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ウィズアウト  作者: 加水
第三章
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第三章〜失うもの〜(10)

「誰もいないねっ!」


城に到着して大声を上げるラジウの口を、クレクは慌てて塞いだ。そして、辺りをキョロキョロと見回して誰もいないのを確認している。

ラジウはバリっと無理矢理クレクの腕をはがしてさっさと城内へと足を進めた。仕方なくクレクは手を押さえながらそれを追う。


「……にしても、何で誰もいないんだ?」


やはり声を気にすることなく、自分の言いたいことを言うラジウ。とめても無駄だと判断したのだろう、クレクは苦笑うだけで今度は何もしなかった。そして、彼の返答に答えるべく口を開く。


「逃げたのでしょう。魔物がまず攻め落とすならこの拠点となる城でしょうから。気をつけてくださいね?まだ魔物がそこら辺をうろついているかもしれませんから。」


「わ、わかった。」


神妙な顔で口元に指を押し当てながら話すクレクにラジウもようやっと危機感を持った様子で、声を殺して頷くのであった。そして、あたりをキョロキョロと見回すが、やはり他に影は無い。


「さあ、まず目指すは王の間。そこにホーデュ様の亡骸が……置いてあるはずです。」


立ち止まっているラジウに対し、今度は逆にクレクがスタスタと先へ進んでしまう。それに慌てて追いかけるが、大人の足の幅で早足ともなればラジウは走る他無かった。

二つの足音が城内に響く。廊下を進み、突き当たるそこは目指す"王の間"。

二人は口を閉じ、沈黙を守ったまま間へと足を踏み入れた。広く開かれたその中央に、前には王の……ラジウの父の椅子があった場所に、一つの棺桶が祭られていた。


「あったー!!」


棺桶に目が行くと、すぐさま歓喜の声を上げるラジウ。声はかなり大きく、開かれたホールに響き渡ってしまう。木霊する声を気にすることもせず、ラジウは喜びのあまり駆け出した。棺桶に向かって。


「ラジウ様!」


それと同時にクレクが叫ぶ。棺桶の後ろに黒い影が見えたのだ。案の定、黒い影はラジウが棺桶に近づくとすばやく動き、彼の体めがけて襲い掛かる。クレクは慌ててラジウの体に腕を伸ばし、自分の方へと引き寄せた。ラジウが小さな声をあげつつバランスを崩したため、クレクも後方に引っ張られて座り込むような形になってしまう。


「ちっ。」


影は舌打ちすると空ぶった空間を通り過ぎ、ラジウの目の前に着地した。


「あっ。」


ラジウは小さな声を上げた。目の前に下りた影はマントがなびき、姿を表す。それは、まさしくラジウと見まごう金髪の少年だった。

少し違うというならば、彼はどこか雰囲気がサートと似ているくらいだろう。ラジウがおもむろに立ち上がると、背丈も一緒で服が同じならばだいたいの人物は見分けられないだろう。


「ラジウ様……?」


クレクが目の前の人物を見てポツリと呟く。ラジウは自分の腕の中にいるのだから違うとはわかっていても、その容姿があまりにも似ていたために頭が混乱し、口をついてしまったのだろう。


「ふざっけるなっ!」


しかし、その一言に目の前の人物は肩を怒らせて怒鳴り散らした。今にも血管がはち切れんばかりに青筋を立て、拳を震わせながらクレクを睨みつける様は、どこか怯えているように見える。

ラジウはぽかんと口を開いたまま目の前の人物を凝視していて、すぐに話しだせる状態ではなかった。


「お前のせいで、私はっ!!」


先程は怒鳴っていたせいか声質がわからなかったが、裏返ったような甲高い声が耳をつく。それと同時に目の前の彼の目からぽろぽろと小さな雫が零れ落ち、ぎゅっと口を結ぶ音がした。子供特有の高い声…と言えなくもなかったが、それはラジウよりも少し高い声で、女性のものだとクレクも気が付く。


「……あ、あの。落ち着いてください。貴方はいったい……?」


相手が今にもまた掴みかかって来そうな勢いだったので、クレクは慌てて起き上がり静止するように掌を相手の前へと突き出した。そして、もう片方の手でラジウを助け起こしながら、視線で目の前の彼女をじっと凝視する。

