第三章〜失うもの〜(7)
ドタドタと廊下を走る音で、ほぼ全員が目を覚ます。それはまだ霧が濃い早朝の時間。
「誰だいっ!騒がしいのはっ!!」
無理矢理起こされ不機嫌になっているキヴィが、怒鳴りながら自分の部屋から出てきた。そこへ丁度ドタバタと足音が近づいてくる。
「こらっ、ラジウ!朝っぱらからなんだって言うだいっ!うるさいよっ!!」
「あ、キヴィ!大変なんだよ!!」
キヴィの声で彼女に気付くと、ラジウはキーっと急ブレーキをかけた。そして、怒気のはらんだ声色をまったく気にしない様子で、腕をぶんぶんと振り慌てる様子を見せる。
それには流石にキヴィも不思議に思ったのだろう首を少し傾けてラジウを凝視する。
「何がだい?」
「僕の国がなくなっちゃうって!!」
「はっ?」
落ち着けという意味を込めてゆっくりと話しかけた問いに、早口で返ってきた答え。それが一瞬何を言ってるのかキヴィにはわからずに、素っ頓狂な声をあげさせる。
「だーかーらーっ!今日の朝、僕の国がなくなるって!!」
「ちょ、ちょっとお待ちよラジウ。いったい全体そんな話し、誰から聞いたんだい?」
興奮して顔を赤くしながら急かすように怒鳴るラジウに、キヴィは自分の手を彼との間に置き何度か揺らす。落ち着けという合図だ。
「……。」
キヴィの言葉にはっと目を見開くラジウ。どうやら自我を取り戻したようだ。けれど、なかなか質問に対する言葉が出てこず、口をパクパクと動かしたり、視線をあちらこちらにやったりしている。
「……あんた……不確かな情報なんじゃな……なっ!!」
呆れ口調だったキヴィだが、でかかった言葉を途中で飲み込み驚きの声を上げる。一心にラジウの後ろを凝視しているキヴィ。ラジウも彼女の視線につられて振り返った。
「……そ、そんな……。」
キヴィの視線の向こう側。木が生い茂り視界を塞ぐその向こう側。ようやっと覗く空に立ちのばる黒い煙が二人の目に入ってきたのだ。その方向は、ラジウが逃げてきた方向。つまりはホーマイ国の方向だ。
「どういうことだい!?ラジウ!!あんた、なんでこんなことになるって……返答しだいじゃあたしも本気で怒るからね!!」
もう既に本気なのではないかというくらいにキヴィは眉を八の字にし、鋭い視線でラジウを射抜いている。しかし、ラジウが少々びびって足を後ろに下げたのと同時に、彼女は廊下を蹴っていた。
慌ててラジウも彼女を追いかける。
「クレク!シルキア!いや、全員城の入り口に集合しな!!」
キヴィの大声が城中に木霊する。大して大きくない城にはそれで十分だった。部屋のドアが開き、人が出てくる。
数分も経たないうちに、入り口にはクレク、キヴィ、シルキア、ラジウ、サート、ノメル、子供達全員が集まっていた。
「どうしたんですか?キヴィさん。」
ことの事態を理解していないクレクだが、キヴィの緊迫した雰囲気に何かが起こったと感じながら慎重に言葉を発した。
「ホーマイ国が……多分魔物達に襲われている。」
「なっ!」
キヴィが自分のおおよその見当を述べると、クレクが驚きの声をあげ、子供がざわめき出した。キヴィは、顎の下を手で押さえながら何か思考をめぐらせている。
「ねっ!クレク!馬あったよね!?僕、行くから連れてって!!」
そこへ、いてもたってもいられなくなったラジウが割って入ってくる。クレクの服を掴み、引っ張りながら懸命に彼を見上げていた。
「え、えぇ。わかりました。」
「お待ち!!」
クレクも焦らされたせいか思考が回らなかったのだろう、ラジウの言葉に頷き踵を返そうとしていた。そこに、切り裂くようなキヴィの鋭い声が止めに入る。
「ラジウ。あんた、誰からこの話を聞いたんだい?」
