第四章~新たな仲間~(1)
ゆったりとした時が流れた。ホーマイ国が崩れ去り、消え……魔物達の土地となったあの日から、もう一ヶ月という月日が流れていた。
何事もなく過ごす日々……けれど、ホーマイ国は魔物が支配して今はもう近寄れる場所ではない。その代わりと言うかのようにラジウの城には人が増え、賑やかになっていった。城の一階は店が立ち並び、他の階は人が住む場所となっていた。決して国の中に居た全員がそこに住んでいるわけではない。本当にごく一部だ。しかし、それでも規模はだんだんと大きくなっていった。
人口が増えるにつれて、問題点も浮かび上がってきた。増える人口は一方的に一般市民が多く、戦ったことも戦う気もない人が全体の9割近くをしめていた。
そんな中、ラジウは廊下をバタバタと音を立てて駆けていた。目的の場所へと息を弾ませ到着すると目の前に呼び込んできた人物へと声をかける。
「シルキア!」
くり抜かれたような窓の縁に腰掛けて、外を眺めている彼がラジウの言葉によって振り向いた。が無造作に縛られている少し汚れた金髪がが見えなくなり、代わりに鋭く細められた黒目が姿を現す。
言葉はなく、黙れという視線が返ってくるのはいつものことで、ラジウは臆することなくへらりと頬を緩ませて笑って見せた。それにシルキアは軽く息を吐き首を傾け彼を見つめ返しす。
「ねぇねぇ、シルキアぁ。今度さぁ。君のとこのお隣の山賊連れてきてよー。」
ラジウは茶化すように、わざと間延びした子供っぽい口調で意地悪く言葉を放る。ここ最近毎日同じようなことを言われているシルキアにとって眉を顰める出来事に他ならない。
改めて自分が元山賊だったことを思い出すシルキアだが、この無口で人と関わらないような性格ではお隣さんと親しかったはずがないのを、この子供はわからないのだろうかと苛立ちに駆られる。
「………無理だ。」
一言。たったそれだけ静かに、声を押し殺すような低い声でシルキアは言い切った。もちろん、それだけで本当に無理なのだとラジウには伝るはずだとシルキアは確信している。長い付き合いではないが、もうシルキアが嘘をつかないことくらい十分わかっているはずだ。嘘を言うくらいなら一切何も言わずに黙り込む。そういうタイプなのだと。
「えー?」
だが、それでも納得して引き下がることがラジウにとって今はできなかった。城の当主として、少しでも戦える配下や部下が欲しいのが現実だ。戦えずしてはここを守ることはできないのだから。ここは、ラジウの城であり、すでに町と言っても過言ではない場所。彼の守るべき場所なのだ。
そのため、シルキアが無理だと何度言ったところで山賊や海賊、少しでも戦いを経験したことのある者を仲間に引き入れたくて仕方ないラジウは、やはり食い下がるしかない。
だから、無理を可能にして欲しいと唇を尖らせ不満そうな顔をすることでもう一度伝えてみた。
「………無理だ。」
しかし、またもやきっぱりと言い放つシルキアに、ラジウは衝撃を受けて上がった肩をがっくんと落とした。そんなにはっきり言わなくてもいいじゃないか。と内心むかむかとした気持ちが込み上げてくる。
「なん、だよっ!同じ山賊なんだから話くらいしてきてくれたっていいじゃないかっ!!」
「……其処の奴らとの関係は一切無い。無理だ。」
怒り任せに怒鳴ってみても、シルキアは平然としたいつもの無表情で顔色一つ変えない。そして、現実を踏まえてやはりNOと言い切ってしまう。毎度毎度繰り出される否定の言葉に、自分の気持ちを汲んでもらえない切なさと怒りが込み上げてきて、ラジウは肩を怒らせた。
「んだよっ!もう、いいよ!僕一人で行って来るから!!」
怒りに任せてくるっと方向転換すると、ラジウは元来た道を駆け出し、シルキアの部屋から出て行ってしまった。その様子を目で追って見送り、身動き一つすらせずに止めないのは、驚きのせいだろうか。しばらく目を瞬いてそのままの体勢で彼が去って行ったドアをシルキアは見ていた。
「……俺の隣の山賊は……魔物だぞ……。」
時間が経ち、風が自分の頬を撫ぜた時、やっと我に戻ったシルキアはぽつりと呟いた。もっと早く言えばいいものを、いつも彼はこうなのだ。一人でポツリと言うことが、何度重要だったことか……。今回も例には漏れず、ラジウが決して知らない重要なことを言ってのけた。けれど、めんどくさがってかそのまま手を組むと頭の後ろに持って行き、壁へと背を預けた。そして再び彼は窓の外へと目をやり緩やかな時間を過ごすのであった。
さて、出てしまったラジウはというと、未だにしかめっ面にぽこぽこと煙を出しながら床を踏み鳴らして廊下を歩いていた。
「まーったく。嫌になっちゃうよなぁ、シルキアは。腰抜けなんだよ。」
