第二章〜真実と真意〜(8)
湖に変動があってからしばらく経った頃、場所は湖のほとりに戻る。暗闇の中で、サラサラという水の音だけが辺りに響く。
月明かりが人影を四つ浮かび上がらせた。
「……何も変わったことはなさそうですが……」
一通り辺りを見回してからクレクは呟いた。確に辺りは静まり、月明かりに照らされたその場所は何の変化も見られない。
湖はただ月の光を淡く反射させるだけ。何かが居た気配さえ今は垣間見れない。
「で、でもっ!! 湖の中から何か変なのが出てきたんだっ!!」
「近付くな」
先程のことを見ていないクレクの言葉に、そんなはずはないっ。と心が急き立てて、ラジウは湖に駆け寄ろうとする。しかし、シルキアが彼の服をすぐさま掴みその場に踏みとどまらせる。先ほど異変があった場所に近付くのは、非情に危険だと言っているのだ。
「湖に住む魔物といえば巨大魚、水の精霊、もしくは妖精。そう称される部類かねぇ。大概そういう奴らは、」
キヴィはぶつぶつと思案しながら、近くにあった手ごろな石をしゃがんで拾い上げる。湖に鋭い視線をやり立ち上がると、大きく振りかぶった。
「自分の住処を荒らされたら出てくるんだよっ!」
そして、そのまま勢いに任せて石を湖に向かって投げた。湖に人が近づかずとも、石が水面を揺らす。すると、先ほどと同じ発光した水色が水底から這い上がってきた。
「ほーら、お出ましだ!」
バシャっという音を立て水柱が勢いよく立ち上り、水しぶきがあたりに撒き散らされる。が、すぐに全員が見ている中、水しぶきがだんだんと収まり視界から水色が消えていく。
「えっ!?」
ラジウが目の前の光景に素っ頓狂な声をあげた。
水が消えると、同時に現れたのは透明な薄水色をし、辺りを微かに照らす美女。人間のような形をしているが、足は水に溶け込み、体中には青い文様がところどころ浮かんでいる。また、長い髪は途中で体の中に溶け込み、表情は無表情のままラジウ達を見つめている。
水の中から現れたそれに、困惑の色を浮かべているのはラジウ一人だけ。
「ふーん。見た目からすると、精霊みたいだね」
キヴィが平然としながら言う。慣れているのか、性格のせいなのか定かではないが、彼女はどっしりと構えていた。
クレクとシルキアは様子を伺っているのか言葉は発さないが、表情には何の感情も出さないまま目の前の光景を見つめている。
「精霊? さっきから思ってたんだけど、魔物って種類あるの?」
キヴィの無遠慮な態度につられてか、緊張がほぐれた様子でラジウは問いかけをぶつけた。
ラジウは世界の状勢を、つゆほどにも知らないのである。だからそんな問いが出てくるのだ。多分彼が知っているのは周りに居た物のことだけだろう。完璧に箱入り息子といったところだ。
「あぁ、知らないのかい? 魔物ってぇのはね、人間と違った形を持ち、人間よりも強い力を持つ者を総称して言うんだよ。特に好戦的な者を指すんだけどね。その中にはいろんな種類があるんだよ。だいたい見た目と能力によってわけられてるんだけどね。精霊っていうのは、実態……いや、形を持たないものを言うんだ」
「形を持たない? 今、目の前に居るのに?」
「あれは私たちのマネをして形をとってるだけさ。精霊は見るたびに変化する。それは何かと対峙する時、こいつはその形に似た姿へと変貌する性質を持っているらしいんだよ。だから、今はあんな風に人間に近しい形をとっているんだ」
キヴィは、次から次へ自分の頭の仲から知識を引っ張り出していく。隣でラジウが早くもプスプスという音を立て、煙を上げているとも知らずに。
「えぇと、キヴィさん。簡潔に言うとどういうことですか?」
