のことをとことん考えてある。
もちろん味だって絶品。
口に入れたとたんに思わず頬が緩んだ。
「まぁ! 」
その様子を見て母親の顔が更に綻ぶ。
「シビの実食べられるようになったのね。
どう? 苦くなかったでしょう?
やっぱり苦味を巧く消せたわね」
どうもこのちびっこ、この何とかの実って奴苦手だったらしい。
母親が喜んでいるのは半分はちびっこが嫌いな物を食べられるようになったのを純粋に喜んでいるんだけど、残りの半分は自分の料理の腕が上がったことを自画自賛している。
種を明かせば、ちびっこの味覚が変わっただけなんだけどね。
それは言えないかな?
それからスープにお魚料理、サラダと続いて、お肉が少しとデザート。
はぁ、満足。
このちびっこが自分で作るとなると、こうは行かないもんね。
一応食べられるものは作れるけど、ちびっこの手順と体力じゃこんなに品数作るのは無理。
今日のお魚のムニエルもおいしかったぁ。
毎晩思うんだけど、この母親の作る魚料理は本当にもう絶品なんだよね。
「そういえばロレッタ。
あなた、お父さまにホットケーキのレシピ教えたんですって? 」
少し困ったように母親は眉根を寄せた。
「ケイトから教わっていない?
あのね、レシピは他人に教えちゃダメよ。
どこで誰に真似されて足を引っ張られるか判らないの。
そんなことになったら、試験であなたが不利になるのよ。
だから例えホットケーキのような誰にでも焼ける簡単なものでも、レシピは教えちゃダメなの。
解った? 」
「はい、お母さま。
でも、教えたのはホットケーキの材料を予め混ぜて置くってことだけよ」
頷きながらも言う。
「そうだよ。
私が貰ったのはそのアイディアだけだ」
食後の珈琲を飲みながら父親が口を開いた。
「そうなの? ならいいんだけど。
レシピを誰かに教えないって言うのは本当に大事なことなの。
だから絶対に忘れないでね」
言い聞かせるように顔を覗き込まれ、あたしは大きく頷いた。
そういえば、ケイトもそんなこと言ってたっけ。
「それと、あなた。
アイディアをロレッタから貰ったって言うのでしたら、特許はロレッタの名前で必ずして下さいね」
「ああ、解っているよ。
それと登録商標もロレッタの名前でとろうかと思ったんだが、ロレッタに却下されてね」
この父親、そこまでするつもりだったんだ。
「ふわぁ」
二人の話を聞いているうちにあたしの口から欠伸がこぼれた。
ちびっこの体力では、もうおねむの時間らしい。
「まぁ、なんですか? ロレッタ。
はしたない」
母親が眉を上げる。
「はは、ロレッタにはまだ少し難しい話だったね。
疲れたのだろう? もう休みなさい」
慌てて父親が助けを出してくれた。
「はい、そうします。
ありがとう、お父さま」
椅子を滑り降りると、ドアに向かう。
「お休みなさい、お父さま、お母さま」
ドアのところで改めてダイニングの中へ向き直り、あたしはスカートを摘んで軽く頭を下げた。
こういうところは何も考えずに習慣的にできてしまうんだから、やっぱりこのちびっこ貴族のマナーが生まれながらに身体に染み付いているんだろうな。
「ああ、お休み。
よい夢を、ね」
「お休みなさい」
二人の声に送られてあたしは部屋に戻った。
着替えをケイトに手伝って貰って、ベッドに入る。
明日は何を作ろうかな?
自分で料理しなくちゃは面倒だけど、幸いここの家には食材だけは無数にある。
余程季節はずれな物でない限りは、頼めばどこからか手に入れてくれる。
明日はご飯炊くのにチャレンジしてみようかな?
あ、ご飯はいいけど、惣菜どうしよう。
お味噌汁も欲しいけど、醤油も、味噌も、みりんも料理酒もないもんなぁ。
かといって、あんな高度なものどうやって作ったらいいのかわからないし。
マヨネーズくらいなら何とか手作りできるけど。
そもそも、お醤油ってどうやって作るの?
売っているのを買ってくるのが当たり前で、作り方なんて全く知らない。大雑把に大豆からできているってことだけで、他にどんなものが使われているのかも不明。
ま、いっか。
今の知識じゃまだ、一からお醤油造るのは無理だけど。
そのうちにあれこれやってたらもしかしたら作れるようになるかも知れない……
開き直ったら、闇雲に眠くなった。
あたしは毛布を引き上げると、眠りについた。




