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ウィズアウト  作者: 加水
第三章
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第三章〜失うもの〜(12)

「貴方のせいですよ?ラジウ様。貴方があの子達を見殺しにした。貴方が死ねば助かったのに……あーあ……貴方は自分の命を優先したのですね。酷い人だ。」


冷たい手が首筋を撫で、顎を掴み振り返ることを許さない。背筋が凍ったように冷たい何かが走る。そして、静かな低い声と共に耳元に生暖かい風が触れ、左の方に揺らめく長い髪が視界に入った。

責めるような口調に、ラジウの心臓は今にも飛び出しそうなくらい波打った。どうしよう、僕のせいだ、どうしよう。貴方の中でその二つの言葉が交互に出ては消え……混乱に未だに固まったまま動けないでいる。


「ラジウ様のせいではありません!今すぐラジウ様をお離しなさいっ!!」


先程まで落ち着いていたはずのクレクが声を荒げて相手を威嚇する。既に弓矢を構えてじりじりとラジウの方へ近づいてきている。いや、クレクだけじゃない。シルキアも自分の獲物を片手に持ち、いつでも攻撃できる態勢だ。キヴィでさえ立ち上がって眼をギラつかせて相手を睨みつけ警戒している。ただ一人リュウキだけはなんともいえない表情でその場に立ち尽くしている。


「ふふふ……離しては貴方方が攻撃するでしょう?人質……ですよ。武器を下ろしてくださいな。」


黒装束に身を包んだ男は見える部分の口だけを妖艶に歪ませて笑い、クレクとシルキアに要求した。ラジウの首筋には彼の鋭い爪が突きつけられていて、脅しが嘘ではないことを示している。もし応じなければ簡単にラジウの喉元を掻っ切るだろう。クレクもシルキアも仕方なく武器を床へと捨てた。カランという音が場内に響く。


「よろしい……さあ、ラジウ様。お迎えにあがりましたよ?貴方の父の元へ……一緒に行かれませんか?これが最後の……本当に最後のお誘いになりますが。如何でしょうか?」


武器を捨てたのを見ると黒装束を纏った彼はラジウの頬に赤い舌を這わせて微笑を浮かべた。同時にラジウの背中にぞわっとした鳥肌が立って思わず相手を殴りそうになったが大人の力……いや、魔物の力には勝てずにそのまま腕を掴まれて動けなくされてしまう。魔物の顔がラジウを覗き込むが、やはり彼の顔はフードと髪に邪魔されてよくは見えない。代わりに相変わらずに鋭く尖った角が鮮やかに視界に入る。


「はっ……い、嫌だね。僕は絶対に行かないっ。行くもんかっ!」


相手の人間ではない風貌に、迷っていた心は吹き飛び寧ろ怒りを覚えたラジウはきっぱりと言い放った。そして相手をキっと睨みつける。返答を聞くと、彼はすぐにラジウを掴んでる手の力を抜いた。ラジウはすぐさま相手の懐から逃げるようにすり抜けて、自分の頬を手の甲で拭い魔物を睨みつけた。クレクとシルキアが彼を庇う様に魔物とラジウの間に割って入り拾った武器を構える。


「おやおや、怖いですね。大丈夫ですよ、私すぐ帰りますから。」


威嚇する二人のさっきを受け流しながら、両手を挙げて笑みを絶やさない彼。すぐ帰ろうと足を一歩後ろに退いた。


「待って!」


しかし、彼を止めた者がいた。彼を止めたのは彼女。今まで黙って事の成り行きを見守っていたリュウキだった。真剣な表情で彼女は彼を見る。彼も彼女の方へ身体を向けた。


「今の……今の話し本当なのか!?ラジウが、ラジウが死んでればサート兄やノメルが生きてられたってっ。見殺しにしたって本当なのか!?」


必死の問いかけに、魔物の口元が歪むのをラジウは見た。ひどく嫌な悪寒が背中を走る。否定するわけがない。彼が彼女の質問に否定するわけがない。そうするとどうなるか……ラジウは考えたくなかった。考えたくなどない最悪な結末が待っている。


