第四章~新たな仲間~(9)
「じゃ、じゃあ座って話そ」
もうここまで来たら諦めたのか、ラジウはビナーに目を向けて言い放った。それからちらっとクレクに視線を投げる。
クレクは頷いてビナーが先程座っていた椅子を軽く引き、こちらへどうぞ。と促した。
軽く礼をしてビナーが椅子へ腰を降ろすと、ラジウも彼の前へと腰を降ろす。クレクには視線で隣に座るように示唆し、クレクもそれに従った。
「なに? 魔物の宣戦布告なら、キヴィからもう聞いたけど」
「それもありましたが、まだ二つ程お話したいことがございます。」
来る途中でキヴィから聞いた話かと、ビナーは首を横に振って応えた。
敬語にラジウは苦笑して、もっと砕けて話してよ。と要求し、それには流石に目の前の相手も笑みを零す。
「では、一つ目。カズンのことだが、アレはまだ全部を話したわけじゃないんだ。カズンが城から逃げ出した時、私は一度、彼女に出会っている」
「それは、僕が聞くべき?」
「君には知っておいて欲しいことだ。もう一つの用件になるが、ラジウ君は予言を知っているかね?」
カズンの名前に反応して、しぶしぶとした表情がぱっと変わり、少し興味有りげに目が輝く。分かりやすいものだとビナーが頬を緩めた。
しかし、やはり少し気が引けるところがある様子に、ビナーは更に問い返した。それにラジウは首を横に振って答える。
「これは君のことを指す予言だ。"月無き暗闇の夜、気高き獅子のたった一人の子供が誕生する。獅子最愛の闇ガラスとの間の子は、困難に負けぬ力を持ち、世界をもほろぼす力を持つだろう"そして、カズンを指す予言も存在する。"母の血を継ぎし森の子は、あり余るほどの困難を乗り越え、子獅子の力を引き出す鍵となるだろう。その時、世界は終焉を迎える"と」
「カズンが、鍵?」
「そう、君にとってカズンは鍵だと予言されている。だから、カズンのことを私はラジウ君、君に知っていて欲しいんだ」
ラジウは、一瞬困ったように眉尻を下げるも、微なーの真剣な瞳に押されて、おずおずと首を縦に動かす。それを確認すると緊張していた表情を、ビナーは緩める。
「あの子と出会ったのは、一ヶ月ほど前のことです。私の国は既に魔物の配下にあり、言うことを聞くことでなんとか継続しているところです。その日も、魔物の依頼で私はとある街へと行く途中でした」
口を動かし始めて、彼は思い出すように天井を仰いだ。
周りに木々が立ちこめる歩道を警備兵二人と馬で一緒に歩いてた。緑豊かで、戦争が嘘のような自然に、一時の安らぎをビナーは感じていた。
しかし、静かなはずの中で、前の方から何やら騒ぎ声が聞こえてくることに、警備兵と顔を見合わせる。
「いったい何事だ?」
「見てきましょうか?」
「いや……一緒にいってみよう」
警備兵と二、三言話すと、ビナーは馬を走らせた。騒ぎは徐々に大きくなっている。
すぐに、騒ぎの原因と出くわした。横に倒れ、炎を上げている馬車が一番初めに目に入り、続いて倒れている人や、逃げ惑う人がそれぞれ数人いることに気が付く。
そして、それを追いかける者、馬車から取り出したであろう大量の荷物を運ぶ者をビナーは直視した。
これは、盗賊だ。
人数を見て、勝てる相手ではないと把握すると、ビナーはすぐさま馬の手綱を取って踵を返す。その横を小さな影が過ぎった。
浅黒い髪、幼い顔、そして爛々と輝く黄緑色の瞳に、ビナーは目を奪われる。
薄汚れて釣りあがった眉、けれど、どこかあどけなさが残る顔を、ビナーは知っていた。無意識にそれを目で追って振り返る。
「カズン!」
