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ウィズアウト  作者: 加水
第四章
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第四章~新たな仲間~(6)

 狭くこじんまりとした一室。ベッドと机があるだけの簡素な部屋、自分の部屋と宛がわれた部屋にカズンは居た。ベッドの上で蹲り、身体を縮こませている。

 コンコンと誰かが扉を叩いた。ずっと鼻を啜って、慌ててカズンは目元を腕で擦り、息を潜めながらじっと音が鳴った扉を見つめる。

 今は、誰とも話したくない。なんて言っていいのかわからない。混乱する気持ちが胸をドッドっと強く打ち鳴らす。

 けれど、そんなカズンの感情はあっけなく崩れ去った。扉が開かない代わりに、突如目の前に見知った顔が現れたのだ。

 薄汚れて跳ねた金髪、そこから覗く漆黒の目。シルキアだ。と理解するまで数分かかった。カズンの息が止まり、驚いたまま彼を凝視する。


「……カズン」


「な、何用だよっ!」


 名前を呼ばれてはっとし、カズンはベッドの上を彼から遠のこうとじたばたと手足を動かす。

 けど、離れたのはほんの数センチ。シルキアが無表情のまま、何も言わずに手を伸ばした。あっと言う間だった、カズンの頭に暖かい感触が触れたのは。

 暖かい人肌の体温に、今まで我慢してきた涙がぽろりとカズンの頬を滑り落ちた。

 感情が表れない表情とは裏腹に、頭を撫でる手は優しくて心地よい。シルキアが来た時、自分を怒鳴りに来たのかと、カズンは思って一瞬恐怖を覚えたのに、その手はそれを消滅させていく。

 無意識に、シルキアの胸元の服をカズンは握って手繰り寄せた。考える前に、顔を埋めていた。


「心配なら心配って一言言えよ! シルキアのばかぁっ!」


「ん……心配だ」


 カズンは八つ当たり気味に喚く。だけど、シルキアは気にした様子もなく、繰り返すように答えた。

 カズンの嗚咽が大きくなり、流れる涙を大粒のものへと変化する。しばらく、頭を撫で、シルキアは泣きじゃくるカズンを見守った。

 部屋に響く嗚咽がだんだんと小さくなる。泣くたびに跳ねる背中をシルキアが撫でると、カズンは赤くはれ上がった目をやっと上げた。ぐすぐすと鼻を擦っている。


「……シルキア、俺……」


「なんだ?」


「……思い出した……んだ。嫌な事。すごく嫌なこと」


 シルキアの前にある顔は、悲しさで眉尻が下がり、必死さで目がちらちらと揺れていた。シルキアの服を掴むカズンの手が、震える。

 カズンが更に言おうと口を開く。



バン!!



 その時、鍵の掛かった扉が大きな音を立てた。二人が扉を見ると、ガンガンガンっと叩く音が連続的に鳴り響く。

 荒々しい音に眉を顰め、シルキアがカズンから離れて扉に近づき、鍵をあけるとそっとドアノブを握った。未だに扉を叩く音は鳴り止まない。

 仕方なくシルキアが扉を開けると、扉を叩いていた者が勢いを止められずにバランスを崩し、中へと転がり込んでくる。


「どうした……?」


 転がり込んで来た小さな相手が立ち上がると、シルキアは不思議そうに彼の顔を見た。

 入ってきたのはラジウだった。眉がつりあがり怒っているような、でもどこか不安で堪らなそうな複雑な表情をしている。

 シルキアに話しかけられても、ラジウはそちらを向こうともせずにカズンへと近づいた。カズンの表情が明らかに怒っているラジウの顔を見て、さっと青ざめる。

 怒りに燃えた青い瞳がカズンを射る。


「カズン……あんた、魔物と一緒に居たんだってな」


「ちがっ!」


「何が違うんだよっ! 見た人もいるって言ってたんだからなっ! しかも、自分の母上を殺した魔物なんかと一緒にっ……」


「……っ」


 大声で怒鳴り散らすように言うラジウに、カズンは大粒の涙を溢れ出させて息を飲む。きゅっと下唇を結んで小さく震える。

 けど、ラジウの口はそれを見ても止まらなかった。


「僕は、父上を殺した魔物なんかと一緒に行かないっ! お前なんかと――」



バシン!! バシン!!