「えぇ……そうですよ。彼はその答えを知っていてなお、自分の命を優先させた。これがどういう意味かわかりますね?彼のせいで他二人が死んだのですよ。関係のないことに巻き込まれ、救いもされないお二方……可哀想でなりません。」


「…………っ。ラジウ……お前のせいでっ、お前のせいでサート兄とノメルはっ!」


誰もが予想したとおりのやり取りが眼下で行われた。みるみる顔を真っ赤にして怒りを露にするリュウキは矛先をラジウに向けた。殺意が伝わるほどの視線にラジウの胃の中にズンと何かが沈んだ。キモチワルイ。表現するならそれでしかない感情がぐるぐると胃の中で回る。


「俺はラジウ、お前を許さないっ!絶対に許さないっ!!」


彼女の強い意思に、希薄に、その場に居た魔物以外は蹴落とされてしまった。眼をギラギラと光らせ今にも食って掛かりそうな勢い、そして何よりも怒りと憎しみを孕んだ叫びに。反論しようにも何と反論していいのか……誰も言葉には出来なかった。


「ふふ、では貴方、私と行きますか?私達はこれから私達の味方以外を全て抹消します。ラジウ様ともそのうち相見えるかもしれませんしね。」


顔を少し上にあげてラジウを見る魔物の目が始めてちらりと見えた。黒くて深いけれど細くて冷たい瞳に、ラジウは背中に冷たいものを投げ込まれた気分になり、胸元に手を当てぎゅっと服を握り締めた。


「行く!行かせて!」


リュウキは頷くと魔物に近づいた。魔物はそっと彼女に手を差し伸べる。彼女が彼の手を取るのを誰も止めはしなかった。いや、正しくは止められなかった。今の彼女に何を言ってもラジウへの怒りは収まらないだろう。本当にラジウは自分の命の方を選んだのだから……。


「ラジウ、お前を許さないっ!いつか殺してやる……覚悟しとけ!」


リュウキはラジウを見据えたまま吐き捨てるように言い放った。ラジウの胸にその言葉のヤリが突き刺さる。更に強くラジウは自分の胸元の服を握り締めた。涙が今にもあふれ出そうだった。胃がひっくり返ったような、頭の後ろを鈍器で殴られたようなキモチ悪さと衝撃に立ち眩みがしそうだった。


「では、また会いましょうね。ラジウ様。それと他の皆さん。」


リュウキが手を取るのを確認すると、魔物はラジウ達に向き直り口元を歪ませて笑った。すると、リュウキと魔物の体がだんだんと足から消えていく。リュウキが完全に消えて背の高い魔物の顔だけが残るとき、再び魔物が口を開いた。


「あぁ、そうでした。キヴィさん……あの方もこちらサイドです。会う日が楽しみですね?」


今まで固まっていたキヴィへ身体を向けると一言言って魔物は姿を消した。キヴィは言葉にごくっと喉を鳴らし眼を見開いて消えた場所を見つめていた。

沈黙がやけに長く感じた。誰もがどう話を切り出していいのかわからないでいたせいかもしれない。


「……魔物との戦争か。」


口を開いたのは意外にもシルキアだった。武器をしまうと小さくポツリと呟き、最初に座っていた箱に近寄る。そして座ると足を組んで息を吐いた。疲れた……と言っているようだった。


「それは他の国に任せられないのですか……?私達は密かにここで暮らせば。」


「無理だよ、ホーデュ・マイナーが死んだんだ。太刀打ちできる輩がいない。いつかはここもあいつ等と相見える日が来ちまうよ。」


クレクの儚い希望を打ち砕いたのはキヴィで、更に空気が重くなる。大人三人は重い雰囲気の中で決さなければいけないことがあるのをわかっていた。しかし、本当は三人とも認めたくはない。できれば平和に過ごしたいのだ。


「ねぇ……僕。やっぱり死んだ方が良かった……のかな?」


未だに頭の中にぐるぐると色々なモノが回っているラジウは唐突に三人に聞いた。三人は目を丸くしてラジウを凝視する。


「そんなことあるわけないじゃないですかっ!」


「ばっかだねぇ、あんた。自分が決めたこと今更後悔するんじゃないよ。それに、今回は仕方ないだろ。お前が死んだらサートやノメルがその悲しみ背負うんだからね。そんなことさせる方が酷さ。」


