第四章~新たな仲間~(8)
途中、何故か揉めているシルキアとキヴィを回収し、一向は食堂へと足を踏み入れた。そこにはまだ、カズンの兄と名乗った男が、椅子に座って待っていた。
カズンは彼と視線が合うと、握ったラジウの手に力を込めて、一歩前へ進み出る。
「……にーさん。俺の話しを……聞いて欲しい」
いつものカズンと比べて、ひどくか細い声だった。
搾り出した声を聞いて、カズンの兄ビナーは椅子から立ち上がり、彼女の前へと進み出る。
「カズン。魔物が我が国を初めて襲った時のことを……母が死んだ時、お前似何があったのかを私に話してくれるのか?」
ビナーの問いかけにカズンは小さく頷く。視線を彼に向けてじっと見つめている。
けど、ラジウの手には、彼女の震えと冷たい汗が、恐怖を訴えかけていた。緊迫した雰囲気に飲まれて、ラジウは小さく唾を飲み込む。
カズンが小さな口を開いた。
話しは、カズンのお目付け役に一人の少女がつけられたところから始まる。彼女の名前も、カズン。
容姿は似ても似つかない。ただ、目だけは一緒だった。爛々と光りを放つ黄緑色の瞳。少女二人が持っていた唯一の合わせ鏡。
けど、日を追うごとにお目付け役の少女はカズンにそっくりになっていった。初めは白い銀髪だった髪が徐々に黄緑色に染められ、お目付け役としてのかっちりとした制服はいつしか姫のものと変わらないドレスへと変わり行く。
カズンはそれを気にも留めなかった。まるで姉妹のようないでだちに、少なからず喜んでいた。彼女には、なんでも話せる。遊ぶ時はいつも一緒。
その日が来るまでは。
その日は来た。父と兄は遠征に出かけ、城は限られた兵力だけが残った。母とカズン、お目付け役の少女は、王女の部屋でお茶を飲み、いつもの日常を過ごしていた。いつもと違ったのは、いきなりの大きな衝撃音と悲鳴。
兵士の一人が、王女の部屋にやってきて、言った。
「魔物の襲来です!王女様、姫様、直ちにお逃げくださいっ!」
けど、母は持って産まれた黄緑色の髪を靡かせて、兵士達に何か指示をしていた。カズンと同じ瞳が不安そうにちらちらと揺れている。
母は、お目付け役の少女にその場に残るように命じ、カズンの手を引いて更に奥の部屋へと移動した。
「カズン、よく聞いて。今から言うことも見ることも、誰にも言ってはいけません。そして、貴方は、"カズン姫"として生きては駄目。貴方はもう、カズンじゃなくなるの。しゃべっては駄目、わかった? カズン」
母は、カズンを椅子に座らせて肩を掴み、真摯な瞳で一言一言はっきりと告げた。カズンは嫌だとは言えずに頷くしかなかった。母の王女としての命令だから。
カズンが何も言えずに母を見つめていると、彼女はどこに隠し持って居たのかもわからない、鋭いナイフを取り出した。カズンの前に銀色の光がちらつく。
ナイフの柄を、母はカズンに握らせた。そして、必然的に鋭い銀色の刃は、母親へと向けられる。
カズンがあっと息を飲み、母親が重ねた手を止める間もなく刃は母の胸元を貫いた。生々しい衝撃が手に走り、それが母親の力で引き抜かれた。目の前から鮮明な赤色が、噴出す。
カズンは驚きのあまり、母親の顔を見た。血しぶきが邪魔をしたけれど、彼女の顔は微笑を浮かべていた。柔らかい、優しい笑み。
そっとカズンの頭を手が撫でて落ちていく。
冷たい手が落ち、額から引き出してへばりついた血が流れ落ちる。目の前の身体がゆっくりと倒れる。
「キャーーーーー!」
そして、悲鳴が部屋の外から聞こえ、ドタドタと慌しい足音が室内に入ってくる。
けれど、カズンは椅子に蹲ったまま動けなかった。ナイフを握った手だけが震えてカタカタと音を鳴らす。
室内に、得たいの知れない物が入ってきたけど、それがなんだかカズンにはわからなかった。恐怖で、視線が倒れた母親から離れないのだ。
