第二章〜真実と真意〜(16)
太陽が昇り辺り、薄暗い闇夜を照らし出す時間は遠に過ぎ、城を爛々とした強い光が包み込む。
「ラジウ様ー!」
元気に回復したサートが、いつまでも寝ているラジウの寝室へとやってきた。
昨夜、サートの意識が一向に戻らず、ラジウはずっと起きて彼を見ていた。しかし、夜更けになるとラジウの眠さが限界となり、結局クレクに寝室へと運ばれてしまった。
けれど、普段より寝ていないことに変わりはなく、サーとがいくら大声で呼んでも返事がなかった。
「朝ですよー? 起きてくださいよ~」
サートはお構いなしにラジウを揺さぶる。ラジウは振動で身を起こすが、目がまだ開かない。
「うーん……眠いよ。……ん?」
寝ぼけ眼を手で擦り、やっと目を開けるラジウ。
目を開けたそこには、にっこりと笑顔を浮かべながら笑っているサートがいた。見慣れた黒髪を確認して、ラジウは目をひん剥く。
「サート! 元気になったんだ!?」
「はい、おかげさまで!」
身を乗り出して自分をまじまじと見てくるラジウに、サートは笑顔で元気良く答えた。
サートの身体のところどころに、傷口を覆い隠す布が貼り付けられている。多分、かなりの傷の数があるのだろう、いつもと違って長めのシャツを着ており、あまり素肌が見えないようになっていた。
「良かったぁ」
ラジウも安心したようににっこりと笑って胸に手を当てる。目もばっちりと覚め、ベッドから抜け出すと、サートの横へと立つ。
「はい。じゃ、ラジウ様。ご飯食べに行きましょう!」
「うん!」
二人は嬉しそうに綻ばせた表情を見合わせると、一緒に食堂まで駆け出した。どちらが早いか競争でもするかのように全力で投下を疾走をしていく。
食堂につくと、一歩早く着いたラジウが扉を押し開ける。中ではキヴィとシルキアが椅子に座り、クレクが食事の準備をしていた。
「ごっはーん!」
ラジウが元気良く声をあげ、自分の席へとつく。サートも遅れてやってくると同じように椅子へと腰をかけた。
クレクが二人の前にパンといり卵、ハムがのった皿を差し出す。
「元気だねぇ。昨日あんなことがあったってぇのに」
キヴィが食後のコーヒーを飲みながら、頬杖をついて関心している。しかし、聞こえてないのかラジウはご飯を夢中で食べていた。
キヴィはため息をついて、これ以上聞いても無駄と悟ったのか黙ってコーヒーをもう一口含む。
「キヴィさん。あの湖、まだ危険ですかね?」
自分の食事を持って席についたクレクは、少しむくれているキヴィへと話しかける。
昨日は結局サートとノメルを看病する方に忙しく、詳しい話を聞けなかった。だから、時間ができたら聞いておこうと思っていたのだ。
「いんや。ラジウの涙で消滅したし、いるのはせいぜい大きな魚くらいじゃないかねぇ」
「そうですか。それなら遊ぶときはやはり大人がついてた方がいいでしょうね」
キヴィの答えに、クレクは思案しながらラジウを見る。それにラジウは食事の手を休め、むっとしたように頬を膨らませた。
「まぁた、そうやって子供扱いする!」
「いいじゃないですか、子供なんですから」
食って掛かるが、あっさりとクレクに流され、思わずこけそうになるラジウ。いつもとまったく違った返答に目を瞬いてクレクを見た。
クレクは柔和な笑みを浮かべたままで、まったく詫びれた様子も無い。ここで引き下がれるものか。とラジウはキっと牙を向いた。
「やだよ、クレクの心配性!」
「親は心配するものですよ」
しかし、またもやあっさりさっぱりと受け流すクレク。怒る様子も見せず、ラジウはなんだか拍子抜けしてしまう。
「じゃ、じゃあいいよ。僕、またシルキアと遊びに行っちゃうんだからね!」
ラジウはこれでどうだ!と自信満々にクレクを煽った。クレクは顔をあげ、笑みを浮かべる。
