第三章〜失うもの〜(11)
城で待つシルキアは胸騒ぎを覚えていた。彼は、城の入り口から少しは慣れたところに積み上げられている木箱の一つに腰を下ろし、足を組んで手に持っている赤いリンゴを眺めていた。
ただ、ひたすら誰かが帰ってくるのを待つ。もしくは敵が攻めて来るのを神経を張り巡らせて警戒していなくてはならない。心底疲れる役割だと、シルキアはため息を吐いてぼやいた。
「……誰か、死んだな。」
なんとなくの感覚でシルキアは天井を仰いだ。胸元にズンと来る感覚。それが今までの経験から誰かの死を自分が感じ取っているのだと十分理解していた。きっと、今回も誰かが死んだ。そう思うとまた深いため息が出た。
バタン!!
いきなりの扉の開閉音にシルキアはリンゴを地面に投げ捨て、腰に刺している短剣の手をかけすぐさま仕掛けられるよう扉方向に身体を向けた。相手を見るとシルキアは手に力を込めて相手の前に躍り出る。そして息の根を止めようと短剣を相手の首に滑らせる。
相手の首元がスパっという音と共に切れる。が、すぐに何事もなかったかのようにその喉は元に戻ってしまう。ちっと小さく舌打ちすると、シルキアは床を蹴って後ろに跳び、相手との距離を保った。
「シルキア……さん。」
それが自分の名前を呼ぶのでシルキアはぎょっとし、身体を強張らせた。まじまじと相手を見る。しかし、どう見てもそれは前に戦った水の精霊の姿で、シルキアは名前を呼ばれる謂れなど毛頭なかった。
「……貴様なぜ、俺の名前を知っている?」
小さく。しかし多少怒気の孕んだ低い声で唸るように相手に問う。水の精霊は表情を変えずに口を開く。
「私は……サートとノメルの意を継ぐモノ。それと同時に地を守る精霊です。私は自分の家へと戻ってきた……ただそれだけです。」
淡々とした口調で少し苦笑う相手に、シルキアは眼を瞬いてから短剣を降ろした。意を継ぐもの。もちろんシルキアは精霊が取り込んだ者の性格と感情を受け継ぐことを知っていた。そのことをサートに教えたのはシルキアだったのだから。
「そうか。あいつ等が……お前は、どうするんだ。」
苦笑する相手の表情を見ると彼を思い出してシルキアの中にやるせない気持ちが込み上げて、ギリっと奥歯を噛み締めてしまう。水の精霊から思わず視線を逸らし、シルキアは質問を投げかけた。
「静かに暮らします。私の湖があるこの地を守りながら。けれど、貴方達の戦いに巻き込まれるつもりはありませんので悪しからず……それがノメルが望んだこと。ノメルを思ってサートが望んだこと。決して戦いはしません。」
水の精霊は優しく頬を緩めて笑いかけた。幸せそうに……シルキアの喉の奥がぐっと閉まってしょっぱさが広がる。苦しかった。何よりも戦いを望まない子供さえ巻き込んで、見殺しにして、結果助けられたのは自分達の方だった。水の精霊の恐怖から解き放ってくれたのは他でもない死んだ彼ら。悔しくて、シルキアは爪が食い込むほど自分の手をぎゅっと握り込んだ。
「悪かったな……。」
ただ、その一言だけが言えた。搾り出すような声だったが、水の精霊はゆっくりと頭を垂れてお辞儀をするとそのまますっと姿を消してしまった。湖へと帰ったのだろう。
シルキアは後味の悪さを噛み締めて、ただそこに立ち尽くすしかなかった。しばらくして全員が帰ってくるまで……。
初めに帰ってきたのは、ラジウとクレク。そして見知らぬ子供だった。クレクが馬を引き、子供二人が馬に乗って城へと帰ってきたのだ。
「……誰だ?」
場内へと足を踏み入れた三人に視線を送ると、シルキアは静かに声を出した。いつもと変わらぬ感情が読めない無機質な声色で。
「ただいま!シルキアー!へへ、俺の兄弟だよ!」
誰もいない場所をただひたすら馬に乗ってきたラジウは、今朝あった顔でもえらく久しぶりに感じてパァっと顔を輝くと嬉しそうに相手へ駆け寄った。そして、後ろにいる自分と似ている彼女を指差して相手へと紹介する。
しかし、彼女は不満そうにぷいっとそっぽを向くだけで、挨拶をしようとはしなかった。
「また……お前の兄弟か。」
複雑そうにシルキアは相手を見た。ラジウとそっくりの顔をしている子供に眉を顰めるも何も言わない。
「なぁ、サート兄とノメルは?」
シルキアの視線にちらっと視線を返してから場内を見回してリュウキは気になることを単刀直入に言う。見当たらない探し人に不安を隠せないようで、組んだ手の先でトントンと自分の腕を小刻みに叩いている。
「あれぇ?まだ帰ってきてないのかな?ねー、シルキアー!サートはー?」
「…………。」
ラジウも首を傾げて留守番をしていた相手に聞く。しかし、シルキアは言葉に詰まった。何を相手に言っていいのか……それを迷って口を一回開けては閉じてしまう。
ガタっ!