ラジウを心配そうにみやり、助け舟を出すクレク。キヴィはそこでやっとラジウが自分の説明についてきてないことを知った。仕方ないねぇ。とぼやきながら、キヴィは一言にまとめた言葉を吐く。
「サートを連れて行ったのは、多分こいつ。ってこと」
キヴィの率直な言葉に、ようやっと答えがわかったのだろう、ラジウは気力を取り戻した。
「そうか、こいつがっ! サートを返せ!!」
そして、薄水色の"ソレ"を睨みつけ、声を張り上げる。だが、ラジウの予想通りの行動に、キヴィはやれやれと言う様に肩をすくめるのだった。
ラジウの声に応えるかのように、"ソレ"はにやりと笑んだ。笑みは妖艶で、それでいて生気が感じ取れない冷たいものだった。笑みにぞっとして全員が固まったとき、再度水しぶきがあがった。さっきよりも大きな水しぶきで湖は覆い隠されてしまう。
「な、なにこれ……?」
視界がやっと開け目の前に現れたのは、灰色で円状の平べったい階がいくつか縦に連なっている建物。水の上には一番広い一階しか出ていないが、水面にはまるでそこにあるかのように、鏡のごとく六階まで映し出されている。下に行けば行くほど縁が小さくなり、まるで逆さまに立っているような錯覚に見舞われる。けれど、水面に写っているものは現実には存在しない。
しかも水の上に出ている部分は、彼等が今居る岸とを結ぶように橋がかかっていた。
「――っ!! 水の中に城ってか? ラジウ、見てごらん! 一番小さな円のところ、てっぺんの窓っ!!」
「サート!!!」
キヴィの呼号に全員が視線を移動させる。一番小さな円の窓には、サートの顔がちらりと覗いていた。身体には水の荊が突き刺さり、彼の動きをとめている。
「ちょ、キヴィ! 助ける方法ないの!?」
異様な事態に焦りを露わにするラジウは、キヴィへと真剣な視線をおくり助けを求める。キヴィがラジウを見つめ返すと、彼の目は心配という色によって曇っていた。
「あるよ。……あの中に入って、サートを助け出せばいい。それだけだよ」
キヴィは少し間を空けてから説明をすると、気付かれない程度にさり気なくラジウの襟首を捕らえる。
グッ。そんな音がするかのように、ラジウの首に服がめり込んだ。彼女から説明を聞いた途端、ラジウは矢も盾もたまらずに走り出そうとしたのだ。
「あんたは、そうやって最後まで話を聞かないんだからまいるよ。ったく」
咽こんでいるラジウの服を離し、ため息をつくキヴィ。そして、ラジウが不満そうな顔を自分に向けてくるのを確認してから言葉を続けた。
「いいかい? なんでわざわざ一階だけ地上に出てると思う? しかもご丁寧に道まで作ってさ」
キヴィの問いに、ラジウは首を一回、二回……三回とひねる。そして少し固まった後、はっとして手を叩いた。
「親切な人なんだね!」
バシン!!
「違うっ!!」
ラジウの言葉に間髪入れずにキヴィのハリセンが炸裂した。思わず頭を抱えるラジウ。今までの状況を苦笑いをしながら見ていたクレクが口を開いた。
「罠の可能性が高いのですよね? キヴィさん。精霊達は、精神的ダメージを与えることが好きだと聞いています」
「そうさ。だから間違いなく、あそこに入るのは危険なんだ。というわけで、私はシルキアと私で行くことを押すね」
クレクの言葉に頷きながら、キヴィは一つの提案をする。もちろん、その提案はラジウにたいするものだった。先ほどの行動を見れば、一目瞭然。サートを助けに行くと言い出すにちがいなかったから。
「えー!? キヴィは危ないよ! そ、そりゃあ一人よりはいいかもだけど……」
やはりラジウは不満そうに抗議した。自分も連れて行け、そう言っているのがよくわかる。しかし、ラジウの抗議はキヴィは渋い顔をするだけだ。仕方なくラジウは自分の行きたいという気持ちを伝えようと口を開ける。