「夕飯までには帰って来てくださいね」
ドンガラガッシャン
凄い音を立ててラジウは椅子ごと後ろにひっくり返った。あまりにあっけない返答に驚いたのだ。しかし、クレクは気にした風もなく、食事を続けている。
まったく誰も手をかしてくれないことに、仕方なくラジウは机に掴まってなんとか起き上がる。
起き上がるもののいつもと違いすぎるクレクが怖くて、机からひょっこりと目だけで覗き見る。
「……な、なんなんだよ。クレク……もしかして、大っ嫌いって言った事根に持ってるの?」
様子を伺っていると、今度はクレクが食事をする手を休め、顎に手を当てて考え込んだ。そういえばという表情をしていることから、既に忘れていた様子。
「ご、ごめんね? 僕、本気で言ったわけじゃないだよ? ね?」
しかし、表情を読み取れないでいるラジウは恐る恐るクレクに視線を投げる。
いつまでも怯えているラジウに、クレクは優しく笑み『大丈夫ですよ』と一言言って食事を再開し始めた。
「な、なんかクレクが優しいよ? どうしてかな?」
隣に座るキヴィに、ラジウは耳打ちをするように小さく聞いた。しかし、キヴィも肩を竦めて首を傾げてみせる。
けれど、実際あからさまに聞こえてくるラジウの声に、クレクはまた手を止めて笑った。そして、説明するように口を開く。
「それはですね、無愛想で何考えてるかわかりませんが、たまに良いこと言うシルキアさんのおかげですよ」
「貴様、俺に喧嘩を売っているのか?」
「そう聞こえます?褒めてるつもりなんですけど」
すでに食事を終えたのであろう、傍観していたシルキアが眉を顰めてクレクに視線を投げた。しかし、クレクは冗談めかして笑うだけ。
「ふん。後、さん付けはやめろと言ったはずだが?」
「いやですねぇ。シルキアさんが嫌がりそうですからやめませんよ」
シルキアの新たなる追撃にさえ、笑顔で逆に返すクレク。ラジウが目を白黒させてしまうくらい、クレクは前とは数段に違くなっていた。
「な、なんかクレク、レベルアップしてるけど。なんで? ねぇ、シルキア?」
「俺は知らん。どうでもいいがあの嫌がらせを止めさせろ」
ラジウがシルキアに話しかけるが、不機嫌そうに視線が返ってくる。しかも、返答は刺々しく、明らかに怒っているのが見てとれた。
「えー? やだよ。なんか、何か言ったら倍になって帰ってきそうだもん。今日のクレク」
シルキアの言葉に首を激しく横に振るラジウ。
「ラジウ様、遊びに行きましょう!」
シルキアが何か言う前に、サートは笑顔で彼に話しかけた。
ラジウはぱぁっと顔を輝かせると、うんと大きく頷いて残りの飯をかっ込む。かと思うと、すぐさま立ち上がってサートとともに食堂を後にするのだった。
呆然と見送った後、シルキアがちっと舌打ちをする。逃げられたと思ったのだ。
「クレク。あんた、なんだか本当に柔らかくなったねぇ」
キヴィが飲み終わったカップを置くと、クレクに言った。クレクはそれに笑いながら答える。
「信頼できる仲間ができた。というだけですよ。キヴィさんもシルキアさんも、ラジウ様のことよろしくお願いしますね。もちろん、他の子供達もですが」
「……ふん。俺も行って来る」
クレクの言葉に、シルキアは鼻を鳴らすと立ち上がった。
「はい、夕飯までには連れて帰って来てくださいね。シルキアさん」
「あぁ」
シルキアは片手を上げると振って見せてから食堂を後にした。
キヴィは、クレクからもう一杯コーヒーを貰うと、ゆっくりと本を読み始める。彼女は感じていた。安心できる場所へとこの場所が変化していっていることを。
真実を知り、真意を知った相手へ許される、暖かな信頼という場所へ。
変貌していくこの場所で、ラジウはまだ知らないことを知っていく。
今までも、これからも。
第二章~真実と真意~ 完