クレクとキヴィはすぐさまラジウに励ましの言葉をかけた。しかし、シルキアはじっとラジウを見ている。ラジウも何も言わないシルキアを見つめた。


「……死にたいなら殺してやる。」


無表情な顔でシルキアは言い放った。真っ直ぐに見てくる漆黒の瞳、真剣そのものが伝わってくる。ラジウは躊躇った。こんなにも辛くて悲しくて、気持ち悪くて……いろんな感情に押しつぶされそうになって苦しい今を生きているよりは死んだ方がマシなんじゃないか?そういう気持ちが過ぎる。

何かを言おうとラジウは口を開く。


「おーい、ラジウ様~!ここに荷物運んでいいかい?」


しかし、すぐさま違う声に邪魔された。今日はよく話しの途中で人が来る日だとラジウは一瞬思ったが口には出さず声の方へと振り返る。振り返った場所に居たのは知らない大柄の男。いや、他にもなんだかたくさん人がいる。男の人、女の人、子供、大人、老人、若者、いろんな人がいろんな物を持って場内へと足を踏み入れている最中だった。

それにラジウ、他三人も眼をパチクリさせて様子を伺っている。


「え?えっと……。」


「ねー、これはどこに置けばいいのー?昔みたいに一階は店でいいのかしら?」


反応にコマってどもっていると、今度は別の女性から声をかけられる。多分それはラジウではなくキヴィに向けられたものだろう、彼女がキヴィに視線を送っている。そこでキヴィはあっと小さく声を出した。


「あぁ、うん。好きにしとくれよ、特に何か決めてるわけじゃないんだからさ。」


そして女性に答えると軽く手を振って好きにしてくれと意思表明をした。三人の視線がキヴィに向けられる。


「忘れてたよ。あの子はね、怪我してた子で応急処置してから城に向かうよう伝えた子だよ。きっと他の人たちもサートの呼びかけや他の伝手でここを知ってやってきたんだろうね。ラジウ、あんたの城にさ。」


最後の言葉にラジウの無縁がドキンと高鳴った。ラジウは着々と作業が進められていく玄関を見やった。昔見た風景がだんだんと作られていくのを見ると、心臓の音はどんどん大きくなっていく。


「ラジウ様!ここに呼んでくださってありがとうございます。もう街には魔物がたくさん居て帰れないので。」


目の前に青年が来てにっこり笑って礼を述べる。彼はどこかしら雰囲気がサートに似ててラジウは更にドキっとした。今、ここに来ている人たちは家などもうない。ここが全てになるのだ。ラジウはようやっと理解した。

今此処で自分がいなくなってはいけないと、ラジウは思った。頼りにされているからじゃない、昔と同じ風景がここにあるからじゃない、いや少しはそれもあるのだけれど……そうではなくて、生きてすることがラジウにはまだある。今ここに居る皆と同じで、生きてまだ何かができる。そしてしなくてはいけないことがある。

ラジウは青年に笑って見せてからシルキアに向き直った。


「シルキア!僕、まだ死なない。死にたくなんかないよっ!絶対父さんの遺体を取り戻すんだっ。そんでもって、できるなら皆を助けたい!」


それが、せめてものサートやノメルへの労い。自分がすべきことを、ホーデュ・マイナーに蒸すかである自分がすべきことをするのが彼らへの捧げ物。


「ふん……好きにしろ。」


シルキアは返答を聞くと立ち上がって階段へと歩く。疲れたから寝るみたいだね、とキヴィが呟いたのがラジウの耳に聞こえた。ラジウも欠伸をすると、同じように階段へと歩いた。

キヴィもクレクも同じように歩き出す。とりあえず今は休戦と行こうか。だって、魔物は言った。「いつか相見える」と。それが今でないことは、全員が分かっていた。だから、しばしの休戦……休んでたたきに備えよう。

人が賑わうようになった城は、ようやっとラジウの城となったようだ。もちろん二人の大事な友達を失うという代償があってのことだが……だが、失うものもあれば得るものある。

今は何も考えずに……ラジウはただ眠る。これからの、まだまだ大きな試練に向けて。






第三章〜失うもの〜 完

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