「をい、既に死んでるぞこいつ」
「使用人に殺されたのか?」
「まぁ、いい。緑色の髪と目を持ったガキを連れて行けばいいんだろ。とっとと行こうぜ」
「そうだな、ここには赤い髪の奴しかいねぇし、でかいのは死んでるしな」
耳だけが、会話を聞いている。でも、何のことか把握できないまま、彼らはカズンを置いてどこかへと去った。
誰もいない城、何も聞こえない、何も見えない。
けど、その静寂の中で会話を理解し、そこでやっと彼女が私の代わりに連れて行かれたのだと知った。
そうだ、真っ赤な血に染まった髪は薄暗い部屋の中では、誰もそれが元々緑色だということに気がつかないだろう。
「俺は、その髪のまま……逃げ出した。途中でバレるかもしれない。怖かった。何も他には考えられずに、ただ……逃げた」
そこでカズンは口を閉ざして視線を床へと降ろす。苦々しく皺の寄った額にへし曲げた口元が、それ以上話したくないのを如実に現していた。
目の前で話を聞いていたビナーが屈み込んでそっとカズンの頬に両手を添える。暖かい体温にカズンは驚いたように顔上げ、彼を見た。
「辛かったな」
たった一言にカズンの顔はくしゃっと歪んだ。大粒の涙が頬を伝って、ラジウの手を握っていた手が離れ、ビナーの背中へと回される。
ビナーもそれに応えて小さな妹の体を抱きしめた。
「まだっ……まだ感触が掌にこびりついてるんだ。あの鼻を付く臭いが、まだ……燻ってる」
ひっと喉を鳴らしながら、カズンは言葉を吐き出していく。ビナーが彼女の頭を撫でながら頷く度に、カズンの瞳から涙が零れ落ちた。
「兄さん、兄さんは俺がその後何してたか知ってる。のに……信じてくれる、の?」
カズンはビナーの肩口に顔を埋め、小さく震える身体を押さえながら、蚊の鳴くようなか細い声で呟く。ビナーは背中を撫でて頷いた。
「当たり前だ。お前が嘘をつけないことくらい、私にはわかる。妹だからな」
それを聞くと、カズンは顔を上げて兄を見た。呆けてた表情が、すぐに柔らかい子ども特有の幼い笑みへと変化する。そして彼女の体から力が抜けた。
急に重くなった身体を、ビナーは抱きとめそっと持ち上げながら立ち上がる。重く閉ざされた瞳は当分開きそうにない。
「カズン……」
「気絶したようだな、連れて行こう」
意識を失った様子にラジウが小さく彼女の名を呼び、シルキアが寄りかかった壁から離れてカズンを抱きかかえているビナーへと近づいた。
「すいません、お願いします」
ビナーは頭を下げながらカズンをシルキアへと預ける。そして、呆然としながらそれを見守っていたラジウへと顔を向けた。いきなりのことに驚いて、ラジウは眼を瞬いたまま一歩下がった。
しかし、カズンを抱えて部屋を出て行こうとしていたシルキアに背中を押されて、一歩前に出てしまい、元の位置に戻る。
むっとしてラジウがシルキアを見ると、ふっと鼻で笑われた。そして、さも興味ないというように、シルキアはとっとと部屋を出て行ってしまう。
「ラジウ様、貴方にお話が」
「ぼ、僕~? でも僕、カズンが心配……で」
あたふたとしながら言葉を詰まらせつつも、ラジウはなんとなく嫌な予感がして、必死に逃げようとする。しかし、今まで黙って話しを聞いていたもう一人、キヴィに肩を捉えられた。
振り向くとにっこりとした、有無も言わさない表情がそこにあり、思わずラジウの頬がひくひくと痙攣する。
「なーに言ってんだい。そういうのはあたしの役目だよ。このキヴィさんが医師として、しっかり診といてあげるから、心配はよしな」
ねっ。っと笑いながら最後に逃げるな。とばかりにキヴィに額を小突かれた。勢いで数歩ラジウが下がってしまう程だ。キヴィは笑いながらラジウにウィンク一つして、これまたそそくさと部屋を出て行ってしまう。
結局残されたのはクレクとラジウと、カズンの兄のビナーだけだった。




