第二章〜真実と真意〜(9)
「それなら、私が一人で行きましょう」
だが、ラジウより先に、考えもつかない人物からの申し出が横から飛んできた。キヴィとラジウが目を丸くして申し出た人物クレクを見る。クレクは彼等の視線に気まずそうな笑みを浮かべ、シルキアへと顔を向けた。
「ふん。貴様一人でか? それなら、俺一人で十分だ」
クレクの視線に横目を返し、シルキアは自信満々の一言。その台詞に、クレクの顔が強張った微笑みへと変化する。
クレクは、腕を組み、上にあった左手を顎の下へと移動させた。
「あまり甘く見ないで欲しいのですが、どうせ協力などするつもりはありませんし。私は私、シルキアさんはシルキアさんで行けばよろしいのではないでしょうか?」
固まったままの笑みを浮かべ、クレクは挑発的な言葉をシルキアに向かって投げる。その笑みは冷たく無機質である。クレクが踵を返し、さっさと湖に向かおうとすると、ラジウが彼の服の裾を引っ張った。
「僕も連れてってよ!!」
そして先程言えなかった自分の意見を主張する。ラジウの発言に対し、クレクは眉を潜めすぐに首を横に振った。彼の行動は明らかな拒否を示していた。
ラジウはクレクの反応にいったんうな垂れ顔を落とす。だが、思い直したのかすぐに顔を上げ、シルキアを見た。クレクもキヴィも駄目だとわかった今、今度はシルキアに訴えているのだ。
「……足手まといはごめんだ」
「――っ!!」
少し考えたものの、戸惑いも感じられない台詞を吐くシルキアに、言葉をなくすラジウ。眉が八の字に変わり、頬を膨らませ、目からは涙がちらりと顔を覗かせた。それは明らかに落胆しているのだということが誰にでもわかった。クレクにさえ胸をぎゅっと掴ませるくらいだ。
シルキアはラジウを見たまま言葉を続けた。
「だが、経験を積まなければ、足手まといはいつまでも足手まといだ」
シルキアは話の途中でラジウからクレクへと視線を移した。
シルキアの発言はどうとってもラジウの肩を持つような内容である。そのため彼の発言は、ラジウにぱっと顔を輝かさせ、逆にクレクには額に皺を増やさせるものとなった。
「それでも危険な目にはあわせられません。それならば私と貴方が行けばいいだけの話しでしょう? そうすれば簡単に方がつくはずです」
すぐさまシルキアの意見を否定するクレク。彼のひどく冷たい視線と口調が、シルキアに突き刺さった。クレクから感じられるのは敵対心。それでしかないことを、シルキアは肌で感じていた。
「どうやら貴様は、俺に対して喧嘩を売っているようだな?」
だからこそシルキア同じように鋭い視線を彼に向けた。威嚇を仕返すシルキアの行動を確認すると、クレクは待ってましたとばかりに速やかに背中に常備している弓に手をかける。
「そうですね、貴方とはまったく意見が合いませんし、はっきり言って嫌いなタイプですから」
「そうか、それならばその喧嘩。買ってやる」
気持ちを露わにしたクレクに対応するかのように、シルキアは腰に差した短剣を手に取ると構えた。二人ともが戦闘体制に入り、にらみ合っている。今にも戦いの幕が切って落とされる。そんな緊迫した空気が辺りに漂った。
「ちょっとお待ち!!」
緊迫した雰囲気の間を、凛とした大きな声が邪魔をする。しかし、二人は声が聞こえないかのごとく睨みあい、まったく動こうとしない。彼等の様子に、キヴィは深いため息をついた。
キヴィはやれやれと首を横に振ったかと思うと、ラジウの傍に移動し、彼の腕を取った。二人からラジウを引き離す。
「二人ともお聞き!私は精霊のことはある程度文献で知っているんだ。その中の一つで、奴等の城にはね、決して一人では入れないんだよ。わかったかい? だから、あんたら二人で行っとくれ」
キヴィはラジウの手を引き、戸惑うことなく歩き出す。キヴィの行動の変容に、シルキアとクレクは彼女を見た。
