第三章〜失うもの〜(4)
時間は少し戻り、場所は城内のとある一室。キヴィが一番よくいる部屋、医務室である。医務室と言ってもベットが数個並べられ、たった一つに戸棚にキヴィが持ってきた薬がしまってあるだけの簡素な部屋だ。後は本に埋もれている机と椅子しかない。
キヴィは椅子に腰を下ろしていた。ドアから光りが差し込み、読んでいた本を照らしたことでドアが開いたことに気付き、キヴィは振り返った。誰が扉を開けたのか確認するまで一瞬緊張が走ったが、すぐそれが敵でないことがわかる。
「なんだい、ノメルじゃないか。どうしたんだい?」
扉を開けていたのは小さな少女だった。茶色の髪が風になびく。
「あの……眠れない。」
ノメルは顔を落として小さく呟いた。あの精霊の出来事からたびたびノメルは思い出すのであろう、何度も悲鳴を上げたり泣き叫んだりを繰り返していた。最近はだいぶ治まってきたが、夜寝付けないことが多かった。
「昨夜寝てないのかい?……おいで。」
問いに申し訳なさそうに頷くノメルを、キヴィは優しく手招きした。少し微笑んで嬉しそうな表情を見せたノメルがキヴィの元へと走リ寄ると、キヴィは彼女を受け止め抱き上げる。ノメルの身体は小刻みに震えていた。
「怖い夢でも見たのかい?」
ノメルを自分の膝の上に乗せ、頭を軽く撫ぜながらキヴィはノメルを覗き込んだ。顔は少し青かった。ノメルはうんともすんとも言わずに、キヴィにしがみ付きじっとしている。
「やれやれ。」
呆れ口調なものの、キヴィの手はノメルの背中を優しく撫ぜていた。ゆっくりとノメルの震えが小さくなっていく。安心したのだろう、しばらくすると身体の震えも止まり、すーっという寝息が聞こえ出した。
「まぁ、しょうがないか。あんだけ怖い思いしたんじゃ。っと、やっと来たかい。」
ガタンという音で、再びドアに目をやるキヴィ。そこには今まで待っていた青年の姿があった。銀髪の髪をなびかせ、つかつかと近寄ってくる。
「まるで母親みたいですよ、キヴィさん。」
にっこりとした柔和な笑みが、キヴィの前で止まった。キヴィの顔が一瞬で赤くなる。
「クレクっ!あんた……」
「しっ、起きちゃいますよ?」
大口を開けて反論しようとするキヴィだが、すぐさま口に人差し指を当てられ押し黙ってしまった。そして、視線を下にするクレク。つられてキヴィも下を見ると、気持ち良さそうに自分の膝の上で寝ているノメルが視界に入ってきた。
「ふふふ。まぁ、お似合いで可愛いと思いますけど。」
キヴィが反論できないことを言いことに、クレクは変わらない笑みでからかいの台詞を付け足した。眉間に皺を寄せ、さらに顔を赤くするキヴィだが、なんとか口を閉じ大声を出さないようにしていた。頬が膨らんだしかめっ面を見て、ラジウを思い出してしまったクレクは顔を背けて噴出してしまった。
「ぷっ……。」
「く~れ~く~っ……」
「あぁ、すいません。それより、お話とはなんですか?」
怒りを低い声でぶつけてくるキヴィに慌てて話をかえるクレク。しかし、キヴィは頬をもう一度膨らませてから腕組をしてぷいっと顔を逸らしてしまった。
「…………。」
「あの、キヴィ……さん?」
明らかに拗ねているキヴィに、クレクは冷や汗を掻き名前を呼ぶことしかできなかった。実際の話し、会ってまだそんなにたっていない相手なのだから対応が分からないのも無理はない。
「まったく。まぁ、いい。じゃあ、話しでもしようかね。そこに座りな。」
ため息をついてから、キヴィはとげとげしい口調で自分の正面にあるベットを指差した。クレクは素直にそれに従う。
キヴィは正面に座ったクレクをマジマジを見つめた。
「あのね、話っていうのは……あたしの仕事についてなんだ。」
言いにくそうに頬を掻くキヴィにクレクは首を傾げた。いまいち彼女の意図が見えないのである。
「あー……あたしはここの医者だ。誰かが怪我をしたらそれを手当てしなきゃならない。だから、一人ひとりの特徴をしっかり把握しとかなきゃならない。その意味、あんたにならわかると思うんだがね。」
「……何を言いたいんですか?」
キヴィの真剣な表情に、クレクの顔からも笑顔が消えた。緊迫する空気。密かな殺気をキヴィは彼から感じていた。しかし、ここで退くほど彼女は大人しくはない。
