第三章〜失うもの〜(5)
「サートのことなんどけね……あんた知ってるかい?」
「……水の精霊のことですか?」
キヴィが言葉を濁し再び暗い雰囲気になってしまうので、クレクは一瞬目を細めてから言葉を選び発言する。しかし、その言葉はあたりをよりいっそう暗くしてしまった。
「あぁ、やっぱりわかってたかい。」
キヴィが声のトーンを落として話す。あまり良い話題ではないのと、ひとに聞かれてはまずいからだろう。
「えぇ、何度かラジウ様に襲い掛かろうとしていたところを止めましたからね。無理でなければ詳しく話を聞きたいと思っていました。」
クレクもつられて声を落とす。彼の目は真剣にキヴィに向けられ話が続くのを待っていた。それにキヴィは静かに頷いて、了解の意を伝えるのであった。
「実はね、水の精霊の支配の進行はかなり進んでいるんだ。多分、サートが喰われるのも時間の問題だと思ってる。それは、あんたもあたしも、シルキアも……大人は全員理解しているはずだ。だから、言わしてもらう。サートはもう助からない。死ぬしかないんだよ。あたしにできるのは、気休めに薬で少し寿命を伸ばしてやることだけ……。」
クレクが頷きながら相槌を打つので、キヴィの言葉は止まることなく流れ出た。もちろん感情も一緒に。悔しいというかのように下唇をかみ締め、眉を顰めるキヴィ。辛そうな彼女の表情に、クレクの胸がぎゅっと締め付けられた。
「…………。」
「…………。」
今の現状では、クレクにもキヴィにさえもどうすることもできないのだ。それを改めて思い知らされ、沈黙が二人の肌を痛く突き刺す。
「キヴィさん!」
沈黙の中、いきなり自分の名前を大声で呼ばれてビクっと身を固めるキヴィ。クレクも慌てて声のする方向に視線をやった。二人の視線の先には、ドアからひょっこりと顔を出した一人の少年がこちらを見ていた。
「さ、サートっ。い、いつからそこに?」
キヴィが上擦った声で視界に入った子供に問いをかける。焦っているキヴィに対し、サートは首を傾げて不思議そうに彼女を見ているのであった。無邪気な顔に、今まで話していたことの後ろめたさがあり、キヴィは顎をひいて多少背を仰け反らせている。
「ついさっきだ。」
しかし、サートの変わりに彼の後ろに立っていたシルキアが彼女の質問に答えた。どうやら、二人一緒にここまで来たらしい。
サートはシルキアの言葉に苦笑いを浮かべ、ちらりと彼を見る。すると、シルキアはふんと鼻を鳴らし、視線を彼から逸らした。
「あはは。いいのに、気を使ってそんな庇ってくれなくても。シルキアさんったら優しいなぁ。」
「ふん。いちいちバラす必要もないと思っただけだ。」
笑うサートに対し、無表情のまま感情が窺えない声色で発言するシルキア。「恥ずかしいのかね。」と密かに呟いたキヴィの言葉は、クレクにしか聞こえていない。
「あははは。まぁ、そうですけど。それってなんか後ろめたいっていうか、後味悪いって言うか、なんか悪い気がしません?ま、というわけで。キヴィさんのお話、オレ達聞いちゃいました!」
茶化すようにシルキアへ言葉を投げかけ、更にはキヴィにまったくいつもと変わらない笑顔を向けてサートは告白した。それには流石のキヴィも目をぱちくりさせてしまう。
「あんた……大したたまだね!それで、笑顔でいられるなんてあんた、そうとう覚悟してるってもんだ。」
キヴィは、にっと笑ってサートの目を見た。強い芯の通った心が目を通して伝わってくる。ビリビリと伝わるサートの強い意志に、キヴィは唾を飲み込んで喉を鳴らした。彼女の瞳は輝いて、本当に愉しそうである。
「ありがとうございます。あの、それで、お二人にお願いがあるんです。」
「なんだい?」
サートは会釈をしてから、真剣な顔つきになった。それにともない、辺りの空気が一瞬にして張り詰める。とても重要な話しなのだろう、サートは目を一回閉じてから自分を落ち着かせると話を切り出した。
「このこと、ラジウ様には言わないでくれませんか?」
緊張でカラカラに乾いた舌と喉は掠れた声を出すのに十分で、それでもなんとか用件を言ってのけた。キヴィが目を細めて品定めするかのごとくサートを頭から足まで一瞥した。
「あんたが水の精霊のせいで死ぬってことをかい?」
「はい。」
キヴィが話しの流れから彼の言いたいことを読み取り、確認をとる。しかし、その中身にキヴィは眉を顰めた。そして、一言。
「ふーん、なんでまたそんなややこしい事。」
ぽつりと呟いた彼女の問いに、サートは苦笑ってこう言った。
「だって、ラジウ様へこむでしょう?せっかく倒したのに。それに、多分ラジウ様はまだ人の死を知らないと思うんです。だから、きっとそんなこと伝えたらショックを受けるだろうな。って。」
言ってから、笑っているような悲しいような曖昧な表情になり、少し影が落ちているように周りから見えた。複雑な心境なのがよくわかる。
「そりゃあ、受けるだろうね。あんたのこと気に入ってるみたいだし。でも、それはあんたが死んだ後にわかっても同じことだと思うけどねぇ。」
けれど、キヴィはサートの返答に眉を顰め、疑問を口にした。結局のところ、彼が死ねばラジウは知ってしまうであろう。彼がどうして死んだのかを。
「はは、そうかもしれませんね。でも、今は知られたくないんです。だって、ラジウ様の落ち込んだ顔なんてみたくありませんから。」
にこやかに笑うサートだが、でもと続けてから真剣な表情に戻り、シルキア、クレク、キヴィと順々に見ていく。まるで、同意してほしいもしくは強制的に納得させるような視線。
「そうかい。別にいいけどね。元から言うつもりはないし。」
「私も言うつもりはありません。それにしても、なぜサートさんはそこまでラジウ様を?」
シルキアはなんの反応も示さなかったが、それは既にサートと彼の間で話がついていたからである。他の二人は同時に頷いてみせた。
キヴィは肩を竦めてからにっと笑って敵意がないことを現し、クレクも柔和な笑みでサートに答えた。それから首を傾げ、今まで聞いていた中で引っかかることを彼に問いかけたのである。
「弟……だからです。オレの父の息子ですから、やっぱり大切にしたいんです。ノメルと同じように。」
どこか淡い印象を受ける笑みを浮かべたサートの顔は、どこか遠くを見ているようだった。昔のなつかしい思い出。父のことを思い出しているのであろうことは、少なからずその場にいた三人は感じ取っていた。
「よし、それじゃあこれは他言無用ってことでもう解散しようかね!」
「はい、ありがとうございます!」
キヴィが手をパンパンと打ち鳴らして解散の合図をし、クレクとシルキアは頷いてそれに同意を示す。彼等の様子を見て、嬉しそうな表情を浮かべたサートだった。
解散ということでサートとシルキアが踵を返す。その反面、小さな人影がゆらりとドアの近くで揺れたことは誰一人として気付いていない。
「さて、それじゃあ、あたしはノメルを部屋に連れてくかね。」
また、キヴィがノメルを抱きかかえた時、彼女の目が薄っすらと開いていたことにもその場の全員が気付くことはできなかった。
それが、今後にどういう意味を持つのか……彼等はまだ知ることはない。