「私はラジウと行くからね!」
二人の視線に答えるように言い放ち、ラジウにウィンク一つする。この時既に、キヴィとラジウは、橋まで一歩手前のところまで来ていた。
キヴィが足に力を込め、いきなりダッシュで精霊の城、塔へと駆け出した。ラジウは驚いたものの、引きずられないように足を動かし懸命についていこうとする。
あっという間の出来事に、シルキアとクレクは目を点にして口を開け、見ているだけだった。
「ちなみに、要望、変更、拒否は受け付けないからね! ハンデとして先に行かせてもらうからね!」
キヴィは少しだけ振り返って大声で二人に告げた。彼女の発言にはっとするが、やられた。そういう表情なのだろう、二人の顔に影が落ちる。
固まって風化している二人を置いて、キヴィとラジウは橋を渡りながら塔の入り口を目指していた。
ゴゴゴゴ
正気を取り戻し、追おうとする二人の耳に地鳴りが届く。慌てて辺りを見回すと、キヴィ達が走っている橋が、彼女達が走った後を追うようにして段々と沈んでいくのであった。そうまるで階段のように、一定の幅が次々と。
だからもう既に、クレクの足元より先は水の中に消え、ジャンプしたところで、まったく届かない位置まで水の中に埋まっていた。
「……ちょっ! 私たち行けないじゃないですか!!?」
思わずクレクが声を上げた。止める間もなくラジウを引っさらわれ、あまつさえ後を追うことさえもできない今の状態に、クレクは多少取り乱していた。声が上擦っているのが何よりの証拠である。
クレクは身を乗り出して、湖のギリギリの縁に立ち、キヴィ達の後姿を見送るしかなかった。ラジウを追いかけようと前に出された手には、空しく風が当たる。
「ふん。キヴィのやつ……知っていたな」
いつまでも名残惜しそうに見送っているクレクの後ろで、シルキアがため息混じりに毒づいた。そして、シルキアは何も言わずにクレクの肩に手を置く。彼の行動に驚き、とっさにクレクは逃げようとした。しかし、次の瞬間、景色が一変したことにまたもや身を固まらせたのだった。
草や木といった緑色の景色から、一瞬にして全てが灰色の世界へと変わったのだ。誰でも驚きのあまり、体が硬直して動けなくなるのは当たり前だ。まして、シルキアのこの能力を初めて体験したものならばなおさらだ。
一つだけ色の違う場所から、キヴィとラジウがこちらに向かって走ってくる。しかし、何かが変だ。
「……逆さま?」
シルキアが眉を潜めて呟く。それにようやっと意識を取り戻したクレクがシルキアの視線を追った。壁が切り抜かれ、外をうつし出す入り口が、姿を主張している。
入り口の向こう側からラジウとキヴィが近づいてくる。しかし、彼等はクレク達と足がひきつけられている地面が間逆だった。その光景を見ていると、まるで自分が天井にくっついているかのような感覚にとらわれる。
クレクが違和感まるだしの景色に意識を奪われている間に、キヴィとラジウはようやっと入り口まで走ってきた。息を切らしながらキヴィは二人を見ると、気力をなくしたのか肩を落とす。
「あーあ、ずるいよシルキア」
キヴィがため息混じりに抗議する。一方、キヴィに半ば引きずられながらやってきたラジウは目を白黒させていた。
ちらりとラジウを見やり、キヴィは彼を入り口の中に捨てるかのようにポイっと放り投げた。投げられ宙を舞うラジウだが、すぐさま城の引力に引きずられ頭から床に向かって落下する。慌てて手足をばたつかせる行動も空しく、ラジウの頭はガンっ!という音と共にシルキア達の足元に打ち付けられたのだった。
キヴィはラジウの様子を見てから小さく頷くと、しゃがみこんで足から入り口に入った。すると、彼女は見事足から着地したのである。どうやらラジウを実験に使って安全な降り方を確認したようだ。
