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ウィズアウト  作者: 加水
第三章
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第三章〜失うもの〜(1)

第三章〜失うもの〜




鳥が鳴き、朝を告げる。まだキリが濃く太陽が霞む朝早い時間に、ラジウは珍しく起きていた。起きて、彼は城の入り口より奥に行った場所にひっそりと佇む一つの墓の前にいた。

今朝とってきた花を沿え、ラジウは墓をじっと見つめた。墓に彫られている名前はホーデュ・マイナー。ラジウの父である。


「父上……いつか必ず、体も顔もここに埋めてあげるからね。」


呟いて目を閉じ、ラジウは一筋の涙を流した。そんなラジウの後ろに一つ、黒い影が立っていた。影に気付かずに、ラジウは目を開けると涙を拭い立ち上がる。

立ち去ろうと振り返り、初めてラジウは背後に人が立っていたことに気付いた。思わず身構えるラジウ。

後ろに立っていたのは、背が高く体を一枚の黒い布で隠し、顔さえもその布をフード状に被り隠している。見える部分はフード部分から覗く黒くて長い髪。それと、額から突き出している鋭くとがった一本の角だった。それ以外はまったくどんな風貌なのかラジウにはわからなかった。


「そう、怯えないでいただきたい。」


低い声でその黒装束の者は言った。どうやら男の人のようだ。ラジウは構えたままじっと彼を見る。


「ラジウ・マイナー様とお見受けしますが……。」


「そう、だよ。」


静かに低い声が呟く。ラジウは額から冷や汗を流し答えた。この人から決して視線を外してはいけない。そうラジウは感じていた。


「やはりそうでしたか。では、貴方の父の元へいらっしゃいませんか?ラジウ様。」


男の甘い誘いの言葉はラジウの心に揺さぶりをかける。しかし、ラジウは行きたいという思いを堪えた。なぜなら、男の額から見える角が彼をあるものだと証明しているからである。そう、彼は人間ではない。魔物の部類なのだ。

人間を食らう魔物もいることは、湖の件で痛いほど知っていた。だから、安易についていくのは危険だと判断したのだ。


「……何を言ってるのさ?魔物についていくほど、僕は落ちぶれちゃあいないよ。」


挑発的な態度でラジウは魔物を睨み付けた。しかし、魔物の表情がわからないためどう思っているのかが判断できない。


「そうですか。残念ですね。」


魔物は挑発にのることなく、淡々と言い放ちラジウに背を向けた。もう一度誘うことはせずに、魔物はそのまま歩き去ってしまった。

ラジウはぽかんと口を開けてそれを見送り、立ち尽くしているだけだった。





朝食の時間。ラジウの突拍子もない発言で、全員が口に含んでいたものを吹いてしまった。『魔物と会った。』その一言は全員の目をひん剥くのに十分すぎる効果を持っていたのである。


「い、い、い、い、いつどこで!?」


キヴィが、口を拭ってからラジウに食ってかかる。普段落ち着いているキヴィでさえこの動揺っぷり。ラジウは頬を掻きながらしまった。とちょっと後悔していた。


「うーんとね。父上のお墓に花を添えてたらね……。」


ラジウは今朝会ったことをかいつまんで皆に話して聞かせた。それに、キヴィは頭を抱えクレクは頬を引きつらせていた。ちなみにシルキアは今いない。


「ばっかじゃないかい!?自分の正体ばらして、尚且つ挑発するなんて!無事なことが奇跡だよ。ったく。」


キヴィにどやされて、ラジウは耳を塞ぎむくれる。クレクも今度ばかりはため息しかでないのか、キヴィの言葉に頷いているだけ。そして、散らかった机の上を片し始めるのだった。


