第三章〜失うもの〜(3)
「……ふん。話とはなんだ?」
ラジウが見えなくなるのを確認してから、シルキアはサートに話を切り出した。無愛想な表情から感情は一切読むことができず、振り返ってシルキアの顔を見たサートは苦笑った。
「あのウロコ。キヴィさんから話を聞いてるんじゃないんですか?」
「……あぁ。」
サートはシルキアから視線を外し、明後日の方向を見て真剣な口調で言う。シルキアも彼と同じ方向へ視線を投げると、一瞬と惑ってから返答を返した。
太陽が、真上から少し西へと傾いていくのが二人の視界に入ってくる。
「そうだ、シルキアさん。釣り、教えてくれませんか?」
暗い雰囲気を打ち砕くように、サートは笑顔をシルキアに向けた。気をつかっているのがわかるほどの曖昧な笑みに、シルキアは小さく頷く。そして、近くに予備として作っておいた二つの竿の一つをサートに投げて寄越した。もう一つの竿はしっかりと自分の手に握られている。
湖を囲む岩にそれぞれが一定の距離を開けて腰を下ろした。決して近くはなく、決して遠くはない距離。互いの声が聞こえるぐらいの幅だ。
「……何を聞きたい?」
糸を湖に垂らしてから、しばらくの沈黙。最初に言葉を切り出したのはシルキアだった。
「シルキアさんって、旅してたんですよね?オレみたいな人って……いましたか?」
シルキアの促しに、サートは彼を見ないまま問いかけをぶつけた。しかし、曖昧な言葉達はどこか戸惑いを感じさせる。
「お前みたいに……魔物が体内に巣食っている奴のことか?」
シルキアは、一瞬言葉を止め躊躇いながらも核心に触れてきた。それに対して静かにサートは頷く。
実は先日の水の精霊との戦いの際、ラジウが水の精霊を倒しはしたものの、サートの体には既に精霊の身体の一部が混入されていたのだ。それは、体内から彼の身体を蝕んでいく。
「いたな。たくさん。」
サートが何を問いたいのか、シルキアには大体予想がついた。だが、真実を告げるべきか否か。また、本当にその問いかけなのか。それがわからないせいか、シルキアの目は細められ、真剣になっている。
彼の真剣な目つきにサートはゴクリと唾を飲み込み、喉を鳴らした。でも、聞かないわけにはいかなかった。
「あ、あの。その中で助かった人って……。」
「いなかった。」
率直な答え。それがシルキアが出した返答だった。
今のサートに本当のこと以外を教えたところで、何の役にも立たないことは初めからわかっていたのだ。ただ、言っていいものか少し悩んだだけで。
シルキアは今までいろいろな所を旅して来た。だから、魔物に食とされ喰われて来た者や、種を植えられ体内から喰い破られてきた者など、数多く見ている。それらは死ぬという恐怖を植え付けられ、徐々に喰い殺されていった。
たくさんの人が殺されていく中で、生存者など見つけることは不可能に近い。いや、シルキアの経験や見聞きしたことの中で生存している者の話しは一切出てこなかったのだ。火のないところに煙は立たず。煙も立つほどの火がないということだ。
「そっかー。じゃあ、しょうがないですよね。」
サートはあまりに酷い現実の言葉にも、カラっと笑って見せた。シルキアは小さな目を多少見開いた。
「なぜ、笑っていられる?」
「えっ?」
シルキアの思いがけない一言に、今度はサートの目が丸くなった。彼がただの子供である自分のことを気にかけるなど思いもしなかった。そんな表情。
しかし、シルキアはサートから視線を離さないまま答えを待っている。質問に答えなければ彼が口を再び開くことはないだろう。それが容易に想像できたサートは、頬を掻いてから、再び笑ってみせた。
「笑ってた方が良いことあるから、ですかね。」
それだけ言うと、湖から竿を上げるサート。シルキアはその返答に満足いかないのか眉を顰めた。
「……辛くないのか?」
その一言に竿は途中で動きを止めてしまった。そのせいで浮は宙を舞い、針は水の中で波紋を広げた。
「……辛くないわけ、ないじゃないですか。怖くないわけ……ないに決まってますよっ!けど……。」
サートは声を張り上げたかと思うと、突如肩を落とした。それと同時に口調も聞き取れないほど弱気になってしまう。
「けど、オレ。自分が死ぬことより、周りの人を傷つける方が辛いです。偽善者って言われるかもしれませんが、目の前の人を自分の意思でないとわかってても"殺したい"と思ったら怖くて……。オレ、いつの間にかラジウ様の首を絞めようとしたことあるんです。あの日から、何度もあるんですよっ。」
サートの肩がガタガタと激しく震えるのを見、自分の言葉で彼の必死で押さえていた感情を引きずり出してしまった自分の馬鹿さ加減に、嫌悪感を感じてしまうシルキア。
しかも、どうやらサートは既に水の精霊の支配を受けてしまっているようだ。彼の言うあの日とは、水の精霊と戦った日のことを示していたからだ。あの日からサートは精霊の一部を身体に入れられ、それが日に日に成長をし、今や自分を倒したラジウを恨む気持ちがの彼の脳内を支配してきている。精霊がサートの身体を食い破り復活するのも時間の問題であろう。そして、力を取り戻した精霊がラジウに襲い掛かるのは明白なことで、そのことはサートもシルキアもわかっていた。
「……シルキアさん。オレがホーデュ様の血を継いでるって知ってます?」
「あぁ、キヴィから聞いた。」
しばらくの沈黙の後、静かな口調でサートは話を切り出した。彼の表情は、顔を落としているせいで窺えはしない。
ホーデュというのは、ラジウの父でありホーマイ国の王だった者だ。サートはラジウと腹違いの兄弟で、実際に彼の血が流れているのである。
