第二章〜真実と真意〜(13)
階段を上った先は、先程よりも少々狭い部屋が待ち構えていた。また、前の部屋同様何もない。
ラジウ達が部屋に入ると、上ってきた階段はすっと姿を消した。キヴィもラジウも、階段が消えるのを確認すると、新たな出口を探して視線を辺りに巡らせる。
『あっ!』
声が三つ重なった。目の先にいる相手に、互いが驚いているのだ。ラジウ達の視線の先には、長い銀髪をなびかせ立っている人物がいた。
「クレク!」
「ラジウ様に、キヴィさんではありませんか!」
ラジウに名を呼ばれ、クレクはラジウの元に駆け寄ってきた。真剣な顔つきで彼はまじまじとラジウを見る。しばらくしてから、ラジウの無事を確認できたのだろう、やっと安堵のため息を吐いた。
「ご無事で何よりです」
「クレク、そんなことよりシルキアはどうしたんだい?」
ラジウのことしか目に入っていないクレクに、キヴィは眉を顰めながら先程から気になっていたことを聞いた。
クレクとシルキアは一緒に居たはずである。しかし、いるはずの者がこの場にいないということは何かあった意外には考えられない。
キヴィを一抹の不安が襲った。
「あ、シルキアさんなら下の階に無事でいらっしゃいますよ」
いつもの笑顔でクレクはキヴィに答えた。しかし、彼女の顔はますます疑心暗鬼の表情が色濃く出てきてしまう。どうしてそう言い切れるのかがどうしてもわからないでいるのだ。
キヴィが口を開く。
「つめたっ!!」
が、ラジウの甲高く悲鳴に近い声がキヴィの台詞を邪魔した。彼の言葉で、冷たいという感覚にクレクとキヴィも気がつく。足元が水に浸かっている。ものすごい速さで皆が見ている中、水は大人のくるぶし辺りまでせり上がってきた。
「っ!水攻めかい!?」
「まずいですね、早いですよ」
キヴィはこの状態に舌打ちをして、辺りを見回した。
彼女の横では、クレクが冷静に分析をしている。しかし、水は速さを増すばかりでくるぶしだった水かさが、すぐに膝下辺りまでやってくる。
キヴィやクレクにとってはまだ何でもない高さだが、幼いラジウにしてみれば既に腹まで水に浸っているわけで、かなり危険な状態ということが見て取れる。このまま何もしないでいればすぐに頭まで水がやってくることは必須。
クレクはラジウの状態を知ると、すぐさま彼を持ち上げて自分の肩の上に座られるように担ぎ上げた。
キヴィは横で行われたことに目を白黒させる。自分を担ぎ上げた時も思ったことだが、見た目的には優男で女に間違えられそうな感じのクレクに、そこまで力があるとはまったく見えないのだ。しかし、子供とはいえ人一人を軽々と素早く肩の上にのせてしまう。
それが、キヴィには信じられなかった。
「キヴィさん!私が上ってきた階段がまだあります!!」
腹まで浸かった時、クレクがある一点を指差して大声を出した。
声にはっと自我を取り戻し、キヴィはクレクが指し示す先へと視線をやった。水の中に埋もれているにも関わらず、下の階から光が漏れている箇所が存在する。
キヴィは天井を仰ぎ見る。天井はかなり遠く、待てば待つほど脱出が困難になっていくことを示していた。迷っている暇はない。キヴィは胸まで迫ってくる水の中に、ざぷんと音を立てて身を沈めた。
「ラジウ様、目を閉じて息を止めてくださいね」
クレクはキヴィを見送ると、ラジウを肩から降ろした。一番背の高い彼でさえ、すでに胸の辺りまで水に浸っている。
ラジウはクレクに言われたとおり目をぎゅっとつぶり、口を両手で塞いだ。それを確認すると、クレクは彼の頭と肩に手をかけて抱きかかえ、彼女の後を追うべく水の中へと姿を消した。
階段まで辿り着き、一歩足が外に出るとキヴィの体は思いっきり重力に引っ張られた。
ドンガラガッシャン!!