やはり、見た目はどこをどうとってもラジウに見える。けれど、それは怒っている顔が似ているだけということに他ならなかった。涙を流して少し弱気になった彼女はラジウよりも弱弱しい。時折ひっくとしゃくりあげる声がクレク達の耳に届く。


「ふざけるなっ!私に影武者をやらせたんだろ!?お前がラジウだってわかってるんだっ!!」


クレクの言葉に逆上を示す彼女。彼女の台詞にクレクは思わず額を掌で押さえた。彼はわかったのだ。噂で聞いた"ラジウが白に戻った"という話しの真相が彼女であることに。これだけそっくりならば誰も信じて疑わないだろう。ラジウが戻ってきたのだと。まして、ラジウと付き合いがない国民なら尚更疑うこともしないであろうことが用意に想像がつき、クレクは深いため息を吐いた。


「……はい、こちらはラジウ様ですが。私達が貴方に影武者をやらせたわけではございません。私達は本当にここから出て行ったのです。その後に関しては何も関与しておりません。今は丘の上の城へと拠点を置いておりますが……つかのことお伺いいたしますが、貴方は誰なのですか?どうやってここに?」


聞きたいことはたくさんあった。しかし、相手の興奮状態を見ればすぐさま答えを聞けないことぐらいクレクにも予想ができる。けれど、聞くしかなかった。聞かなければ何も状況がわからないからだ。

クレクの落ち着いた様に、彼女も少し落ち着いた様子で息を吐き、涙を拭った。


「……私は、リュウキ。ホーデュ・マイナーの子供の一人さ。どうやってなんてわかってんだろ?あいつのバカな性癖しってて、子供全員知ってる奴なんかほとんどいないんだからさ!」


「あぁ。」


彼女……リュウキの返答にクレクは小さな声を漏らして頷いた。所謂お偉いさんと呼ばれるホーデュに仕える人のことを指しているのだとわかったから。ラジウがいなくなれば国が混乱する。それをとめるための手立てとしてこの子を利用した。それだけに過ぎないのだろうと、クレクは思って頭を垂れる。申し訳ない。その気持ちでいっぱいだった。


「ちょ、ちょっと待って!?ってことは君サートやノメルと一緒ってこと!?」


「な、なんであんたがサート兄やノメルのこと知ってるのさ!?」


はっと我に返ったラジウが慌てた口調で問いかける。リュウキもまた驚いたのだろう、目を見開いてラジウの顔を凝視している。


「知ってるも何もっ!」


ラジウが慌てて説明しようとする口を、クレクは塞いだ。そして、相手の目をじっと見つめると、何もしゃべってはいけない。自分がしゃべると、ラジウを目で制す。ラジウは彼の目を見ると開いたままの口をそっと閉じ、了承の意を示した。


「サートさんもノメルさんも、ラジウ様に付いてきてくださいました。ですから、お城の方でラジウ様と仲良くしていただいて今に至るわけです。彼らは元気にしておりますよ。如何ですか?貴方も一緒に来ては……。」


緩やかな笑みを浮かべて、相手の安堵を誘うような優しい口調でクレクは問う。その口調に落ち着いたらしく、リュウキは黙ってクレクの話を聞いている。一瞬頷こうとする仕草が見られたが、意識的にとめたのだろう一瞬からだが強張ってそのまま半分頷きかけた形で止まってから、すぐに顔を上げてしまった。戸惑っている……彼女の行動を見てクレクはそう思った。


「……来れない理由が……おありですか?」


静かに、相手を煽らないように言葉を慎重に選びながらクレクはリュウキをまっすぐに見つめた。ラジウと似た勝気な青い瞳が彼の視線とぶつかる。


「私はっ……サート兄やノメルに会いたい。いつまでも……こんなところで一人なんて嫌だ……でも、でもっ!父さんの……父さんの体がっ。」


掌をぎゅっと握り締め、力の入れすぎでプルプルと小さく震える小さな手。心なしか肩も小さく震えている。必死になりすぎてリュウキの目の前が霞んだ……それが涙だと気付くのはクレクだけで、彼女の言葉に頭に血が上ったラジウには到底気付ける変化ではなかった。


「父上のっ!?」


一声上げると、ラジウはクレクがとめる間もなく走り出していた。祭られた棺桶に向かって……。


「ばっ!待て、お前!!」


「ラジウ様っ!いけませんっ!」


リュウキが目を見開いてラジウの姿を追う、クレクも手を伸ばして彼を止めようとしたがそれは空しくも宙を切った。ラジウは早いスピードですぐ祭壇に駆け上る。そして、何の躊躇もなく祭られている飾りを外し、棺桶の蓋へと手を伸ばした。