「ホーデュ様の子供って本当にたくさんいるんです。オレ達もそうですし、他にもいろんなところにいるはずです。でも、なんでホーデュ様の息子として王の座につけるのがラジウ様だけか……シルキアさんは知っていますか?」
「……ふん。王妃との子だからではないのか?」
シルキアの返答に、サートの口元が秘かに緩んだ。けれど、その笑みはどこか影が薄く嘲笑しているかのよう。
「それもあります。けど、王妃様はふと長い間どこかへ行く癖があって、王妃の座も危ういよ言われてたんです。実際、ホーデュ様が亡くなった今もその癖のため何処にいるかわからない状態です。いまや生きているのかどうかさえ……。まぁ、そういうわけで、あまり王妃様のことを認めている方もいないんです。だから、もちろんホーデュ様の子供を生んだ女の人の中には、彼へ直々に申し出る方もいらっしゃったんです。」
緩んだ口元はすぐさま元に戻り、未だに顔を上げないせいで彼の表情はやはり窺い知ることはできない。視線がまったく合わない今の状況は、ひどく周りの空気を重くしているようで、シルキアに口を挟むことをさせなかった。
「けれど、ホーデュ様は女の人に言ったんです。『子供がもし、成人できたら我が子として認めよう。』と。」
「……ふん、年齢が達していないということか。」
重々しい口調で綴るサートに対して、シルキアも彼を見ることなく呟いた。しかし、サートは静かにゆっくりと首を横に振ったのである。シルキアの言葉を否定するために。
「いいえ。成人まで生きている人がいないんですよ。ホーデュ様の子供は全員子供の間に死にます。短命なんですよ。」
さすがにシルキアは言葉を失ってしまった。何を言っていいのかよくわからないのだ。しかも、重い内容は逆に真実味が薄められており、口を開けば疑いが露わになってしまうであろう。
「嘘……みたいですよね。だけど、オレより年上の人は皆……皆死んでしまったんです。もちろん、死に方はいろいろですよ?病気から戦士、事故死……今度は、オレの番なんです。」
自分で発言していてひどく苦しくなったのだろう、サートは胸元をぎゅっと強く握り締めた。
「ふん。ならラジウはどうなる。貴様は死んで、あいつは生きているとなぜ言い切れる?」
ラジウがホーデュの息子だと認められ育てられてきたのならば、彼は成人まで生きると言っているようなものである。シルキアはそんなことがあるのを信じていないのか、信じたくないのか、不機嫌そうに問いを投げかけたのだった。
サートはおもむろに空を見上げる。彼の表情はどこか悲しげであったが、目は輝きを失ってはいなかった。
「占いです。"月無き暗闇の夜、気高き獅子のたった一人の子供が誕生する。獅子最愛の闇ガラスとの間の子は、困難に負けぬ力を持ち、世界をもほろぼす力を持つだろう。"と、予言があったそうです。獅子はホーデュ様をさし、闇ガラスとは王妃様をさします。」
「闇ガラス……?闇と言う表現は確か、魔の物に使われるものではないのか?」
サートの説明の中で、引っかかった言葉を繰り返すシルキア。彼の言葉にサートの目は大きく見開かれた。どうやら驚いているようだ。
「よく知ってますね。そうです。闇とは魔力を持つ者を示し、カラスも同様に忌まわしき力のことを示してます。王妃様は魔女だったんです。」
「……そんな話し聞いたこともないが。」
シルキアは眉を顰めた。王妃が魔女だったということを、噂ですら聞いたことがなかったのだ。
魔女とはほとんどの者が黒い髪を持ち、何らかの方法で魔力を扱える人間のことを言う。しかし、元来魔女は人間でありながら人間ではない扱いを受け、人間の世界から追放されているはずなのだ。それが王の正妻だと聞かされても、誰が信じるというのか。しかも噂にすらならないわけがないのだ。
「当たり前ですよ。言ってたのはホーデュ様自身ですから。多分、ホーデュ様以外誰も知らないこと……なんだと思います。」
「……会ってたのか?」
納得したのか、シルキアからはもう疑いの台詞は出てこなかった。一つだけの問いに、サートはこっくりと頷いてみせる。
「えぇ。何度か"父"として会いに来てくれました。あの方は、優しすぎたんです。ラジウ様はあの方にそっくりで……顔も性格も。だから、オレの中に水の精霊が残ってるなんて、絶対にラジウ様には言わないでくさい。」
朗らかな笑顔がシルキアに向けられた。シルキアはその笑顔を意味を汲み取れず眉間に皺を寄せる。
「なぜだ?」
「あの日、ラジウ様は強くなりました。オレ、ラジウ様には強いままで居て欲しいんです。ラジウ様は、ホーデュ様と同じで優しすぎる。もしオレの中にまだ水の精霊がいると知ったら……。」
サートは途中で言葉を止めた。しかし、その台詞の先は彼が言わずとも、シルキアにも伝わっていた。
シルキアは立ち上がるとサートの頭へと手を置き、軽く数回叩いた。ペシペシと言った音が響く。
「帰るぞ。」
ほんの一言だけ伝えると、シルキアは自分の竿を引き上げ、糸を竿の部分に巻きつけた。それを肩へとかける。サートも彼の真似をして竿を肩へとかけた。
「あのっ……。」
何も言わずに踵を返すシルキアに、サートは申し訳なさそうに声を掛けた。
「何だ?話しなら道すがら聞いてやる。」
振り返ることなく発せられたシルキアの台詞には、どこか暖かみがあるとサートは肌で感じ、笑みを溢したのだった。早足で彼の隣へと行くサート。彼が動き出したのを音で察したのだろう、シルキアはゆっくりと足を進めるのだった。




