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ウィズアウト  作者: 加水
第二章
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第二章〜真実と真意〜(12)

 さて、暗闇の中に引き込まれたラジウはというと、暗闇の中で薄ぼんやり考え事をしていた。膝を抱え、虚ろな顔を下へと、いや、下ともわからない暗闇へと落としている。


 (いったい、僕は誰なんだろう……?)


 考えていても、答えは全く出てこなかった。疑問だけが空しく頭の中で問いかけを繰り返している。

 幾度目の疑問が過ぎ去っただろうか、突如、暗闇の中に一筋の光がラジウの横を通り過ぎる。それが何だか、ラジウにはわからなかったし、わかろうともしていなかった。ただ、頭を垂れ、うなだれているだけで動かない状態。

 光はだんだんと数を増し、次々にラジウの正面から後ろへと流れていく。光の正体は映像だった。長い四角に切り抜かれたような映像が次から次へと流れていく。

 その映像からは、少しだが声も出ていた。音は映像がラジウに近づくにつれて大きくなってはいるが、まだ彼はそれらに気付かない。


「私はラジウについていきます。貴方がどう変わろうと、どんなことをしようと、味方が誰一人いなくなろうと、私は貴方について行きますとも」


 一つの声が、やっとラジウの耳へと届いた。ラジウがよく知っている声、そうクレクの声だった。一コマの映像が声と共にラジウの横を通り過ぎていく。

 見知った声に、ラジウは顔を上げて映像を目で追った。その場面を、ラジウは知っていた。自分が城を飛び出す前の、クレクとの会話のシーン。ラジウの頭にバッと記憶が波を立てて甦る。クレクが、他の誰でもない、自分について来てくれたことを。

 ラジウが手を伸ばそうとしたが、クレクの台詞を出す映像は遠ざかってしまった。しかし、今度は違う場面がラジウに迫ってくる。映像には、シルキアの横顔が映し出されていた。


「貴様は貴様であろう」


 これは父の話をしていた時に、シルキアが言った台詞。ラジウはその言葉に立ち上がった。父上とは違うのだと、シルキアが思いを込めて言ってくれた言葉だと、ラジウは今更ながらに解った。


「僕は……僕?」


 過ぎ去っていく場面を見送りながら、ラジウはポツリと呟いた。手は届かないけれど、彼等の言葉は自分の近くに存在していると、ラジウは胸に手を当てて実感する。

 しかし、まだラジウは自分のことが自分で信じられなかった。記憶は、先程の鏡の自分に言われたことすらも呼び起こしていたのだ。不安が再び顔をもたげる。

 ラジウは、どうしたらいいのかわからずに、胸をぎゅっと強く握り締めた。


「あまったれるんじゃないよ!」


 いきなり後ろから大きな罵声が飛んできてラジウは思わず身を震わせた。そして、慌てて振り返る。大きな声を発している場面にいるのはキヴィ。仁王立ちで腕を組み、こちらを睨みつけるように見ていた。

 視線がキヴィとかち合う。


「あんたは善悪が解らないほど幼いのかい!? 自分で何が正しくて、何が間違ってるのか判断もできないのかい!? ぇえ! どうなんだい!? 他人の言葉に惑わされるんじゃないよっ!」


 そう、この台詞はシルキアに負けてへこんでいた時にキヴィがラジウに向かって放ったもの。ラジウはこのシーンが初めてキヴィに叱咤された時だと気付いたと同時に、この後言った言葉達を思い出す。


 『あんたの言葉で、僕を左右してよ』


 映像の中のラジウと、ラジウの声が被った。そうだった。とラジウは思う。弱くたっていい、誰かの言葉ででも立ち直れる強さがあればそれで。

 ラジウの目にはいつもの輝きが戻り、強い意志を持つ表情が、顔がやっと覗いた。きっと眉を引き締める。


「そうだよ。僕は僕でしかないんだ。自分を見失って弱気になってる場合じゃない。だって、僕をラジウだと言ってくれる人がいるんだ。だから、僕は自信を持って言える」


 ラジウは拳をぎゅっと握り、顔を上へと上げた。


「僕は、ラジウ・マイナーだ!!」


 勢いよく叫ぶと同時に、眩い光がラジウを包み込む。ラジウは眩しさのあまり目を瞑り、手で顔を庇った。


「――っ!!」


 光が収まると、ラジウはそっと目を開く。すぐに視界へと床と壁が入り込んできた。円形状の造りが見てすぐにわかる構造。

 ラジウは目を瞬かせた。戻ってきたのだと、安堵した。

 ふとラジウは気付く。体は先程まで立っていた感覚を持っていて、自分は立っているものだとばかり思っていた。けれど、よくよく見れば、自分の状態は上半身だけを起こしたままで座っていることが分かった。

 まるで今まで倒れていたかのような体制に、ラジウは首を捻る。


「……夢……?」


 疑問を呟いてから腕に力を入れると、ラジウは自分の体を起き上がらせた。ふらふらしながらも立ち上がる。

 立ち上がってから視界を移動させるが、とあるものに目を奪われた。すぐ隣に青緑の髪を持つキヴィが倒れ込んでいたのだ。

 白衣を身に纏った彼女は、頑なに目を閉じており唇は青く変色していた。


「キヴィ!!」


 ラジウはしゃがみ込み、必死に彼女の名を大声で呼ぶ。けれど、彼女からは何の反応も返ってこない。ラジウは、キヴィの手首に腕を伸ばした。


「冷たっ!」


 ひんやりと冷たい彼女の手に、ラジウは一度手を引っ込めてしまう。だが、それでは彼女の生存確認ができない。再びラジウは彼女の手首へと手を伸ばし、脈があるかどうかを確認した。