答えなければ行かせない。睨まれたラジウはそう感じていた。威圧が物凄い勢いで圧し掛かってくる。
「……魔物……。」
答えたくは無かった。けれど、答えなくてはならなかった。からからに乾いた舌で、やっと一単語だけ搾り出した。
キヴィは、ラジウが予想していたみたく目を見開いて驚くわけでも、顔を真っ赤にして怒鳴りちらすわけでもなかった。ただ、冷静にラジウを見つめている。
「……あんた、他に何か言われただろ?それも言いな。」
そして、冷たくいつもよりもドスのきいた低い声で、静かに命令をしてきた。口調もさることながら、その雰囲気は命令以外の何モノでもなかった。しかも、決して逆らうことのできない……そんな命令。
ラジウは一瞬戸惑い、助けを求めてクレクを見るが、彼もまたキヴィ同様にじっと自分を見つめていた。それで、ラジウは悟った。今の状況では決して誰も自分の味方になって助けてくれるものはいないと。
「…………。」
ラジウは顔を落とした。戸惑ったのには訳がある。もし、言われたことを言うならば、盗み聞きしていたことも言わなければならなかったからだ。
「…………。」
キヴィは黙ったままラジウを見ている。彼が言わないならば、彼女はここを動きはなかった。いや、誰もここから動かそうとは思っていなかったのだ。
「……ごめんっ。サート!」
意を決して言葉を発した後、ラジウは顔を上げた。その顔には不安も迷いも感じられない。真剣な瞳が彼が全てを言う覚悟をしたことを伝えていた。
「僕、魚釣りに言った後。ちょっと寄り道しててサート達より後にキヴィのとこについたんだ……そしたら、サート達が話してて……聞いちゃったんだ。それから、父上の墓に言ったら魔物に会って……サートを助ける方法を……教えてもらったんだ。」
段々と重くなる口調で、魔物に教えてもらったことが全く良いものではないと、その場にいた誰もが感じていた。サートもなんと言ってよいのかわからずに口を挟めないでいた。
「その方法は?」
「……僕が死ぬこと。」
キヴィが促すと、ラジウは彼女とサートから顔をふいっと逸らして、苦しそうに呟く。
「わかった。それじゃあ、あんたは行っちゃ駄目だ。絶対あんただけはここにいな。」
そんなラジウから視線を外して、キヴィはすっとシルキアの方に足を向けた。けれど、ラジウが自分の言葉にばっと顔をむけてきたので、キヴィは思わず再びラジウを凝視してしまう。
「い、いやだっ!なんでそうなるのさ!?」
「当たり前だろ?魔物の狙いはあんたの命さ。だから、あんたはここに居なくちゃならない。」
今にも泣き出してしまいそうに握りこぶしを奮わせるラジウ。けれど、こういう場面には慣れているのか、まったく動じることもなくキヴィは説明を返した。
「僕の命?それなら会った時に殺してたはずじゃないかっ!」
「あわよくば死んで欲しい程度だろうけどね。あんたが死んでサートが助かるってーのは、自殺を。あんたの国が無くなるっていうのはあんたが戦場に駆け付けて死ぬことを……あわよくば狙っているのさ。しかも、そんなこと言われて、あんたまだ頭がおっついてないだろう!?迷いがある奴が戦場なんかに言って、帰って来れるなんて思うんじゃないよっ!」
尚も食い下がるラジウに、キヴィは眉を顰めた。そして、彼女もそろそろ限界だった。すぐさま本当は駆けつけたい気持ちを抑えていたのだから当たり前であろう。今まで我慢していた分をぶつけるほど勢いよく捲くし立てた。
「……キヴィ。僕、迷ってなんかないよ。」
ラジウはわかってしまった。キヴィがどうして自分を止めたのかを。彼女は今までの話を聞いて、推し量ったのだ。ラジウ自身が、死を選択してしまうのではないかと。
