第四章~新たな仲間~(7)
ラジウは、ただ廊下を走っていた。
泣きながら長い廊下を駆け抜けるのは、これで何回目になるだろうか。ふと、高ぶっているはずの感情の横で、ラジウの頭は冷静に頭が分析する。
あっと声を出す間もなく足元がもつれて、ドテっとなんとも言えない音が廊下に響く。廊下に頭から突っ伏したラジウは、転んだまま腕に顔を埋めて起き上がろうとしなかった。
「情けないなぁ……うー、シルキアのバカっ」
「バカはお前だろ!」
「ぎゃっ!」
ラジウは悲鳴を上げた。呟いた言葉に返答があったことに驚いたけれど、それよりもぶぎゅると背中を思いっきり踏まれた痛みの方が、声を上げた原因になるだろう。
思わず手で床を叩いて退くように抗議する。けれど、そんなラジウの訴えも空しく、背中は踏んだ足がぐりぐりと捻り込むように動かされ、さらに痛みを増す。
「いたいいたいいたいっ」
「ばーかばーか数百年億年ばーか」
「もう、止めてよ!」
なかなか退かない足に、ラジウは精一杯身体を起き上がらせる。背中の足もラジウの勢いにやっと撤退してくれた。
「何すんだよ! カズン!」
「転がってるからマットかと思ってー」
「嘘つくなよ、思いっきり僕だってわかって踏んだだろ! 目が笑ってないし!」
「ばかには言ってもわかんないんですー」
ラジウは身を起こした勢いで立ち上がると、後ろにふんぞり返って立っていたカズンへと食ってかかる。
あーいえばこーいう言い合いを額をつき合わせて言い合う二人。ギリギリとラジウが歯を鳴らし、カズンはっと鼻を鳴らして対抗する。
二人の間で火花が散った。
「僕はバカじゃないっ!」
「じゃあ、甘えん坊なんだろ。逃げ出したりしてさ」
「うっ……それは……」
言い返したものの、カズンの的確な言葉に先程をことを思い出してラジウが押し黙る。カズンはそれを目を眇めて見遣った。
「ラジウはさ、俺のこと信じてくれないのか?」
罵声が飛び出るかと思ったカズンの口からは、重く少女にしては低い声が何かを見定めるように出た。ラジウは驚いて彼女を見つめる。
「それは……」
「……俺はラジウ、お前のことが大っ嫌いだ」
答えに窮し黙りこんだラジウに、目を細め吐き捨てるようにカズンは次の言葉を放った。一瞬にして変わった彼女に、ラジウは二の句が継げないでいる。
カズンは視線を床へと落とし、下唇を噛む。そして小さく話し始めた。
「甘ちゃんで、いっつも大人に守ってもらって、汚い物は見ずに、現実よりも夢ばっかり見てる」
「そんなこと――」
「ないっていうのかっ!? お前は父さんの死に方を見たのかっ? 街で殺される民を見たっていうのかっ?」
ラジウが否定しようと口を開くと、それを邪魔するようにカズンは顔を上げて大声を出す。彼女の黄緑色の眼は、液体でちらりと揺れていた。
カズンは捲くし立てるようにラジウの瞳を凝視しながら訴えかける。けど、その勢いはどんどんと衰えて、同時に彼女の顔が落ちて行き、表情もまた見えなくなった。
「自分で、見殺しにした奴の死に方を……見たっていうのかよっ……」
「…………」
ラジウは何も言えなかった。カズンに言われて浮かんだ映像は死体など映し出していなかったから。言われて初めて気がついた。死んだ人の末路は、ただ聞かされるだけで知るのみだと。
「シルキアや、キヴィ。クレクや他の皆が、お前にそういう場面を見せないように守ってくれてるんだ。その中で、甘えて、自分が甘えてるのも甘やかされてるのも知らないでぬくぬくと生きているお前が嫌いだっ」
言い切った時、カズンの顔から一滴の雫が零れ落ちた。ずっと鼻を啜る音がする。手で涙を拭うような仕草をし、彼女はまた小さな口を開いた。先程よりもずっとか細い声だ。
「でも……それは俺も同じだった。ここは暖かくて、俺もここに来て、過ごしているうちにお前と同じになった。誰かが守ってくれる。誰かが居てくれる。誰かが俺のこと見てくれる。皆、自分のことだけじゃなくて誰かのことを見て、考えて、接してくれる」
カズンはそこで息を飲んだ。そして下を向いたまま小さくラジウに、『どうしてか知ってるか?』と問いかける。
今まで何も言えずに聞いていたラジウは、これにも答えることができなかった。カズンが言っている言葉が、ラジウにとっては当たり前のことで、どうしてそうなっているかなんて、考えたこともなかったからだ。
「ラジウ、お前が子供っぽくて、甘ちゃんで優しすぎて、バカで単純でがむしゃらで頑固で手に負えなくて、でもいっつもお前は――」
間が開いたかと思うと、カズンの顔が上がって爛々と輝く瞳がラジウの視界に移りこむ。
「――誰かのことを考えてる」
最後の一言は、深みを持っていてラジウの頭を直接揺さぶった。くわんわくんと揺れる脳内に、ラジウはそれ以上考えることができなかった。途端、恥ずかしくなって顔の熱が上昇する。
「ラジウ、お前の一番の目標なんだ?」
「え、あ、う……僕は……街を前みたいな平和な街を作りたい。強くなって僕に着いてきてくれた人達を守りたいんだ。」
「なら、お前にとって仲間はなんだ」
「仲間は……一緒に街を作ってくれる、皆を守ってくれる……信頼できる人」
「じゃあ、ラジウ。俺のこと信じてくれないのか?」
押し問答にやっとラジウが答えていく中で、カズンは笑った。さっき唐突に聞かれた質問がまたやってくる。
ラジウは目を見開いて、考えるよりも早く首を横に振っていた。
「ううん、信じる。ごめん、ごめんねカズン。僕たちは」
『仲間だ』
二人の声が重なり合った。必死に謝ってから気がついた事実に、ラジウもやっと嬉しそうに表情を綻ばせる。
笑いあって、額を付き合わせる二人。
ドゴッ!
しかし、現実そう甘くは無かった。カズンの拳がラジウの顔目掛けて炸裂した。思わず仰け反って倒れこむラジウ。
「いったー! 何するんだよ!」
「信じなかったお・か・え・し!」
「えー! ごめんって言ったじゃん!」
「それはそれ、これはこれ。俺だって信じてもらえないでムカついたんだからな!」
「ごめんって……」
立ち上がって勢い良く言い返していたものの、事実を言い返されてへこむ様にラジウは項垂れる。そんな彼の手をカズンは取って、にっと笑いながら引く。
「じゃあ、俺の話し聞きに来てくれるよな?」
「……カズンのばーか! 当たり前だろ!」
手を引かれるままに、笑いながら言い合いをして、二人は廊下の来た道を戻って行く。道すがら言い合いする様子は子ども同士、楽しそうだった。




