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ウィズアウト  作者: 加水
第二章
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第二章〜真実と真意〜(11)

 一方、別の部屋にはクレクとシルキアが対峙していた。二人とも手には自分の得物を構えている。

 彼等がいる部屋には壁際に様々な武器が並べられ、戦えといわんばかり広いスペースが整えられていた。キヴィとラジウがいた部屋の四倍の広さがあるだろう。


「なるほど、キヴィさんが"二人組みでないといけない"と言っていた理由がよくわかりました」


「ふん、どちらかをあの鎖に繋げということだろうな」


 目を細めてシルキアを見据えるクレクに対して、シルキアは彼から視線を外しある一点を凝視した。目をやった場所には、一つの鎖と鉄の輪が壁に備え付けられていた。それは誰がどうみても、手錠の一種。

 この部屋には入ってきた入り口もなければ、出る出口すら存在しなかった。何か仕掛けがあるに違いない。そこへ壁に不自然に備え付けられた手錠と、大量な武器。明らかに出口と関係があるのだと、誰もが気付く。


「貴方も私も譲る気がない。と、すれば、力尽くでどちらが行くかを決める必要がありますね」


 クレクは、弓に矢をつがえながら静かに言った。言い終えると、シルキアへ矢を向け、狙いを定める。



 ヒュン



 音が風を切った。それからカンという壁に当たる音がクレクの耳に届く。

 シルキアの頬から赤い血が滴り落ちた。思ったよりも早い引きに、避けるのが少し遅れたのだった。


「やはり貴方、お強いですね」


 クレクがシルキアの行動を見て呟きをもらす。彼の頬にもまた、一筋の血が流れていた。シルキアが、クレクの攻撃の際に持っていた短剣を放ったのだ。


「……貴様もな。一つ、聞きたいことがある」


 勝負は五分五分と言っていいだろう。両者とも遠距離からの攻撃が得意であることから、勝負がつきにくいことを認知していた。だから、シルキアはクレクに話し合いを求めたのである。


「なんでしょう?」


 クレクは、再び弓に矢をつがえ、シルキアに目標を合わせながら答えた。動けば射る。と言っているのだ。しかし、それは仕方のないことだった。弓は矢をつがえないと、その間時間がかかり敵に攻撃のチャンスを与えてしまうからだ。

 一方、シルキアの短剣は手に持ってさえいれば投げるだけで良いのだ。時間の差を考えれば、クレクの行動は当たり前のことだといえよう。


「なぜ、そこまでラジウに固執する?」


「そんなこと、貴方には関係ありませんし、説明したところで……貴方になど、決してわかりはしませんよ!」


 クレクの言葉が終わらないうちに、矢が風を切り、走り抜ける。今度は警戒をしていたからだろう、クレクの矢をシルキアは軽々と避けてみせた。しかし、追い討ちをかけるようにクレクは更に素早く、彼に向かっていくつもの矢を続けざまに放つ。


「……それなら質問を変える。貴様は、ラジウに何を求めている?」


 クレクの言い放った答えに納得ができないのだろう、避けながらも、シルキアはクレクから目を離さずに淡々と問いかけた。

 次々に自分に向けられてくる矢は、正確に狙われているため逆に激しく動けば当たらない。余裕でかわすシルキアを見てクレクは一旦矢を放つのを止める。


「求める? 何も求めてなんていません。私はただ、ラジウ様に従う下僕でしかありません」


 しかし、次の矢をシルキアに向けておくことは止めない。先程と違い、今度はしっかりと答えるクレクの瞳は、いつになく真剣で覇気を感じさせた。


「ふん。あいつはそう思ってないみたいだが?」


 クレクの覇気とは正反対に、シルキアは何を考えているかわからない無表情のまま言葉を紡いだ。そして、言い終わらないうちに短剣を抜いて、彼目掛けて放り投げる。

 反撃してくるとは予想していなかったクレクは慌てて短剣から身を逸らした。しかし、決して視線はシルキアから外さない。

 どちらも視線を外した方が負けることを、わかっているのだ。


「えぇ、ラジウ様はお優しいですから……ね!」


 語尾を強調したのは、強く弓を引いた不可抗力である。矢と短剣が少しの感覚を開けながら飛び交うが、いっこうにそれらは相手に当たらない。

 痺れを切らしたのか、クレクは次から次へと矢をシルキアに向かって放つ。


「いや、貴様もそうは思っていない」


「何を!?」


 シルキアは次々と矢を避け、意を決したように方向を変える。いきなりクレクの方に向かって走り出したのだ。

 クレクは突拍子もない行動に目を丸くして、矢を放つのを躊躇ってしまう。

 一瞬戸惑ったせいで、クレクの目の前にはシルキアの顔がありありと映し出される。クレクが構える弓の前で立ち止まったのだ。ちょうど弓の先端の前に、彼の胸が待ち構えている。

 流石にクレクは驚きの声をあげ、まじまじとシルキアを見た。無表情なため、彼が何を考えているのか読み取れはしない。


「ふん。下僕や従者なら主に従うはずだ。しかし、貴様はあいつの意思を汲み取ろうとさえしていない。だから、貴様は貴様自身が下僕や従者であると思っていないわけだ」


 感情を出すことなく、淡々と言い切るシルキアの台詞に、クレクの手から汗が滲み出た。一度、ぐっと手に力を込め、シルキアを睨みつけるクレク。しかし、それにさえシルキアは微動だにせず弓を持つ彼を見ているだけ。

