第二章〜真実と真意〜(10)
「何もないただっぴろい部屋に出たねぇ」
階段を上ってしばらく行くと、広い円形状の部屋がキヴィとラジウを待ち受けていた。明るく声を出したのはキヴィで、その声が何重にも響き渡って木霊する。
キヴィは額に手を当て、何か面白いものはないかと辺りを見回していた。
「ねぇ、キヴィ? クレクとシルキア……大丈夫かな?」
キヴィの後ろをとぼとぼと歩いていたラジウが、肩を落とし額に皺を寄せる。そして、手を口元に当て、何かを考え込みながら心配そうに言葉を紡いだ。
「大丈夫も何も、嫌でも二人で行動しなきゃならないだろうね」
「なんで?」
キヴィは周りを見終えると肩をすくめ、興味なさそうに二人のことをさらりと口にした。そのあっさりした態度と内容に疑問を持ったのだろう、ラジウがいささか強い口調でキヴィに問いかける。
「あぁ、実はね、精霊ってのは本当性質が悪いんだよ。最悪の組み合わせで行動しないと、精霊のとこまで決して辿り着けないようになっているのさ、ここは。そこで仲たがいをさせるんだ。残るのはたった一人……そういうのが好きな連中なんだよ。覚悟しときな」
話にさらに心配そうに眉を顰めるラジウを見て、キヴィは諦めろとでも言うかのように、胸の前へと手を軽く出してから再度肩を竦めた。
「いいんだよ。子供と乙女をほっぽといて喧嘩してる野郎共なんざ、一度痛い目見れば」
「キヴィ……」
嫌味を紡ぐ彼女に、ラジウは思わず遠いところに視線をやってしまった。どういっていいのかわからないと言った目を向けられて、キヴィは慌てて誤魔化そうとする。
「だけどね、ラジウ。二人の心配ばかりしてる場合じゃないんだよ? 私達だって、敵の腹の中にいるんだから」
――私って、誰?――
キヴィの台詞に何かが割って入った。透き通るような高い声。キヴィは目を見開いて後ろを振り返る。しかし、そこには何もない。
――ねぇ、私って誰?――
「キヴィ!!」
再び聞こえる妙な声に、キヴィは焦りを見せる。そんな彼女をラジウは呼んだけれど、ラジウの口調もまた上擦っており、焦っているような慌てているような印象を受ける。
キヴィは呼ばれるままにラジウの方へと体を向けた。キヴィの視界に入ってきたラジウは、ある一転を指差し固まっている。
ゆっくりと彼の指の先を目で追っていき、キヴィはぎょっとして体を強張らせた。自分にそっくりな"ソレ"が自分を凝視していたから。
「アレ……僕。だよね?」
ラジウがぽつりと彼女に言う。ラジウには、目の前に佇む"ソレ"が自分に見えているのだ。彼の台詞で瞬時にラジウが見えているモノをキヴィは読み取り、にやりと笑みを溢した。何かを思いついたのか、余裕の笑みが彼女の顔に張り付いている。
「ふふん。ラジウ、あたしゃこいつの正体がもうわかったよ」
人差し指を立てながら口元に持って行き、自信満々の発言をするキヴィは、ラジウに目配せをした。眉は上にあがり、口元は笑みが耐えない彼女の表情は、余裕をかもし出している。
まだ"ソレ"の正体がわからないラジウは、キヴィとは対照的に目を白黒させ、彼女を見るしかなかった。
「ほんと!? いったい何なの? コレ」
「よし、じゃあヒントをあげよう。私にはアレが私に見えるんだよ」
ラジウの素っ頓狂な声での質問にキヴィは答えを教えるわけでなく、にんまりとした笑みを浮かべたままヒントを出す始末。明らかに彼女は楽しんでいる。
ラジウは眉を顰めて、口をへの字へと曲げた。正直に言うところ、キヴィもそうだがシルキアも、またクレクもこの出来事を楽しんでいるようにラジウは感じていた。サートのことを誰一人心配していないように思えて仕方なかったのだ。
かといって、ラジウもサートとは短い付き合いである。だから、サートのことをよく知らない他人と区別してしまうキヴィやシルキアのことがわからなくもなかった。なにせ、彼等の方がサートとは関わった時間は少ないのだから。けれど、ラジウはサートを助けたいと真に思っていたのだ。だから、彼等の行動にいささか不満を覚えているのが今の現状である。
「ねぇ、キヴィ? どうしてヒントなんて出すの? 教えてくれてもいいじゃん」
いささか怒り口調で、ラジウはキヴィに問いかけた。
