第四章~新たな仲間~(2)
ラジウが先に走り、医療室のドアを勢いよく開ける。続いてクレクが少女を抱えて部屋の中へと押し入った。既に中に居た医務室の部屋主は、扉を開く盛大な音に目を丸くして振り返る。身に纏っている白衣が小さく棚引いて、頭上で青緑色の髪を団子にしている女性が目を瞬いて何事かと入ってきたラジウを見つめた。しかし、すぐに少女を抱きあげている銀髪の青年クレクを見てキヴィはすぐさま目元を引き締めた。
「……なんだ、これは?」
しかし、声を発したのは彼女ではなかった。低い声が全員の耳に届く。よくよく見ると、椅子に座っている医師、キヴィの隣にまだ誰か居た。眠たそうな表情で、壁に背を預けながら立っているのは、薄汚れた金髪に黒い瞳、どう見てもシルキアだった。質問は彼が発っしたものだろう。
シルキアはキヴィは幼馴染で仲が良い。だから、シルキアは大概自分の部屋かこの医務室にいることが多く、ここに居るのは不自然ではなかった。
「見て、わかんない?女の子だよ。」
「そうか。」
しかし、ラジウはむっと眉を顰め不満そうに答える。先ほどのことを根に持っているのか、シルキアに対して寛容な気持ちを持てないようだ。しかし、ラジウの気持ちなどわかるわけもなく彼は頷いてそのまま押し黙ってしまった。これ以上聞いてもなんの情報も得られないということをいち早く察したのだ。
クレクはそんな二人のやり取りを見て苦笑しながら抱きかかえていた少女を一つしかないベットへと寝かせた。
先ほどまでシルキアに食って掛かりそうな勢いだったラジウが、すぐさま駆け寄ってきて少女の顔を覗き込む。鮮やかな緑髪がポニーテールで結ばれているのが特徴で、寝ている彼女は端整な顔立ちをしていた。ラジウは思わずその顔に魅入るようにじーっと凝視してしまった。
「キヴィさん。彼女の容体、わかりますか?」
「うーん。詳しく見てみないことにはなんともねぇ。でも、気絶してるだけじゃないのかい?顔色もそんなに悪くないし。」
少女の顔を見つめて固まっているラジウをよそに、クレクは振り向いて医者であるキヴィへと問いを投げかける。すると、キヴィは肩を竦めて少女に近づいた。ラジウがどかないせいで上から覗き込むような形になるが、寝ている少女の様子を静かに観察する。
彼女は先ほどラジウが見つけた時とは打って変わって、表情に赤みを取り戻していた。酸素を吸う唇、緩やかな丸い頬には赤み散り、キヴィが握った手も暖かい。それにぱっと見外傷はないし、キヴィが次に額に触れても熱さは感じられなかった。
「ん……。」
額にキヴィの手が触れたことで少女はぴくりと反応をしめした。キヴィがそっと離れると、小さく唸り身を捩る。四人が見守る中、少女は長く黄緑の糸を纏った瞼を徐々に引き上げていった。
「あっ!起きた、起きた!!」
今まで魅入っていたラジウが嬉しそうに、更に少女の顔を覗き込む。よく見たかったのだろう、かなり前のめりになっている。半分目を開けた彼女はまだ意識がはっきりしていないようで、ぼーっとしたまま髪と同じ色の瞳で空中を見つめている。かと思うといきなり目を見開いてガバっと起き上がった。
ゴチっ!