何か壊れるような、ぶつかるような音が二度、辺りに響き渡る。キヴィに続き、クレクとラジウも重力に引っ張られ階段を転がり落ちたのだ。
「いたたたた」
最初に起き上がったのはキヴィ。頭を擦りながら自分の体を一通り見ながら、濡れていることを確認した。彼女の後に続き、ラジウとクレクも身を起こす。
「キヴィ?」
びしょ濡れの服を絞っているキヴィの名を、誰かが不思議そうに呼んだ。
声に振り向くと、シルキアが多少目を見開いてこちらを見ていた。彼は左手が手錠によって壁に括り付けられている。
「シルキア……あんた、何やってんだい?」
シルキアの異様な光景に、キヴィは服を絞る手を止め、眉を顰めて彼を凝視した。
シルキアは、眉一つ変えずに彼女を見返し、少し考えるような間を置いく。そして、多分自分が今おかれているだろう状況を口にした。
「あぁ……人質?」
「あんた、お姫様ってガラじゃないだろ!?」
スペン。
何とも気の抜けた音が耳に残る。いつの間にかハリセンを取り出してシルキアの頭を引っぱたいたキヴィだが、ハリセンも水に濡れているため、小気味良い音はどこへやら。気の抜けるような間の抜けた音しかでていない。
その彼女の行動を目で追いながら、ラジウは服を絞り、同じように水を切っているクレクにぽつりと意見を述べてみる。
「キヴィの思考回路ってさ、変だよね」
「そうですねぇ、意外にメルヘン思考なのかもしれませんよ?」
スペン、スペン!
彼女のハリセンが二度炸裂した。ラジウと彼の言葉に笑いながら返答したクレクへ、すぐさまキヴィが突っ込みを入れたのだ。
「だーれーが、メルヘン思考だって!!?」
少し顔が赤いのは怒っているせいなのか、恥ずかしがっているせいなのかはわからないが、キヴィは怒鳴り声をあげるのだった。
しかし、水に濡れて重いハリセンは意外に痛いものである。ラジウは頭を抱えて聞いていなかったりする。
「まぁまぁ」
「それより、帰りが早かったな」
怒るキヴィを、クレクはなだめるべく声をかけた。しかし、シルキアがなだめる彼へと割り込むように言葉を投げかける。
シルキアの言葉にクレクは思わず固まった。どうやら、行く前に啖呵を切ったことを言っているらしい。
「えー、どうしてシルキアさんが手錠してるのか聞きたいでしょう?キヴィさん」
シルキアの台詞を完全にスルーし、にっこりと笑顔を浮かべながらキヴィに話しかけるクレク。だが、彼の額からは汗が滲み出ている。さらにシルキアに背を向けていることから、明らかにシルキアが出した話題には触れたくないらしい。
「おい」
「実はですね、一人此処に括り付けないと次の階へ進めないようになっているのですよ。ですから、シルキアさんが自ら手錠をかけて私を先へと進めてくださいました」
「そのわりにあっさりと帰ってきやがったがな」
まったくの無視を決め込んで話を進めるクレクに、シルキアは淡々と言葉を挟むのであった。
流石に何度も突っ込まれては、クレクもいい加減無視ができずに怒ったシ顔をルキアに向けた。
が、クレクの視線が自分に向けられると、すぐさまシルキアはあさっての方向を向いてしまう。
キヴィはクレクの説明に目を見開いて驚いていたためか、彼等の行動やシルキアの言葉を一切聞いていなかった。シルキアが他人にゆずることや配慮が出来たことにとても驚いているのだ。
キヴィがやっと正気を取り戻し、顔をあげてシルキアを見た。これから何かを言おうという決意が垣間見れる。
「あ……とれた」
その前にシルキアから一言発せられた。キヴィ、クレクは目をひん剥いてしまう。はっきり言って目が飛び出しそうだ。シルキアの言葉通り、手錠が彼の腕からぽろりと外れて落ちたのだ。
誰もが言葉を失い、しばらく場に沈黙が訪れる。
「……あ、新しく繋ぐ者を決め直せということでしょう。部屋に戻ってきてしまいましたから、きっとそういうことですよ」
なんとか口を開いたのはクレクだった。
いつまでも驚いたまま音を発しないキヴィの隣で、何とか平常心を取り戻し、クレクは頷きながら発言した。まるで自分に言い聞かせるような言葉に自己納得をしている。
「な、なんだ。そういうことかい。それなら……」
キヴィはクレクの説明に納得し、ほっと肩を降ろす。そして意味ありげに目を細め、クレクと目を合わせた。
クレクは答えるように彼女を見返すと、今度はシルキアへと視線を移した。
「やはり、それがいいだろう」
シルキアもクレクに目線を送り、頷いてみせる。シルキアの目がキヴィに移動した。彼女も彼に瞳を合わせると頷き返す。
そして、全員の視線が一斉にラジウへと向けられた。今までぽかんと状況を見守っていたラジウは、驚きとともに開いていた口を慌てて塞ぐ。
三人の視線に嫌なものを感じ、ラジウは一歩後ろに後ずさる。危険信号を頭が発している。逃げなきゃいけない。と。
「おい、連れて来い」
シルキアが発言したかと思うと、クレクがラジウに近寄り笑顔をにっこりとラジウに向けた。極上の笑みに、ラジウの額に冷や汗が浮かぶ。
案の定、ラジウの体は宙に浮かび上がった。クレクはラジウが暴れても逃げられないように後ろへ回り、脇の下に腕を通して持ち上げたのだ。
「ちょっ!クレク!!」
ラジウは、手足をばたつかせ小さな抵抗を試みる。しかし、抵抗空しく、ラジウはシルキアの所まで連れてこられた。
ガシャン!