確かめる前にビナーは彼女の名前を叫んでいた。呼ばれた少女は走る足をぴたりと止め、ぎこちない動きでこちらへと振り返った。
光る緑色の大きな瞳、どこか意思が強そうな顔立ちは、見紛う事なきビナーの妹のもだった。しかし、髪だけは浅黒く汚れにしては濃い。
「お兄様……」
「カズン、カズンなのか?」
小さく動かされた唇から僅かに漏れ出た声に、ビナーは馬から降りて少女に駆け寄ろうとする。名前を呼ばれていままで呆然とビナーを見ていた少女ははっとして踵を返し、駆け出してしまう。
ビナーは驚いて一瞬その場に固まってしまった。しかし、遠ざかる背中にすぐに正気を取り戻すと、馬に跨り彼女を追いかけた。
彼女が去って行ったのは盗賊の方で、ビナーの心を嫌な締め付けが走る。
追いつけなかった。
少女は先ほどの現場に既に到着して、一人ガタイのいい男と話をしている。他の盗賊たちはもう引き上げた後だったのだろうか、いるのは少女が話をしている男を含めて四人。
男が、カズンから顔を上げてこちらを見る。
「その少女、身元を確認させていただけないだろうか?」
「身元ぉ? なんだ、お偉いさんかい。俺達に身元なんかありゃしねぇんだよ」
馬から降りずに、ビナーは高圧的に見下ろして少女に並ぶ男に話しかけた。しかし、応じるわけもなくすぐに獲物を取り出して威嚇してくる。
後から警備兵二人が追いついてくると、威嚇している相手はたじろいだ。ビナーも自分の獲物を腰から抜き、男の方へと向ける。
「悪いがな、その少女は王女だ。返してもら――っ! カズン!」
威圧的に強制を含んだ言葉を投げかけた瞬間、男ではなく少女が駆け出していた。逃げられる。その想いからビナーも馬を走らせた。
すぐに追いつけるものだと思っていたのに、木々が生い茂る中では、じぐざくに走る少女を追いかけるのに四苦八苦する。緊張のせいか、馬の手綱を握る手からじんわりと汗が滲み出た。
突如、視界が開けた。少女が、立ち止まっている。
木々が開けた場所は、崖の上だった。行き場のない場所のせいで少女はたじろぎながらこちらを見る。初めて真っ向から直視した瞳は綺麗な色なのにどこか濁って、生気を感じさせなかった。
「カズン……どうしてお前がここにいるんだ? 魔物に連れていかれたんじゃな」
「お兄様……ごめんなさい」
ビナーの言葉に今まで無表情だった少女の身体がびくんっと大きく震えて、目から透明な液体が流れ落ちる。そして、言葉の途中で、兄を呼び、小さく謝った。
慌てて馬から降りてビナーは彼女に手を伸ばす。
けれど、遅かった。
謝ってすぐに、カズンはそのまま後ろに重心を掛けた。ここは崖だ。それが何を意味するか、ビナーもすぐにわかったのだ。
けれど、伸ばした手は宙を切り、妹の身体は地面のない空中へと放り出される。少女は兄の顔を虚ろな目で見ていた。ビナーは彼女の顔を歪んだ表情で眉根を寄せて見つめる。
彼女は何も言わなかった。けれど、辛い目にあったのは表情を見たら明らかで、ビナーの胸をぎゅっと重圧が押しつぶす。
「お兄様……」
「カズン……お前は、別人として生きてくれ……悲しみを背負い込まないでくれ……。」
唇だけで自分を呼び妹に、ビナーの瞳から涙が零れた。自分の気持ちが口走って、苦い味が口内に広がる。
一瞬の間だったのかもしれない。けれど、ビナーには妹の、彼女の最後の言葉が聞こえたような気がした。
「お兄様、貴方の望む通りに」
そして、水飛沫が上がって、妹の身体は消えた。
黙って話を聞いていたラジウとクレクに、ビナーはそこで話を終えた。そして苦笑う。




