第二章〜真実と真意〜(7)
「違いますよ! 好きだからです!!」
「はっ?」
「守らなきゃいけない存在だからじゃありません!クレクさんを見てればわかります。クレクさんにとってラジウ様は好きだから守りたい存在なんです!!」
「ぶっ……は、恥ずかしいこと言うなよ、サート!!」
真剣にラジウを見つめ熱弁するサートに対して、ラジウは両手をぶんぶんと振って慌てていた。彼の顔は耳まで真っ赤でまるで茹蛸だった。よほど恥ずかしかったのだろう。
しかし、それは仕方ないことなのかもしれない。好きという言葉を躊躇うことなく連呼されてしまったのだから。
「あれ? ……ラジウ様、顔真っ赤ですよ?」
「う、うるさいなっ!」
驚いたように瞳を見開き、不思議そうにサートは首を傾げた。
それに両の手で顔を隠そうとするラジウ。
照れている彼を見てサートはにっこりと笑った。何かをサートはわかったのかもしれない。
「ラジウ様、クレクさんのところに戻りませんか?」
「…………」
サートは優しくラジウに訊いた。彼の説得に折れたらしく、ラジウは小さく頭を縦に振る。しかし、腕の間から見える顔はまだ多少赤い。
「貴様、すごいな」
「え~? シルキアさん、褒めても何も出ませんよ?」
魚を平らげ腕組をしながら彼等のやり取りを眺めていたシルキアが、サートに声をかけた。その口調はどこか驚きが混じっている。
シルキアに対して、サートは笑いながら冗談めかし、答えるのだった。
「あ、シルキア! もしかして全部食べちゃったの!?」
「あぁ」
サートの視線がシルキアに向き、ラジウも彼に目を向けた。そして目に付いたのは魚がついていない串。それが何を示しているのかラジウはすぐに気づき、大声をあげた。
シルキアは平然と頷き後始末をし始めた。砂をかけ、火を消している。
それを見たラジウは肩をガクンと落とした。これ以上彼に何かを言ったところで仕方がないことがわかったようだ。
「んもう! 仕方ないから帰ってクレクにご飯作らせる!!」
ラジウは、怒りを発散するかのように叫んでから踵を返し、足踏み荒く歩を進めていってしまう。しかしながら、今まで落ち込んでいた者とは思えない言いようである。
「シルキアさんも相当なものだと思いますよ?」
「……ふん」
ラジウの様子に笑みをこぼし、今度はサートがシルキアへと声をかけた。シルキアは鼻をならして返事をするだけ。サートはひとしきり笑ってからラジウの方へと向きを変えた。
「ラジウ様、待ってくださいよ~!」
さっさと先を歩いていくラジウを、彼は笑いながら追う。傍から見れば何とも穏やかな光景だ。しかし、彼等は危険が迫っているとも知らずに歩いているのだ。
湖の水面に泡が少しずづ浮き出し、水面の色が青から水色へ段々と淡くなっていく。光が水面の下から上ってきているのだ。
"何かいる"初めに気づいたのはシルキアだった。しかし、時既に遅し。水面から大きく飛び出た"ソレ"はラジウとサートに向かって、襲い掛かろうとしていた。
「逃げろ!!」
シルキアの咆哮がラジウ達の耳に届く。彼の声は、二人を振り向かせた。二人の目の前には先ほどの光景とはまったく違う、水色に輝く長い布のようなものが遮っていた。しかも目と鼻の先まで迫っている。
「ラジウ様!」
とっさにサートはラジウを両手で強く突き飛ばした。
「ったぁ!?」
間抜けな声を発し、ラジウは勢いがついたまま大きく吹っ飛んだ。背中を地面に打ち付けたが、慌てて身を起こす。
痛みにかまうことなく、すぐさま先ほどまで自分が居たであろう場所に目をやった。その場所はすでに何もない。あっという間に水色の"ソレ"がサートを飲み込み、湖の中へと引きずり込んでいくのが視界の隅に入った。あまりの出来事に、放心状態になりぼーっとしてしまうラジウ。
「ちっ」