クレクが不思議に思って問いただそうとした時、後ろで物音が聞こえた。びっくりして四人は一斉にそちらに向かって振り返る。
見た場所に居たの顔を蒼白にした女性。青緑色した髪と瞳が印象的で、それだけが存在を主張している。
「キヴィ!?」
ラジウが彼女の名前を呼んで駆け寄る。心配そうに相手の肩に手を添えて顔を覗き込む。焦点の定まらない眼に冷や汗を大量に掻いている彼女は、普通とは言えない。
「……どうした?」
異様さに流石にシルキアも心配そうに眉を顰める。そして、ゆっくりと彼女に近づいた。すると、キヴィはシルキアの声に判のして顔を挙げ、彼を見上げた。揺らめく青緑色の瞳。何か恐怖を訴えかけている、が、今は聞かない方がいいと、シルキアは感じていた。決して話しはしないと彼女の口元が強く掬ばれていたから。
「ラジウ、そいつなら大丈夫だ。放っておけ。それより、サートとノメルのことについて話してやる。」
ふんっと小さく鼻を鳴らすとシルキアはラジウの腕を取って自分の方へ引き寄せ、そのまま引き鶴形でキヴィから彼を離した。安堵のため息がシルキアの耳を霞め、何するんだよ!?っと喚く声でそれが掻き消された。
「あ、あんた。サート兄とノメルのこと知ってるのか!?」
シルキアの言葉に食いついたのはリュウキだった。真剣な眼差しで彼を見、話しの続きを聞きたそうにしている。シルキアはラジウとリュウキ、クレクを順に見ると口を開いた。
「奴等は死んだ。」
ただその一言だけを明確に、はっきりとした口調でシルキアは伝えた。場内にシルキアの声が木霊する。ラジウもクレクもリュウキも……そして青い顔をしていたキヴィも黙ったまま口を開けて呆然しまう。
「ちょ、ちょっと待っとくれよ!サートは私とさっき別れてっ……それで人の誘導しに行ったんだっ。だからまだ戻ってないだけでっ!」
口を開いたのはキヴィで、驚きのあまり早口で捲し立てる。信じたくはない。拳を握って必死にシルキアに嘘だといって欲しいと……真剣に視線をぶつける。しかし、シルキアは首を横に振った。
「……さっき、水の精霊がここに来た。要するに復活したということだ。この意味がわかる……はずだ。」
シルキアは静かに感情の篭っていない声で説明する。それがひどく冗談みたいで、ラジウは首を横に振って否定した。けれど、それが事実なのはシルキアの沈痛な面持ちを見れば明らかで……喉の奥がつっかえて、叫びたいのにラジウは声を失ったように立ち尽くす。
「……とうとう。食われてしまったのですか。サートさん。」
「ちょっと、どういうことっ!?」
クレクだけは落ち着いて、シルキアの言葉を理解していた。しかし、その落ち着きにリュウキが突っかかる。相手の胸倉を掴んで、必死に見上げ訴えかけてきた。彼女の手をやんわりと自分の手で押さえ、クレクは口を開く。
「残念ですがリュウキさん。サートさんは水の精霊にとり憑かれておりまして……もう助かる見込みがなかったのです。今回の戦場で気が高ぶったせいでしょう……水の精霊がサートさんを取り込んでしまったようです。サートさんはもうこの世には……。」
残念そうに言うが、やはり落ち着いた声色のクレクにリュウキは愕然とした。胸倉を掴んでた手が緩み、下へと落ちていく。けれど、胸の中の怒りはだんだんと燻り、拳を作った手はブルブルと震えを見せていた。
「サートが……じゃ、じゃあノメルは?」
ラジウは立ち眩みがしたものの、なんとかその場に踏みとどまってシルキアに視線をぶつけた。彼は奴等と言った。奴等と言うことはノメルも……?だけどなんで?そんな疑問がラジウの頭で幾度も回る。
「言ったはずだ。奴等。と。ノメルも、水の精霊に侵されていたらしいな。二人とも食われて死んだ……そういうことだ。」
「そんなっ……。」
シルキアの返答に小さく悲鳴に近い声を上げたのはキヴィだった。小さく気が付かなかった……と悲愴に呟く声が静かなホールでは皆の耳に届いた。気が付かなかったことに関してはシルキアもクレクも、ラジウでさえ同じことだった。誰一人彼女が精霊に侵されていたことを知らなかったのだ。どれだけ彼女が苦しんだだろうかと思うと、キヴィの胸はぎゅっと締め付けられる。せめて、気が付いてあげれれば良かったのにと、自分を責める。
「貴方のせいですよ、ラジウ様。」
沈黙した五人の間に、五人の誰のものでもない低い声が割って入る。割って入った声に聞き覚えがあるラジウは目を丸くして辺りを見回した。すぐに、自分の首筋に冷たいものが触れ、ビクっと身体を強張らせて固まる。クレクが名前を呼んだ気がするが、それよりもラジウは後ろの冷たい妖気に気が気ではなかった。