 どくんどくんと正常にキヴィの脈が鳴っていることに、ラジウはほっと胸を撫で下ろす。


「やっぱり、キヴィも僕と同じ状態なのかな……?」


 眉を顰め、ただキヴィを見守ることしかできない自分に、ラジウはふがいなさを感じていた。どうにかしたい。その気持ちが強くなる。


「……だめ……。ねぇさんっ!」


 キヴィが、青くなった唇を動かし、呻くような声を出した。

 ラジウはびっくりして身を引き、目を見開いたまま彼女を凝視する。キヴィの瞳から一筋の涙が零れ落ちたのを見てしまったからだ。


「……私の名前……名前は。キヴィ」


 彼女が名前を言おうと口を開く。ラジウはキヴィに名前を言わせてはいけないと、直感的に感じた。

 自己紹介をするさいに言葉を濁した彼女のことを思い出す。きっとファミリーネームは人に言いたくなかったはずだ。それに、ラジウはその名前を聞いてはいけないような気がした。


「キヴィ! 君はキヴィ・ライズンだろう!? 豪快で大雑把で、そんでもって短気なうえにすぐ調子にのるけど、芯があって、自分自身に自信を持ってて男らしいキヴィ・ライズンだろ!!? 他の誰が何て言っても、僕は、君がキヴィ・ライズンだって思ってるから! だからっ……だから戻ってきてよっ!」


 ラジウは、キヴィが口を開いて言っている言葉が自分に聞こえないように、大声でがなった。彼女の冷たい手をぎゅっと握り締め、目をしっかりと瞑り、一気にまくしたてた。

 戻ってきて欲しい。その思いがラジウの心に湧き上がっていた。誰一人失いたくはないと、ラジウの心が叫びを上げているのだ。

 思いに答えるように、キヴィの手がぴくりと反応を示した。反応を感じ取り、ラジウは勢いよく目を開く。

 目の前には、瞳をうっすらと開け、微かに笑みを浮かべながら自分を見るキヴィの顔があった。


「キヴィ!!」


 ほっとして、ラジウの目からぽろりと涙が床に零れ落ちる。けれど、顔は満面の笑みだった。とても嬉しそうに、ラジウは彼女の名を呼んだのだ。


「ラジウ……だぁれが豪快で短気で男らしいって? え?」


 が、そんな暖かい良い雰囲気の場面はすぐさま終わりを告げる。キヴィが起き上がってこめかみをぴくぴくと動かし、引きつり笑いを浮かべながらラジウの頬を掴み両側に伸ばしたのだ。


「ご、ごへん~っ」


 頬を摘まれ、引っ張られているせいでラジウは上手くしゃべれないが、涙を流しながら必死に彼女に謝った。それに文句をぶつぶつ言いながらも、キヴィはばっと手を離す。


「だ、だってぇ。キヴィのこと思い浮かべたらそういう言葉しか出てこなかったんだよぉ」


 真っ赤に腫れた頬を押さえながら、ラジウは頬を膨らませて言う。腫れた頬を膨らませたことにより、かなり顔が膨れたように見えてしまう。

 思わずラジウの顔に笑いそうになるキヴィだが、なんとかそれを押さえ込んだ。


「そうかい。覚えとくからね。今日のこと。……にしても、心配かけたみたいだね。ラジウ」


 鋭い目つきになったかと思うと、キヴィはすぐに柔らかい笑みをラジウに向けた。それにほっとしたのか照れくさそうに少し赤みが差した頬を掻くラジウ。

 キヴィの手がラジウの片方の手に重なった。その手は先程と打って変わって暖かい。

 周りに誰もいないことから、キヴィはラジウが自分にしてくれたことに気付いたのだった。彼は自分よりも小さいが、自分よりも強さを持ってることをキヴィは感じとった。


「ありがとよ、ラジウ」


 キヴィは立ち上がり、ラジウの頭を優しく撫で礼を述べる。暖かい手の温もりに、ラジウはキヴィを見上げて照れくさそうに笑んだ。


「へへ、どういたしまして!」


 キヴィの言葉にも暖かみを感じたラジウ。だから、自然にラジウの口はキヴィに対する返事が滑りでたのだ。

ラジウの笑みにつられるかのように笑みを返してから、キヴィは辺りを見回す。すると、すぐに上に登る階段を見つけることができた。壁に穴が開いており、そこから階段が覗いている箇所があるのだ。


「お、先へ進めるみたいだね。さ、行こうか」


「……ね、ねぇ、キヴィ。キヴィも自分が自分じゃないって思ったの?」


 さっさと歩き出してしまうキヴィの後を、慌てて追いかけ、ラジウは戸惑ったようにキヴィの背中に問いを投げかける。今まで疑問に思っていたが、なかなか聞けないでいたのだ。


「ん?まぁ、そんなとこだね」


 しかし、答えは曖昧なものだった。ぼかしてその後の言葉を紡ごうとしないキヴィ。

 彼女は後味の悪そうな表情で、決してラジウを見ようとせずに視線を泳がしていた。これ以上触れて欲しくはない。そう言っている事がありありと伺える。

 だから、ラジウはこれ以上突っ込んだ話をすることはできなかった。


「ほら、ラジウ。早く行かないと置いてくよ?」


「あ、ごめん!待って!」


 キヴィはラジウがそれ以上突っ込んでこないとわかるやいなや、先程の話題には触れずにさっさと階段を上り始めた。

 彼女の後をラジウも追いかけ、精一杯早く階段を駆け上る。小幅が違うせいか、早足で行かなければ彼女に追いつかなかった。


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