「まぁ、いいじゃん。何もなかったんだし。だいたい魔物だって良い奴もいるじゃないか。ほら、アレンさんとこにいた魔鳥さんとか。」


「確かにそうだけどね、あんた。あぁいうのが稀だってわかってないだろ?」


頬杖をついてじと目でキヴィはラジウを見る。しかし、ラジウは笑っており、まったく反省していないことが伺える。


「大丈夫だよ。クレクだって良い奴だし。」


「ラジウ様、あんまりよく動くお口でしたら、ゲンコツを入れて差し上げましょうか?」


ラジウの言葉に、クレクは右手を握ってみせ笑顔で強く言い放った。こめかみ辺りがぴくぴくと動いていることから怒っているのは明らかである。


「そ、それよりさぁ、角を持つあの魔物っていったい何なの?」


怒っているクレクにこれ以上何か言っては何が起こるかもわからないと思ったラジウは、すぐさま話の方向を変えていく。


「うーん。聞いた限りじゃあ人型だと思うんだよね。黒い髪っていうのは魔力を持ってると言われててね、狙われやすいうえに魔物にされやすいんだよ。もしかしたら元は人間かもしれない。悠長にしゃべってたんだろ?そいつ。」


「うん。すんごい礼儀正しかったよ。」


ご飯を食べながら、ラジウはこくこくと頷いた。クレクが眉を顰め口を開く。


「人間を魔物にすることが、可能なのですか?」


「あぁ。一説によると、人間を魔物に変えることができる魔物が存在するらしいんだよ。人型はあまり力はないが人に警戒されにくいという利点がある。だけど、人型の魔物なんてエルフや小人、人獣と呼ばれる奴等ぐらいだろうね。」


キヴィは、説明をさらりとしてみせる。知識だけはこの場の誰よりも持っているキヴィのことだから、あながち間違ってはいないだろう。


「にしても、妙だね。なんでこんな人が少ないへんぴなとこへ魔物が来たんだろうねぇ。サートでも狙って来たのかね。」


「なんでサート?」


「あんた、今の私の話を聞いてたのかい?黒髪だろ、サートは。いわゆる魔物に好かれる体質ってわけだよ。まぁ、魔力を持ってても使えないのが人間なんだけどね。」


ラジウの気の抜けた問いに、頬をぴくぴくと動かしながら、ため息混じりにキヴィは答えた。それから、何を思ったのか白衣の大きなポケットから分厚い本を取り出してパラパラと見始める。


「ラジウ。どうやらあんたは今の情勢や、魔物のことについて知らなすぎるね。今日は、あたしと一緒に勉強だよ。ったく、いろいろ教えてあげるからちゃーんと聞くんだよ?」


「え?やだ。」


パラパラと本をめくっていたキヴィだが、ラジウの即答にその本を閉じた。本を右手に持ち替えて、高く上げたかと思うとそのまま振り下ろす。

ガツンというなんとも鈍い音が出た。本の角は、見事ラジウの頭にクリーンヒットしている。


「仕方ない奴だね。せめて、その魔物がなんで来たのかを掻い摘んで話してあげるからよーくお聞き。魔物ってぇのは今、ほぼ全域を支配しているのは知ってるだろう?だけど、人間ってのもあらゆるとこに散らばって生きているんだ。だから、大きな街は魔物に攻め落とされたとしても、小さな村の集落などは生き残っているんだ。というか、魔物がそんな小さな集団は相手にしていないと言った方が正しいんだがね。で、私達がいるこの城も大した人数の人間がいないから、魔物は見向きもしないはずなんだ。それがなぜ、ラジウの前に現れたのか。答えは簡単。」


ここでキヴィは得意げな笑みでラジウに視線を寄越した。しかし、本で殴られたラジウは目を回して気絶一歩手前。まったくキヴィの話を聞いていなかった。


「らーじーうー。」


ラジウの襟首を掴み、揺さぶり起こすと、キヴィはやっと続きを紡いだ。


「なんで魔物があんたの前に現れたのか。宣戦布告だよ。」


「せ、せんせいふこく?」


目を回しながらも、なんとかキヴィの言葉を理解しようとラジウは奮闘していた。しかし、頭もグルグルと回っているせいか、か細く上擦った声になってしまっている。


「そうさ。ホーマイ国への宣戦布告。それが目的だと思うね。私は。」


本をしまい込み、キヴィは言い切った。ラジウは頭を振り、なんとか自分の意識を取り戻した。


「え?でもそれならなんで僕のとこに?」


「だから、ホーデュ・マイナーの息子だからだよ。あんたの力加減を見ておきたかったんじゃないのかねぇ。」


ラジウの問いに頬杖をつき、もう説明するのもめんどくさそうにキヴィは答える。ラジウもさほど興味がないのか、ふーんと相槌を打つだけ。そこに、片づけを終えたクレクが割り込んできた。