「わかった、はっきり言おう。あんたが何なのか教えてもらいたい。人間じゃないんだろ?」
「っ……。」
キヴィも覚悟をしたようにクレクを睨み返した。クレクは彼女の言葉に明らかな同様を示した。しかし、すぐさま目が細められ、殺気が放たれる。
「貴方に言う必要性はありません。そういう話なら、私はここで失礼させていただきます。」
ひどく冷たい口調でキヴィを射るクレク。すっと立ち上がり、彼女に背を向けてしまう。
「必要あるさ。人間には人間の治療法があるし、他には他の治療法がある。もし、あたしがあんたに人間の治療法を使ったら、あんたは助からないかもしれない。」
キヴィは、クレクの背中に静かにけれど感情がこもった声で呼びかける。彼は動こうとしない。
「……そしたら、あんた。あたしはラジウにどう頭を下げればいいんだい?」
ラジウの名前でばっと顔をキヴィに戻すクレクの表情は、苦虫を潰したような不安な顔。本当のところ、自分が人間ではないことを知られること、ましてや種族をばらすことは命の危険性がある。信用できない人間に正体を告げることなど、できるはずがないのだ。
「…………。」
秘密を軽々しく口にはできない。そういうかのようにぎゅっと口を結ぶクレクを、キヴィはずっと眺めていた。
「……わかった。あんたにだけ秘密をばらせというのも一方的すぎるよね。こうなったら、あたしもあたしの秘密をあんたに話そうじゃないか。」
いつまでも黙っているクレクに、キヴィはポンっと手を叩き提案をした。彼女の顔はにやりと歪み愉しそうである。
「どうだい?それならお互い秘密をばらさないだろ?」
キヴィの言葉に、クレクは目を瞑りため息をついた。そして小さく「どうして、この人には敵わないのでしょうか。」と呟くのであった。それはキヴィの耳には届いていない。
「わかりました。そこまで言うのであればお教えしましょう。ただし、誰にも言わないでくださいよ?」
再び座りなおし、やれやれと頭を掻きながら今度はキヴィに届く声量で口を動かす。もちろん。というようにキヴィの首が勢いよく縦に振られるのを見て、クレは頭にやった手を自分がつけている耳と後頭部を隠す薄黄色い布に手をやった。
布の下の切目の部分にある白と黄色で模様が、キヴィにはとても印象的だった。
「……なるほど。」
無言のままクレクがその布を取ると、キヴィは頷いて納得した。明らかな特徴がそこに隠されていたのである。
キヴィの言葉に小さく頷いたクレクはすぐさま布を元に戻し、視線を彼女に投げてよこした。
「じゃあ、私の話って訳だね。」
キヴィは、他のことには一切触れることなく自分の話を始めた。
けれど、本当はもっと突っ込んでみたかっただろう、クレクの特徴を見た時の彼女の目は爛漫に輝いていた。だが、多分これ以上突っ込んで聞いたところで、クレクが答えてくれるとは思わない。それをキヴィは感じ取っていたのだ。
「じゃあ、一つ。私の本当の名前はキヴィ・エクストイラ。」
「エクストイラ?その名前はどっかで聞いたことが……。」
「あるだろうねぇ。私が小さい頃、最年少の学者として世間に公表された名だよ。」
クレクが考え込む仕草をすると、キヴィはあっさりと答えた。肩を竦め、どうでもよさげに。
「そうなんですか。あまり隠す必要はないように思いますが……。」
自慢しても良いくらいだとクレクは思った。最年少の学者といえば、そうとう頭が良いのだろう。それをいちいち隠す必要があるのだろうか?そんな疑問が彼の頭をよぎったのだ。
「馬鹿言うんじゃないよ。ただの一介の医者がそんな名前……いらないさ。まぁ、これ以上はあんたが他のことしゃべってくれんならしゃべってもいいけど?どうする?」
茶化すように笑って軽快に言うキヴィ。しかし、口調とは裏腹に、言葉にはこれ以上何も聞くなと言う感がひしひしと窺えた。
クレクは両手を上げ、小さく首を横に振りそれに答える。
「よし、それじゃあ、今後ともよろしく頼むよ、クレク。」
「もちろんですよ。」
キヴィがウィンク一つ。それに対して、クレクはいつもの柔らかい笑みを向けて見せた。交渉成立。この話はもう口にはしないと二人の目が言っている。
「あぁ、そうだ。もう一つあんたに言っておくことがあったんだ。」
思い出したかのように、ポンと手を叩くキヴィ。それに、クレクは首を傾げて相手の出方を待った。