頬を膨らませてぶちぶち文句を言い、早歩きで廊下を通り過ぎ彼は中庭に続く道へと足を踏み入れる。中庭の横を通る廊下でガッスガッスという足音が通り過ぎるのを聞いた者がいた。それは中庭で洗濯物をしていたクレクである。
彼はここに来てから掃除洗濯炊事と家事全般をなんなくこなしていた。それというのも、ラジウの側近で家事ができる人がいないからだ。いくら城に人が大勢いると言っても、皆自分が生きるだけで手一杯というところ。ラジウは所望されようが誰になんと言われようが、自分の身の回りのことを後から城に来た人間にやらせることを拒んだ。理由は"自分がまだ王ではないから"だった。
他人の上に立つ上で自分のことを認めてくれているとラジウが思ったのは最初に居た人物。クレク、シルキア、キヴィの三人だけだと伝えた。また、今はそんなことをすることより街の復旧に全力を尽くして欲しいとも伝えたことから、自分のことをあまり気にして欲しくはない。と言ったところが本音だろう。
ちなみに、街の復旧と言ってもラジウの父が作り上げた街の場所では、魔物が占拠してしまっているので、この城の内部という形になっている。
「あっ、ラジウ様。何処かお出かけですか?」
そんな家事全般をこなし今の静寂を楽しんでいたクレクは、真っ赤な顔で肩を怒らせながら廊下をずっかずっかと歩くラジウに首を傾げ、声をかけた。
「うん。ちょっと山賊のところまで。」
「へぇ、そうなんですか、気をつけてくださいね。」
ラジウはクレクを見ようともせず、きっぱりと返答を告げてたったかと歩いていく。返答が返ってきたことでいつも通りにクレクは言葉を紡いでしまった。しかし、しばらく経った後、慌てたような中庭へと木霊したのである。クレクが事の重大さにやっと気が付いたのだろう。しかし、時既に遅し。
ラジウは城の出口までやって来ていた。石造りの螺旋の階段を降り、賑やかな広間より外れた壁がくり貫かれて作られた出口。所謂裏門で彼は足を止めたのだ。
「あれ?」
何かある。そう思って足を止めた。視線の先にあるのは建物の影に覆われて暗く、黒い影としか表現できない。見ただけでは、それがなんなのかよくわからなかった。大きさはそこまで大きい物ではない、けれど小動物みたく小さくはなかった。中型の動物くらいの大きさ。
ラジウはごくりと喉を鳴らし、決心を固めると慎重にその影へと足を進めて行った。だんだんと形がはっきりしていく影。手があり足があるのがわかった瞬間、ラジウは声を張り上げた。
「っ!?おい!クレク!!」
慌ててラジウは自分の一番信頼する相手の名前を呼んでいた。
目の前に倒れているのは鮮やかな緑色を持つ少女だった。キヴィも緑色の髪を持っていたが、彼女は青緑といった青が混じったような色合いだったが、少女の髪は黄緑の方に近い色合いをしていた。森の色と一緒だとラジウは思ったが口には出さない。それよりも早く、誰かを呼んで彼女を助けることが先決だった。
「どうしました!?」
ドタドタと足音がして、ラジウの声を聞きつけたクレクが駆けつけてきた。手には洗濯物を大量に持っていることから、あの後も洗濯物をしっかりやっていたのだろう。
けれど、ラジウはそんなことお構い無しに彼の名をまた数度呼び、目の前で倒れている人物を指差した。
「クレク、これ!」
「っ!?……これは……人……ですね。」
「なに、真剣に言ってんだよ!そんなの見ればわかるって!!」
駆け寄ったクレクは倒れている人影の傍に肩膝を立てて覗き込む。様子を見るように顔を見た感想が出たのだが、ラジウもそのくらいのことはわかるわけで思わず突っ込んでしまった。そして、彼の隣に走りより同じように少女の顔を覗きこんだ。顔色は青白く生気がないように感じられる。
クレクは確認するように彼女の手を取り脈動へと指を当てた。するとドクドクという強い鼓動が伝わってきて、ほっと肩を下へとおろす。
「ラジウ様。安心してください。この方。まだ生きてます。」
クレクの言葉に顔を彼に向け、ぱぁっと目を輝かすラジウ。心底安心したのか大きく息を吐いてから頷き、立ち上がると拳をぐっと握り締めた。
「良かったぁ!じゃ、医務室に運ぼう!」
「えぇ、そうしましょうか。」
ラジウが少女に手をかけて起き上がらせようとするのを見て、クレクは微笑ましそうに頬を綻ばせた。しかし、ラジウも子供、いくら相手が少女だからと言って運ぶには重い。なかなか持ち上がらないのを見かねると、クレクは彼女を軽く抱き上げた。そして、あっと大口を開けて自分を見上げているラジウへと、目線で城の中へ行くことを合図する。
ラジウはちぇっと小さく口を尖らせて踵を返した。医療室に向けて。