「確かにね、サートの話や魔物の話しを聞いたときは本気で悩んだよ?どうしようって。でも、僕は自分から死のうなんて思わない。ううん。僕は死なない。」
ラジウはにっと口の両端を上げ笑ってみせた。キヴィは、目を白黒させてラジウを見た後、ちらりとサートを見た。ラジウとは裏腹に複雑な表情のサート。
「サート。ごめんね。僕は自分からは死なない。だって、サート、僕が死んだら嫌でしょ?」
「……ラジウ様。」
ラジウは笑顔をサートに向けた。サートは、未だに言葉が見つからず名を呼ぶだけ。それに応えるようにラジウの顔が真剣な顔つきに戻った。
「僕、サートに自分の死を背負わせるなんて絶対嫌だよ。でもね、きっと僕が死ななきゃ本当にサートは助けられないと思うんだ。だからさ、サート。僕らの命運は運任せにしようじゃないか。どっちが死んでも恨みっこなし!」
ビシっとサートに人差し指を突きつけてから、ラジウは再び笑む。指差されほんの少し唖然としたサートだが、ラジウの笑みに釣られるかのように彼も笑んだ。
「はい!ラジウ様!」
サートは助けたいけど、サートに自分の死を背負って欲しくはなかった。その矛盾を解決することなんてできない。だから、ラジウは成り行きに任せてみることにしたのだ。
「あ、でも。サートも死ぬなんて思うなよ!生きてたら他の方法探せるんだしさ!」
「もちろんですよ!」
意気巻いている二人に、キヴィはため息をついた。
「ちょっとお待ちよ、あんた達そろいも揃って行く気なのかい?」
『もちろん!!』
嫌そうに言ったにも関わらず、帰ってきたのは元気に揃った声。キヴィは頭を抱えた。
「キヴィ、お願いだよ!僕、父上の身体を取り返したいんだ!」
ラジウは未だに納得のいかない彼女に身を乗り出して自分の目的を話す。
「身体?」
「そうでしたか、それならわたくしがお供します。ホーデュ様の身体はホーマイ国に収められております。このままではきっと魔物の手にホーデュ様の身体も……取り返さなくては。」
キヴィの言葉よりも先に、クレクが身を乗り出して深々とラジウに向かって礼をした。こうなっては仕方ない。現保護者のクレクがそこまで言うのなら、キヴィにはこれ以上口を挟むことができないのだ。
クレクの鋭い視線が一時キヴィに向けられたことから、キヴィはそれを理解していた。
「ガキ共は残して行くんだろう?」
今までのことを気にも留めないように、シルキアが平然とキヴィに聞く。
「あぁ、もちろん。本当はクレクに留守番頼もうかと思ったんだけどね……あの調子じゃ無理そうだし……。」
既に馬の準備をしているクレクに目をやって、肩を竦めるキヴィ。長い付き合いの中で、シルキアは彼女が言いたいことがわかっていた。そのせいか無表情な顔の額に皺が寄っていく。
「シルキア、後よろしく!」
「ふん。」
予想通りの言葉に、シルキアは鼻を鳴らして答えただけだった。しかし、顔はいささか不満そうである。
「仕方ないだろう?あたしゃ医者として行かなきゃなんないんだから。」
「わかってる。とっとと行け。馬は一頭しかいないぞ。」
呆れ顔で言う自分をうっとうしそうに手を振り、追い払うシルキアの行動に、キヴィは少し膨れっ面をしてあっかんべーをした。シルキアは再びそれにふんっと鼻を鳴らすのだった。
「サート、行くよ!」
ラジウとクレクが馬に乗っているのを確認して、キヴィは走り出した。途中、ぼーっと突っ立ているサートに気付き、足は止めずに声だけかけるしまつ。
「あ、はいっ!」
慌ててサートはキヴィを追いかけた。ラジウとクレクもすぐに馬で彼女達を追う。
「ふん。城に入るぞ。広間で待つ。」
残った子供にそれだけ告げると、見送りもほどほどにシルキアは城へと消えていった。子供達もそれに続く。ただ一人を除いては。