 ラジウは目を白黒させた。一瞬何が起こったのかわからず、後からじんじんと痛み出す頬を辛うじて押さえる。

 ラジウの言葉を遮ってシルキアがラジウの頬を叩いたのだ。

 平手打ちをされ、勢いに数センチラジウは後ずさっていたことをおぼろげながら理解する。

 けど、二回響き渡った音は、ラジウだけを叩いたわけではなかった。カズンもまた、驚いた表情でシルキアを見ながら片頬を押さえている。


「ラジウ……お前には呆れた」


 まず。というようにシルキアは下がったラジウへと顔を向ける。睨みつけるような鋭い目、いつもの眠そうな表情などではない、怒気を孕んだ声が空気をピリピリと震わせた。


「俺は、お前のことを仲間とは思わん」


「…………」


 冷たく言い放たれた声に、ラジウの頭がぐわんぐわんと揺さぶられる。

 立っていられない。鋭い視線に逃げ出したかった。ラジウの頭が逃げるという言葉を弾き出した時、ラジウの足は地面を蹴っていた。走り出して扉を出ていく。

 しかし、シルキアはそれを追わなかった。すぐさまもう一人、カズンの方へと向き直る。一部始終を見ていた彼女はびくっと身を震わせてシルキアを見上げる。


「カズン。お前にも、呆れた」


「だよ……ね」


「貴様は、そんなに弱かったのか?」


 ラジウと同じことを言われ、弱弱しくカズンは頭を下げた。しかし、シルキアの問いかけに驚いたように顔を戻しシルキアを見つめる。彼の瞳は真っ黒で吸い込まれそうだった。

 けれど、怒っているようには見えなかった。カズン不思議そうに眉根を寄せる。


「俺と同じ匂いがするんだろう? そんなに弱いのか、と聞いている」


「…………」


「記憶が戻ったなら、お前は知っているはずだ。この世界の現状を……ラジウとは違う。生きれない程、お前は弱いのか?」


「……弱くない」


 淡々としゃべる声に、カズンはシルキアを見据えたまま震えた声を搾り出す。走馬灯のように流れる記憶が鮮明に頭に浮かび上がって、握り締めた手が熱くなった。

 カズンは口をきゅっと結んで、目元に残った涙腕で拭い取る。


「俺は弱くなんかないっ! 弱い奴は死ぬしかないんだっ!」


 言い切ると、シルキアの表情がほんの少し緩和した。そして、カズンの胸元よりうえを人差し指で軽くトンっと叩く。


「そうだ、ここが、弱い奴は生きれない。あの甘いラジウが、どうして生きていられるのか、お前にはわかるな? カズン」


「うん……なんとなく」


「なら、行ってこい。お前が、仲間にするんだろ?」


 シルキアの顔が笑った。きっと、普通の人にはわからないくらい小さな変化だった。けど、カズンはシルキアが笑った。と思った。だから、表情を綻ばせて笑みを返す。


「うん、ラジウを、コテンパンにして仲間にしてやる!」


 大きく頷くとカズンはベッドを飛び降り、いってくるとシルキアに告げながらラジウを追って部屋を飛び出した。

 シルキアは見送ると、大きなため息を吐いて壁へと寄りかかる。喋りつかれた。とでも言うように横に頭を軽く振る。


「みーちゃった」


 しかし、すぐに意地の悪い、楽しそうな声がシルキアへとかけられた。彼にとってよく聞き覚えのある声で、一瞬顔を上げて確認するのを躊躇った。


「……キヴィ」


 名前だけを呼び、によによと開いた扉の横から顔を覗かせてこちらを見ている彼女にシルキアは一瞥をくれた。

 相手が自分に気づいたとわかると、キヴィは室内へと入ってくる。


「ちょっとねー、ラジウに話があってきたんだけど、取り込み中のようだったからねぇ」


「…………」


 シルキアの無言の圧力に、それなら早く中に入って来いという意思表示を感じて、キヴィは小さく笑った。子どもの相手をあわよくばキヴィにさせたかったのだろう、シルキアの表情は多少むくれて見える。

 キヴィは笑いながら肩を竦め、シルキアの隣の壁へと背中を預ける。


「まぁ、それはいいとしてね。あの隣の国のお偉いさん。厄介な話を持って来てくれたよ」


「厄介な話し?」


「あぁ、『近々、魔物がこの城へ攻撃をする。と宣言しました』だってさー。この間のこともあるし、やっぱり目つけられたかねぇ」


 キヴィがふんっと嘲笑するかのように鼻を鳴らす。気に食わないと表情が言っていて、そんな彼女の話しにシルキアの額には皺が寄っていた。

 口を挟む様子を見せない隣の相手に、キヴィはさらに言葉を続ける。


「あのお偉いさんところは、カズンがいなくなってから魔物の配下に入れられた国らしいよ。魔物ために働かされる国民、王でさえ私たちへのプレッシャーのための駒。カズンを帰さない方がいいかもしれないね」


「……攻めてくるんだろう? 守りきれるとでも?」


「そんな強い兵力、気やしないよ。こーんな小さな城を危険だとも思ってないだろ。遊び感覚なのさ、奴等は。もしかしたらラジウに首を差し出せば他は助けてやる。とか言うかもね。ラジウの途惑った顔が目に浮かぶよ」


 ははっと軽快に笑うキヴィが、その前に唇をかみ締めたのをシルキアは見逃さなかった。

 嫌な沈黙が辺りを支配する。

 キヴィは徐に天井を仰ぎ、ため息をゆっくりと吐いた。そして、沈痛な面持ちで小さく心配事を口にする。


「でも、もう一つ危惧することがあるんだよね……もし、相手が魔物じゃなく人だったら……ラジウはちゃんと戦えるだろうか」


「それも経験だ」


「言うねぇ。ま、キヴィさんも全力でやりますけどね。宣戦布告を言いにきたっていうことは、すぐ……来るかもしれないしね」


 すぐさまきっぱりと言い切るような強い口調が耳に届いて、キヴィは笑ってしまった。そしてシルキアの肩をバンっと一度勢いよく叩く。


「はいはい、じゃあ仲間じゃないとかいいつつ心配しちゃうラジウの様子見に行きましょうかねー」


「貴様……」


 口元に軽く手を当ててぷぷっと噴出すキヴィに、シルキアはじと目と向ける。いつから居たのか、腹いせ交じりでシルキアはキヴィの頬をびっと引っ張った。

 驚きと、怒りの混じったキヴィの声が城内へと響き渡る。

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