「うっわ!?」


ズルっという音とともに棺桶の蓋が開き後ろへと滑り落ちた。同時にラジウが悲鳴に近い驚いた叫びを上げ、身を引く。棺桶から、黒い影がゆらりと立ち上ったからだ。

クレクは走るよりも先に自分の獲物へと手を伸ばす。走って彼を棺桶から引き剥がす時間よりも、獲物を使って相手を倒すほうが早いと判断したからだ。すぐさま弦を引き、矢をセットして目標へと向けた。

黒い影は大きく立ち上ったかと思うと急に留まり、ラジウへとゆっくり近づく。ラジウは固まったままそれを凝視した。そしてラジウは見た。自分と同じ二つの蒼眼を。暗い中に光を放って自分を凝視している眼……それが誰のものか、ラジウは直感的にわかっていた。

ラジウが固まっている間に、クレクは狙いを定めて溜めもなく弓矢を放った。ラジウの頬の横をビュっと風が切って矢が黒い影を突き抜ける。黒い影が歪み、一瞬白い牙のようなものがラジウの目の前に現れて、ラジウは思わず一歩後ろに下がってしまったた。


「っ!?」


すぐ後ろの階段に足を取られて、ラジウは勢い良く2,3段階段を落ちてしまう。痛さに身動きが取れないラジウにクレクが駆け寄った。


「いったぁ……。」


頭を押さえて、痛みに耐えるもすぐさま先程の光景が脳裏に蘇ってラジウはバッと祭壇を見上げた。しかし、そこにあるのは蓋の開いた祭壇だけ。黒い影はどこにも見当たらない。辺りを見回してどこかにあれがないかとラジウは探す。けれど、やはり黒い影はどこにも見当たらなかった。


「……父上……。」


ラジウは寂しそうに瞳を揺らした。しかし、泣きはしなかった。クレクが声をかけようかどうしようか迷っている間にすっとラジウは立ち上がった。そして、ゆっくりと祭壇を登って棺桶を覗き込む。クレクもリュウキも今度はとめる声は出さずに固唾を呑んで彼を見守った。

ラジウはゆっくりと首を横に振った。彼の動作を見てリュウキは両手で口元を押さえ小さく呻いた。クレクもラジウから顔を逸らして視線を床に落とし、小さくため息を吐いた。


「……父上は。どこに行ったの?」


棺桶の中はもぬけの殻。何も入っていない空の箱の中身をじっと見つめ、ラジウはポツリと呟いた。頬を我慢しきれなくなった涙が流れる。


「そ、そんなっ……それじゃあ私は何のためにここでっ。」


小さな振るえる声をラジウの耳が捕らえた。暗い沈黙が辺りに走る。ラジウはぐっと片腕で自分の涙を拭った。自分はここで泣いている場合じゃないと、自分を奮い立たせてラジウはきゅっと口を結んだ。


「帰ろう。クレク……それに……僕の兄弟。サートやノメルに会いに行こうよ。きっと二人とも喜ぶからさ。」


クルっと方向転換をして二人の方へ向き直ると、ラジウは笑顔を浮かべて言った。そして祭壇を降り、手を二人に向けて差し出す。クレクは頷いてすぐさま彼の手を取った。けれど、リュウキは戸惑って目を見開いたままラジウを凝視している。


「いこう、リュウキ。ここに父上はいない……いないんだからさ。」


ラジウは彼女の手をとってぎゅっと握る。笑ったつもりだったが、その表情はどこか寂しそうで苦笑してるみたいだった。リュウキは下唇をぎゅっと噛んで眼から雫をポロポロと零して……何も言わずにラジウの手をぎゅっと握り返した。また、頭を落としてひっくとすすり泣く声を出す。

クレクはラジウの手を引っ張った。彼がリュウキに何か言いかけてやめたのを見て、戸惑っていることを知ったから。今は何も言わずに全員で城に帰るのが一番だと考えての行動だ。

ラジウはクレクに促されるまま歩き出す。すると必然的にリュウキの手が引っ張られ、彼女も共に歩き出した。誰も何も言わずに彼ら三人は静かに城へと向かう。

仲間がいると信じているその場所へ、何も知らずに進んでいく。


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