手錠をかける音。ラジウには人一倍大きく聞こえたことだろう。手錠はラジウの腕の場所で黒く怪しく光り輝いていた。
クレクは手錠を確認するとラジウを降ろし、キヴィのところまで戻っていった。だから、ラジウが伸ばした手は空しく宙を切る。むすっとし頬を膨らませながら横へと視線を投げるが、既にシルキアも二人の場所まで移動している最中だった。
「なんで、僕なのさ!!?」
怒りに任せてラジウは三人に叫び訴える。身を乗り出したせいでジャラっと鎖が鳴った。
ラジウの真剣な眼差しが三人を射る。三人は一旦目を見合わせてからラジウに向き直った。
「そりゃあ、戦力外だし?」
「カナヅチですし」
「馬鹿だから」
キヴィ、クレク、シルキアが順々に口を開いて台詞をラジウに送った。言葉は槍となって、次々とラジウに音を立てて突き刺さる。ラジウはその場で動かなくなった。
ラジウが戦闘不能になると、三人は新たに現れた階段へと足を運ぶ。
「……」
ラジウは何も言わないが、下唇を噛み、去り行く三人を見据えている。目は今にも泣き出しそうな程、目の中で水が揺れていた。
ラジウの様子を見かねたキヴィが、階段から消える前に彼に一言こういった。
「ラジウ。感謝するんだね」
ラジウはキヴィの言葉の意味がわからずに、目を見開いてきょとんとするだけ。そんな彼を残し、三人は次の階へと進むのだった。
次の階は、先程の水はどこへやら。ただの何もない部屋に戻っていた。しかし、三人が部屋に足を踏み入れると、すぐさま階段が掻き消え地面から水が滲み出した。
「クレク。あんたずいぶん頭が柔らかくなったもんだね?」
「何のことです?私は後で一生恨まれるのが嫌だっただけですよ」
キヴィの意地悪な問いに、クレクは笑って流した。シルキアは二人を見ているが、言葉を発さない。どうやら、ラジウの前で三人がしたアイコンタクトは、何か裏があるようだ。
「あははは。まぁ、あの子は気付いてないだろうけどね。シルキア、あんたはなんでラジウを残してきたんだい?」
「足手まといはいらん」
きっぱりとシルキアは答えた。しかし、その答えも一つの理由であろう。カナヅチであるラジウが、水攻めに合う場所にいることは足手まといどころか自殺行為ものである。
「じゃ、クレクは?」
「おや?わかりませんか?キヴィさん。三人と一人。どちらが根性悪な最終ボスのとこに招待してもらえると思います?」
キヴィの問いに、試すようにクレクは尋ねた。彼の顔は相変わらず笑顔だが、余裕のあるものだった。
「そうだねぇ。今まで二人で行動した結果。なんでか仲良くなってる二人を見てると、明らかに見事何の関係も崩せずに失敗しているんだから。いっそ精神的ダメージを与えるなら与えやすい一人に絞るのがいいと思うけど?」
「そうですね。助けも来させずに一人をターゲットにし、なおかつ他の人を苦しめて見せしめにするとか効果的でしょうねぇ」
カマの掛け合いとでも言うのか、わきあいあいに二人は相手を探っている。しかし、シルキアがため息をついた。
「ようは、また人質ということか」
正直なところ、城に入ってからシルキアはまともな相手とまったく戦っていない。そのことが不満なのだろう、シルキアは不機嫌そうに腕組をしている。
「人質ね……もう少し優しく扱って欲しいもんだね」
胸まで来ている水に、キヴィはパシャパシャと愉快な音を立て遊びながら呟いた。
「で?勝算があるからこそ貴様は行かせたのだろう?」
「もちろんだよ。っていうか、多分ラジウしか奴は倒せないよ。私は、まぁ、できるかもだけど、あんた達二人には絶対無理だね。ま、決めた以上うだうだ言ってもしょうがないのさ。後はラジウに任せてみるしかないよ」
遊ぶキヴィの手をとり、音を止めさせてからシルキアはキヴィに視線を流した。
キヴィはシルキアにウィンクで返す。台詞の語尾には、それ以上話しても意味がないという釘が含まれていた。
「ふん。あいつが相手を倒すまでにどうにかすればいいんだろう?」
「……いつまでかかりますかね?」
シルキアは淡々と言い放つが、それにクレクが苦笑いをして言葉を挟んだ。クレクの発言は辺りを静かにさせるのに十分だった。
キヴィもシルキアも黙り込む、水の揺れる音だけが耳をつく。
しばらくして、キヴィが口を開いた。
「どうにかする。それを考えようか」
水の中で浮ける様、足を動かしながら三人は思案し始めた。