シルキアは放心して動かないラジウを見て舌打ちをすると、彼の傍へ走った。そして、走ったままの勢いでラジウを小脇に抱える。また水色の細長い"ソレ"が湖から顔を出したのだ。
抱えられた瞬間、ラジウの視界は湖の光景ではなく、暖かみのあるオレンジの光に照らされたレンガの壁に変わっていた。シルキアが彼の特殊な能力の一つであるテレポートで自分を抱え、移動したことがわかるまで数秒かかる。
どうやら城の一室にテレポートしてきたようだ。白いベットが規則正しく三つ四つ並んでいる。部屋の端にある机の上は、書類の山で埋まっていた。机の近くにある椅子の上には、いつもより大きな眼鏡をかけた、青緑の髪と瞳を持つ女性、キヴィが座っていた。ラジウ達を、口をあんぐりと大きく開けながら見ている。
ここが城にある病室だということに、ラジウはやっと気付いた。
「何やってんだい、あんたら?」
目を見開いたまま、不思議そうに問いかけるキヴィ。シルキアは、ラジウを床に降ろすと彼女に向き直った。彼の額にはじんわりと汗が滲み出ている。
シルキアの様子にキヴィはすぐさま事態が深刻なものだと察した。だから、ラジウではなく落ち着いているシルキアの言葉を待っているのだ。
「……水色で、輝く触角みたいなものを何だと思う?」
「そりゃあ、人間じゃないだろうね。動物にしたって、そんなものは聞いたことも見たこともないよ。極めて魔物の可能性が高いだろうねぇ」
真剣なシルキアの顔つきに、キヴィも真顔で答えた。何が起きているのか分析するかのように、ラジウとシルキアを交互に見る。
ラジウが顔面蒼白で何もしゃべらないのが視界に入り、キヴィは眉を顰めた。
「そうか」
「そうだよ。いったい何があったんだい? あんたの疲れ具合からして、部屋一個分とかそういう距離の場所じゃないね?」
何も状況説明などしないシルキアに、キヴィが業を煮やして問い詰め始める。腕組をして、人差し指をしきりに動かしているのがイラついている何よりの証拠だ。
また、話の内容からして、どうやら彼女はシルキアの能力についてよく知っているようだ。
「あぁ、魔物が居た。少し離れた湖にな」
キヴィの言葉に、小さく頷いて台詞を紡ぐシルキア。キヴィが考えるように顎に片手を当てて視線を斜め横へと移した。しばらくの沈黙が訪れるとシルキアとキヴィは肌で感じていた。
「さ、サートがっ! キヴィ、サートがっ!!」
しかし、今まで声を発さず、顔を落とし、床を凝視していたラジウが、シルキアの言葉に反応を示すかのようにいきなりキヴィに訴えかけたのだ。上げられた表情は眉間に皺がより、目からは涙が次々に零れ落ちている。同じ言葉をうわずりながら何度も叫んでいるのが、混乱しているのを示していた。
「ちょ、落ち着きなよ! ラジウ!!」
いきなり服を掴まれ、涙目で見上げられては、流石にキヴィも慌てふためくしかなかった。それでも、ラジウが落ち着く様子は垣間見れず、必死な叫びは続く。
「サートがっ! サートが大変なんだよ!!」
「ラジウ!! 落ち着けっていってるだろ!!?」
喚くラジウに対抗して、大声で怒鳴るキヴィ。ラジウはびくっと身体を震わせ黙り込んでしまった。視線を落とす彼に、腰を落とし、逆に見上げるような位置にキヴィは身体を動かした。そしてラジウの腕を優しく包むように握る。
「ラジウ。いったい何があったのか。ゆっくりでいいんだ。落ち着いて説明しておくれ」
「あ……サートが……サートが湖の中に……水色の変なのに……連れてかれた……の」
ラジウは、震える青い唇をなんとか押さえ、小さな声で少しずつ語った。キヴィは『よくできました』と言いながら、小さな彼の頭を軽く撫でた。大丈夫、安心しろ。そう言っているようで、ラジウは強張らせていた肩をおろした。
「シルキア、ラジウ。クレクを連れてそこへ行くよ。何が起きてるのか、この目でしっかり見るためにね」
キヴィは彼等に、にっと笑ってみせた。