「しかし、ホーマイ国では、ラジウ様の偽者がおられるのではありませんか?普通でしたら、そちらの方へ魔物も行くのではないでしょうか。」


「両方行ったと思うよ。どちらかに山勘なんて真似しやしないよ。で、ラジウ。あんたどうするんだい?ここまで攻め込んでくるかもしれないよ?」


クレクの心配げな態度にキヴィは手を顔の前で振って軽く返答し、ラジウに向かい直るとにやりと笑みをこぼした。


「うーん。まぁ、大丈夫だよ!キヴィもシルキアもいるし、クレクだってそこそこ戦えるよ?」


神妙な顔つきに戻ったキヴィに、ラジウは頬にお弁当をつけたままにっこりと笑い、あっけらかんと言い放った。

緊張の欠片も感じられないラジウの台詞に、キヴィは開いていた目を半分まで閉じ肩を落とす。


「あのねぇ、ラジウ。あんたが今まで見てきたのはあくまで人と人との戦いでしかないんだ。魔物との戦いっつったら、シルキアもクレクも一瞬にして消されちまうレベルなんだよ。わかるかい?」


「えー?でもさ、クレクは魔鳥と戦ったよ?」


自分の名前が出るたびに、乾いた笑みを浮かべるクレクだが、今の二人の会話には入ってこようとはしない。どうやらなんとも言えない状態らしい。しかし、彼が割って入ってこないとなると子供の喧嘩のごとくキヴィがラジウに向かってケンカ口調になっている。ラジウも子供であるからなおさら喧嘩腰で返してしまうという悪循環へ陥ってしまうのだ。


「……人に近い魔物はいわゆるざ・こ。なんだよ。レベルで言ったら2か3くらいの魔物。ちなみに人間はレベル1で魔物の王と呼ばれる奴は確実にレベル99だよ。わかったら街には近づかないことだね。」


キヴィはもうこれ以上話す事はないとでも言うように、ラジウが口を開く前に立ち上がった。それから大きくを伸びをし、クレクへと向き直った。


「クレク。後で私のとこに来とくれ。」


「わかりました。仕事を一通り終えたらお伺いします。」


端的なやり取りを交わした後、片づけをしているクレクにキヴィは笑ってみせ食堂を後にしたのである。


「ねぇ?なんで街に行っちゃいけないの?」


キヴィを見送り、しばらく口に入ったものを租借してから、ラジウは一緒に食堂に残っているクレクへと疑問をぶつけた。

クレクは洗い物をする手を休めずに、ラジウに背中越しから返答を返す。


「いろいろあるのですよ。どうせ行く気などないのでしょう?」


「うん。まぁ、ない。」


クレクの返答はひどく曖昧でほぼ核心に触れることはなかった。だがラジウは彼の台詞に突っ込むこともせず、そういえばそうだと思い直してしまう。よほど街への興味がないのだろう、遊ぶ場所なら街よりもここの方がたくさんあるせいかもしれない。


「じゃ、僕も遊びに行ってくるね!サート呼んでシルキアのとこに行ってくるよ。」


飛び出そうとするラジウに、クレクが何か言いたそうに顔を向けたので、ラジウは誰とどこへ行くのかをきっちりと報告した。それさえ言っておけばクレクが小言を言わないことを覚えたのだ。

クレクは行き場所を聞くと、笑顔で「いってらっしゃい。」と一言。ラジウもクレクに笑顔を返し、食堂を元気よく飛び出していった。


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