ラジウが怒っているのは、キヴィが楽しんでいることに苛立ちを隠せないのと他に、もう一つ理由がある。ラジウはどうしても重ねてしまうのだ。居なくなってしまった父と、サートを。目の前から消え去り、戻ってきたときには……そのことがラジウの頭によぎり胸を締め付けていた。それが更なる苛立ちとなり表に顔を出し始めているのである。
頭に血が上った状態で、いくら考えたとしても答えはでてこない。考えれば考えるほど胸のもやもやがラジウの心に募っていった。
「それじゃあ、面白みがないだろう?」
すぐにラジウの苛立ちを爆発させる瞬間がやってきた。キヴィの一言が引き金を引いたのだ。ラジウが肩を震わせ、大きな口を開けて吼える。
「キヴィ! ふざけてる場合じゃないよ!? サートが大変なんだよ!!」
悲痛な叫びをラジウは吐き出したが、ラジウの眉毛は吊り上げたものから緩み、額には皺が刻まれた。キヴィの様子がおかしいのである。
キヴィはラジウの咆哮にびくっと身を震わせたかと思うと、目を大きく見開いて後ずさったのだ。先程の余裕の表情とは打って変わって怯えたような表情になる。いくらラジウに吼えられたからと言って、そこまでおののくことは可笑しな話だ。
「う、うるさいね! 鏡のクセに何言ってんだい!?」
そして、キッとラジウの横を睨みつけ怒鳴り散らす。まるで、ラジウのことが眼中にないようにじっと見つめている。
この異様な光景に、ラジウはキヴィの顔色を伺った。血の気が失せ、少々青白くなってきている。目は見開いたまま微動だにせず、眉が折り曲げられ恐怖しているのがありありと伝わってきた。
自分の声が聞こえていない。そして、明らかに彼女は自分でない何かを見ている。それは、隣にいる自分。ラジウは、恐る恐る彼女の視線を追ってみた。
視線の先に立っていたのは、彼女が言っていた通り、鏡に映しだされているであろう自分。鏡の中の自分がこちらを見ていた。しかし、様子がおかしい。自分とはまったく違う有様なのだ。怯え眼でラジウを見る目の前の彼。
しかし、一方本物のラジウの方は彼の正体に気付いたからだろう、驚いてはいるが怯えてはいないのだ。
――ねぇ、君は本当にラジウ? ラジウは、こういう不可思議な物を見て怖がらないほど、強かったっけ?――
彼はラジウに視線を向けたまま、ポツリと呟く。彼の言葉にラジウは戸惑い、一歩下がった。初めて目にする鏡の性質を持つ得体のしれないもの。普通ならば、恐怖しないはずがない。けれど、ラジウには今、その感情は存在しなかったのである。それを自分で感じてしまい、逆に不安がラジウを襲った。
――怖がらないなんて、君のほうが鏡なんじゃない?――
怖がりながらも重い言葉を吐く、鏡に映った彼。
ラジウはもう一歩後ろに退いた。自分は本当にラジウなのだろうか?疑問が頭を過ぎっては、また浮かんでくる。
――君は誰? 僕はラジウ。ラジウ・マイナー。ねぇ、君は誰?――
ラジウの戸惑いの表情に、鏡の彼は核心したように言った。強い目の光がラジウを射抜く。
「ちがっ! 僕がラジウ・マイナー。ホーデュ・マイナーの息子だ!!」
今にもラジウは不安に押しつぶされそうになっていた。不安を振り払いたいがために、必死に大声を張り上げる。
相手に痛いほど不安が拭えないでいることが伝わるくらい、ラジウは必死さが滲み出ていた。
――父上のこと、何も知らなかったくせに?――
最後のとどめとばかりに、彼の台詞は深く深くラジウの胸に突き刺さる。無意識のうちにラジウの目から一筋の涙が零れ落ちた。
ホーデュ・マイナーの息子だというのに、ラジウは彼のことを何一つ知らなかった。さらに、サート達から聞いた話で知らないことが明確になっていたのだ。そこを指摘されることで、自分が"ラジウ"であることへの不安感、疑問、焦りが頭の中で渦巻き始める。
自分は"ラジウ"ではないのだろうか?一瞬だけ、ラジウの頭を過ぎった疑問。
それが敵の罠に陥ってしまったことに、ラジウは気付けなかった。すぐさまラジウの意識は真っ暗闇へと放り投げられてしまったのである。
部屋に残っているのは、目を瞑り倒れている二つの体。キヴィもまた、敵の罠を回避することはできなかったのだ。
その場で、彼と彼女は死んだように動きはしない。