 シルキアの強く射抜くような眼差しに、クレクは苦い顔をしてシルキアから視線を外した。また、弓を静かにそのまま下へと落とし、うなだれる様に頭を垂れる。


「……そうかもしれません。私は主の命令や意思よりも、主の命の方が大事なんです。私は……一人の主を亡くしました。ラジウ様の父、ホーデュ様です。その時に、自分の居場所が無くなることを知りました。私は結局、私のことしか考えていないのですよ。貴方を見てると、悔しいですが自分が自分しか見えていないのを思い知らされます」


 クレクが顔をあげると、その表情は弱弱しく儚いものだった。笑っているのに泣きそうで、ひどく辛い印象をシルキアは受けた。

 クレクは自分自身でわかっていた部分を指摘され、現実を突きつけられてしまったのだ。しかし、その分少しは冷静になれたのだろう、自嘲気味だが自分のことを客観的に見ようとしている。


「……俺のどこをどう見てそう思うのかはさっぱりわからんが、失くしたくない程大切な者なのだろう。あいつが」


 シルキアはふいっとクレクに背を向け歩き出した。クレクは彼の行動に首を傾げて様子を伺う。シルキアは、とある地点まで行くと、立ち止まって屈み込んだ。



 ガチン



 金属音が室内に鳴り響く。

 クレクはシルキアの行動に、目を点にしていた。シルキアが自分の左手に、壁に繋がっている手錠をはめ込んでしまったのだ。


「なん……で?」


 ようやく搾り出した掠れ声で、クレクは彼に問いかけた。人差し指が微かに揺れながらもシルキアの腕を差している。


「ふん。こんなところで時間を食ってる場合ではないだろう?」


「……貴方がそこまで心情身溢れる方だとは思いませんでした」


 シルキアの言葉に、クレクは口に手を当て大げさに驚いてみせる。大げさな動作に、シルキアはたらりと冷や汗を流した。

 明らかにクレクの行動は白々しい。さっきまでの真剣な雰囲気が台無しになってしまっている。


「違う。ラジウがサートを助けたがっているからだ」


「やはり思いやりのある人なんです」


「違う。いい加減にしろ。貴様がラジウに応えたいと思っているだろうと思ったからだな……」


 ふざけている様な感じのクレクに、シルキアは真剣にきっぱりと言い放った。彼の台詞に、クレクは驚いたまま更に一言。だが、その台詞は途中でシルキアの怒りの声に邪魔されてしまった。

 こめかみを押さえ、怒りと呆れを露わにするシルキア。それに、クレクは笑った。


「冗談ですよ。気遣いありがとうございます。まぁ、まさかそこまで考える頭があるとは思いませんでしたが」


「貴様……」


 しかし、笑顔はすぐに消えうせ、クレクは考えるように顎に手を置いた。シルキアは彼の言葉にじと目を返す。

 シルキアの視線に気付いて、慌ててクレクは手を軽く振った。


「はは、まあそう熱くならないでください。それより、貴方は先へ行きたいと思わないのですか? この先にはたぶん。サート君やラジウ様の他に、キヴィさんもいらっしゃるかもしれないのですよ?」


 あっさりとシルキアに引き下がられ、クレクはこのまま先へ進むのに気が咎めたのだ。理由を聞こうと、彼と仲の良いキヴィの名を出してみる。しかし、シルキアは眉一つ動かさない。


「何か勘違いをしているようだが、一言言っておく。あれはそう簡単にやられるたまではない。まぁ、ラジウもサートもだが」


 シルキアの言葉には、ラジウの好きにやらせてみればいい。そんな意味合いが含まれているのだとクレクは感じていた。


「そういうところが嫌いなんですよ、シルキアさん。私が見えないラジウ様や他の方のことが見える貴方が、ね」


 クレクは踵を返し、シルキアが手錠をはめた際に静かに現れた壁の穴へと足を運ぶ。クレクの静かな口調に、シルキアは彼の背中に向かって、同じく静かに言った。


「ふん。当人達より周りの方が見えるのは当たり前のことだ。俺に見えない部分は、貴様が見えているはずだ。あいつには、親身に心配する奴の手助けの方が必要だと思ったからこそ、貴様に譲るだけだ。俺なら、絶対途中で見捨てるからな」


 シルキアの言葉は、クレクの背中を後押しする。クレクは、笑った。シルキアの言葉が冗談に聞こえたのだ。彼なら、口でも態度でも無関心を装っているが、決して認めたものを見捨てることはしないだろう。と、思ったからだ。そう思ったのは、もしかしたらシルキアが自分に多少似ているからなのかもしれない。


「それと、シルキアでいい」


 最後に付け足すようにシルキアは台詞を吐いた。思わずクレクは振り返り彼をまじまじと見る。別段冗談を言っているようには見えなかった。

 シルキアがクレクを認めたことが、クレクにも伝わってきた。

 クレクは、もう一度シルキアに背を向け、穴の近くまで行くと足を止めた。


「言ってくれますね、シルキア。いいですよ。私の全力でもって彼等全員守り抜けばいいのでしょう? すぐ終わらせてきますので、待っていてください」


「そりゃあ、見物だな」


 クレクが片手を挙げ、シルキアも答えるように片手を上げた。

 二人が感じていたわだかまり、それは自分にないものを持つ相手への嫉妬、不満、自己嫌悪だったに違いない。それを認め合った今、二人の関係は前よりは少し良くなったのかもしれない。

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