小気味良い音が当たりに響いた。ラジウと少女の頭がぶつかったのだ。あまりの勢いにラジウが仰け反ってそのままガタっと後ろにしりもちをついてしまう。音が見守ってる中、少女もラジウもぶつかって赤くなった額を両手で押さえて悶えていた。
「っ!いたた……何だよ。お前等誰だよ!?」
痛さが引いたのか顔を上げた少女は、まだ若干涙目になっている目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。順繰りに回りに居た人物を見ながら、掛け布団を徐々に手繰り寄せて握り締め、キッと目を釣り上げて大声で怒鳴る。
少女の端整な顔とは裏腹に、出てきた口調は荒っぽくて少し高めだった。あまりのイメージの相違にラジウが目を真ん丸くして飛び起きる。すると、身長の高さのせいで少女と視線が合い、ラジウは戸惑いの表情を浮かべた。
「え、えっとぉ。」
驚いたのはラジウだけではないらしく少女も困ったように眉尻を下げてラジウを見つめている。ラジウが頭を?いて何か言おうとするのだが、その後の言葉が出てこない。
ラジウの肩に手を乗せて、助け舟を出したのはクレクだった。少女に優しく笑いかける。
「私はクレク。そしてこちらがここの城の主。ラジウ様ですよ。貴方は?」
「……おれ……?……オレはカズンだ。……多分。だけど。」
クレクの笑顔に少女は困惑しながらもだんだんと落ち着きながら、必死で思い出すように呟く。けれど、自信がないのか言葉は尻すぼみをして行き、瞳が揺らいだ。
「多分……ですか。もしかして、思い出せませんか?」
「うん……名前以外、わからない。思い出せないんだ……。」
クレクが持ち前の柔和な声色で問いかけると、少女は大きくうんっと頷いてから、自分の状況を把握したようでしゅんと肩と頭を落として答えた。
二人のやりとりに、キヴィが再び少女に近づいていき彼女の頭部に手を触れる。びくっとカズンと名乗った少女は背筋を伸ばして、緊張した。けれど、キヴィはお構いなしに彼女の頭を優しく撫でると、ふむっと頷いて手を離した。
「記憶喪失ね……頭の外傷はなさそうだし、精神的な物かもしれないね。」
そして机の方に戻ると、キヴィは新しいカルテを取り出してさらさらっとメモをとる。それから、いつまでも尻餅をついて周りの状況を見守っていたラジウの方に視線を投げる。「どうするんだい?」とその目は言っていて、ラジウは慌てて立ち上がると服をパタパタと払った。次に少女の手を握ってにぱっと子供特有の笑みを零す。
「まぁ、なっちゃったことはしょうがないし、いいんじゃん?別に。」
「え?」
「呼ぶ名前さえあれば不便はないって言うこと!いいじゃん、別に!」
驚いている少女にラジウはねっと笑ってそう言うと、少女カズンの手をとった。そして無理やり手を引いてベッドから立ち上がらせる。慌ててカズンは立ち上がると、まだ理解できないらしく目を瞬いたまま自分よりも少し小さなラジウの顔をじっと見つめる。
「ほら、この城案内してやるよ!記憶なんて、そのうち蘇るさ!」
「え、ちょ。」
「あれ?心配なの?ねぇ、キヴィ、カズン連れてってもいいよね?」
「あぁ、外傷はないし、身体は元気いっぱいだよ。他のことは調べておいてやるから、遊んでおいで。」
ラジウが笑って言うも、カズンはまだ不安そうに顔を顰めているので、ラジウは医師のキヴィに顔を向けた。キヴィに了承を得るとぱっと顔を輝かせてカズンにほら、と告げ行こうよ。と更に手を引っ張る。カズンもそれに少し勇気を貰ったようで、表情をふにゃりと歪めて一緒に歩き出す。
全てが丸く収まって、キヴィとクレクは微笑ましげに二人を見送ろうとしていた時だった、いつの間にか入り口の壁の方に移動していたシルキアとカズンの目が合った。カズンがいきなり足を止める。
それにラジウが勢いのまま転びかけても、カズンは呆然とシルキアを見つめた。
一瞬のことに場の空気が凍りつく。
「…………。」
「なんだ……?」
尚も見つめてくる少女に、シルキアは不快そうに眉を潜めてちらりと視線を向ける。そして一言だけカズンの言葉を向ける。けれど、それも聞こえてないのか、カズンの口がわなわなと震えだした。その場に居た全員がぎょっとする。
「……あーーーーっ!な、なぁ、あんた俺と同じ臭いがする!!」
一瞬何かと思う程の雄たけびが響いて、次の瞬間カズンはシルキアの服を掴んで早口で捲くし立てた。ラジウがあっけにとられて目を白黒させるが、掴みかかられた本人は更に額に皺を濃くするだけで、動揺の色は垣間見れない。
「……なんだか知らんが、離せ。」
「あっ……悪い。つい、その……なんか思い出せそうで。」
「あのさ、匂いって何?」
シルキアがため息を付きながらカズンの手を力づくで振りほどくと、そこにラジウが割って入ってきた。カズンは少し落ち着いたらしくいが、気になるようでちらちらとシルキアを見てながらラジウに身振り手振りで説明を始める。
「あ、んと、なんていうか同業者!って言う匂い……なんだけど……。」
しかし、カズンは段々と申し訳無さそうになって語尾が小さくなっていく。それというのもシルキアが無表情でカズンを凝視しているからだ。
「同業者ー?シルキアは元盗賊で今は僕の下僕だよ!?」
ゴッ
「あっ、ちょ。シルキアさ~ん……。」
「あーあ、ケガ人がまた増えたねぇ。」
ラジウの発言にシルキアの肘鉄がラジウの脳天に直撃する。ラジウの目から火花が飛び散るのを見て、クレクがシルキアに抗議するように名前を呼んだ。しかし、キヴィは面白そうに軽い口調で更に口笛を吹いて茶化す。当のラジウはまた頭を押さえて蹲っている。
「……盗賊……。」
ラジウがシルキアに食って掛かり始め、クレクがキヴィに少し抗議するように話しかけている間にも、カズンはすべてが耳にも入ってない様子で一人考え込んでいた。
これが、カズンとの出会いだった。