「いったーっ!!」
「ラジウ、あんた受身ぐらいとれるようになった方がいいんじゃないかい?」
横で頭を抱え起き上がれないでいるラジウに、キヴィが一言。それどころではないうえに、投げた張本人に言われてはラジウもなんと返していいかわからない。しかし、『せめて頭は守れ』とシルキアにまで言われてしまったため、へこたれるしかなかった。
「さてと。お? なんだい、クレクも来てたのかい。どうやってここまできたんだい?」
床にのの字を書きながらいじけているラジウの手をとって無理矢理起こしながら、キヴィはクレクが居ることに首を傾げた。クレクに特殊な能力があることは聞いていないし、何よりさっきまで喧嘩していたシルキアとともにここに居るのはキヴィから見ればもの凄く変なことでしかなかった。
「俺が連れてきた」
その問いにはクレクではなくシルキアがあっさりと答えた。そして、まだ言い終わっていないのか再び口を開くシルキアだが、
「なーんだ、仲良いじゃないか。じゃあ、チームは変えなくていいね。とっとと行こうじゃないかラジウ」
キヴィの台詞が割って入った。台詞を邪魔されたことにシルキアは眉を潜めてキヴィを見るが、彼女はラジウを見て目配せをしているため彼の不機嫌な顔に気付いていない。
「あ、うん。行こうか」
キヴィの目配せに、ラジウは何度も激しく頷いた。
キヴィが踵を返して歩き出すと、ラジウも同じく踵を返し歩き出した。まるで、他の二人を無視するように、部屋の隅にある上の階まで続いているであろう螺旋階段へと足を運ぶ。
「え? ちょっと、キヴィさん?」
二人の行動に、今までぽかんと口を開け話についていけていなかったであろうクレクが慌てて声を掛けた。
クレクの声に二人は一緒に振り向き、満面の笑みを浮かべ口を開く。
「シルキア、クレクと組まなきゃ絶交だからね」
「クレク、シルキアと組まなきゃ駄目だからね。命令!」
キヴィからシルキアへ、ラジウからクレクへ、駄目だしの念が押された。シルキアはため息をつき頭を重そうにゆっくりと横に振り、呆れた様子を見せている。一方、クレクは頬を引きずらせながら仕方なくラジウに小さく頷いて応えるのだった。
反論してこない彼等を見て、ラジウとキヴィは顔を見合わせてくすりと笑い声をあげる。それから、ずっと上まで続いている螺旋階段へと彼等は足を運んだ。階段を上ると、二人の姿はさっと消えてしまった。
しかし、残されたクレクとシルキアは消えてしまったことに驚きを示さない。なぜなら、重力が違う時点で既にこの城の中は精霊の巣の中であることを理解していたからだ。何が起こっても可笑しくない。と彼等は認知していた。
「さて、多分ラジウ様やキヴィさんと一緒になることもないでしょう。心もとないですがシルキアさん、行きましょうか」
まだ敵意と皮肉を捨てられない視線と口調で、クレクはシルキアに提案をした。クレクは決してシルキアを見ずに、腕を組んだまま立っている。
「ふん、仕方あるまい。どうやら二人でないと先に進めぬようだ。付き合ってやる」
シルキアは額に皺を寄せた後、彼も同じようにクレクを見ることなく歩き出した。
実は先程からシルキアは自分の力を使って移動しようと試みているのだが、どうも上手く行かないのだ。シルキアの力は、人か場所を思い描くか、その場所が視界に入っていれば使うことができる。それが上手く発動しなかったのだ。
さらに、二人で行動しなければいけないことの証明として、階段の前に立ったシルキアの伸ばした手がバチっと音を立ててはじかれた。先程あっさりとラジウとキヴィを飲み込んだにも関わらず、その階段の先はシルキアを拒否したのである。
クレクはそれを見て大きなため息を吐くと、しぶしぶと言った感じでシルキアの傍へと足を進めた。
そして、二人は一緒に階段へと姿を消すのだった。




