第二章〜真実と真意〜(5)
時刻は夕刻を過ぎ、城の食堂で美味しそうなにおいが立ち込めていた。もちろんそれを作っているのは朝ごはんの準備もしたクレク。
だいたいの人が食堂に顔を見せ、各自の椅子へと座っていく。しかし、クレクはそわそわと落ち着きなく辺りを見回していた。
「ラジウ様、遅いですね。クレクさん」
クレクの手伝いをしていた、サートが心配そうに同じく辺りを見回した。夕食の準備は当の昔に終わっている。それにも関わらず姿を現さないこの城の主。
「そう。ですねぇ……いったいどこまで行ったのでしょうか……」
城の主ラジウは、昼間泣きながら駆けていったのだが、それっきり姿を見せないでいた。
再び扉へと視線を投げるが変化はない。クレクの顔が暗く曇っていく。昼間から姿を見せないラジウを、あの時追えば良かった。と、クレクは思っていた。
しかし、彼には多様な仕事が待ち受けていたため、追うことも探すこともしなかったのだ。根底には、ラジウが起こすいつもの軽い癇癪で、時間が経てば収まる。そう考えていたことがあげられる。だから、彼もいつも通り常務をこなしていたのである。
「たっだいまーーーっ!!」
暗い空間を打ち破るがごとく、噂の当人が元気よくドアを開けた。ドアがガタン!と大きな音を立てる。しかし、ラジウは気にするそぶりもみせなかった。
「うわぁ、美味しそうな匂い~」
上機嫌で入ってくると、目いっぱい息を吸い込む仕草をするほどだ。料理へと目が釘付けになっているのだ。美味しそうなご馳走を前に、彼の顔は満面の笑みを浮かべている。
「ラジウ様!!」
ラジウはビクと身を固まらせ、慌ててクレクへと向きを変えた。クレクが怒ったような、悲しいような、感情の入り混じった声でラジウの名を呼んだのだ。また、彼の顔からは不安や心配などが見て取れる。
それもそのはず。ラジウの格好は昼間出て行った時とは比べ物にならないほど擦り切れてところどころ穴が開いているし、土によって茶色く変化していた。最悪、服が千切れて原型をなしてない部分さえある。
更に、服だけではなく肌も擦り切れていたり、赤く腫れるなどしている。血がところどころから出ているのも気になるし、青や紫に変色していたり、血が黒く変色している部分さえもある。一番酷いのは目で、左目の辺りが全て青紫。打ち身になっていた。
クレクはラジウに駆け寄ると視線を合わせ、彼をまじましと見た。そして、しだいに皺が額に寄っていく。
「ラ、ラジウ様。このケガ……は?」
細く震えている声でクレクは聞いた。不安そうな声に、ラジウは視線を泳がしてしまう。ひどく気まずい雰囲気が当たりに流れ、クレク同様、おたおたした口調でラジウは答え始めたのだ。
「え……えっと、修行でちょっと……」
「修行?」
歯切れが悪いラジウの言葉をクレクが反復する。理由を話すまでは決してはぐらかさせない。そんなイメージを受けるくらい真剣そのものだ。
こうなると、クレクがてこでも動かないことをラジウは知っていた。だから、仕方なく説明をするのである。
「う、うん。僕、弱いから強くなろうと思って。シルキアに修行をつけてもらってたんだ」
自分の後ろに静かに立ち、表情からは何も読み取れないシルキアを、ラジウはちらりと見た。クレクの視線も、ラジウにつられシルキアを見た。クレクの視線は鋭く射るような目だったが、すぐいつもの穏やかな目になるとラジウに視線を戻した。
「……そう、ですか。シルキアさんに……。ラジウ様、キヴィさんに手当てをしてもらって下さい。それと、今後はこのようなことをすることをお止め下さい」
ラジウに柔らかく笑んで、優しい口調で言うクレクだが、言葉の内容にはいささかとげとげしさが拭えない。
そして、クレクは椅子から立ち上がり、シルキアの前へと進み出た。ちょうど、ラジウとシルキアの間に立つような感じだ。
「ちょ、クレク!」
クレクは、自分の後ろへと追いやったラジウの言葉には聞く耳も持たず、シルキアにきつい視線を送る。睨み付けたといってもいいほどだ。
「シルキアさん。ラジウ様を危険な目にあわせないで下さい!」
怒気をはらんだ声。鋭く殺気を帯びた目。クレクは明らかにシルキアを威嚇していた。元は敵同士であり、戦いでラジウに怪我が多かったことなど、クレクが彼を敵視するのは当たり前と言えば当たり前だろう。
シルキアは彼に視線を返した。シルキアの場合、元から細い目であるため、きつく睨んでいるようにも見える。
「…………」
しかし、言葉は返さずに無表情のまま立っている。
「ラジウ様にもしものことがあったら!」
「クレク! 何言ってんの!? たかがかすり傷だろ!?」
何も言わないシルキアに対し、今にも掴みかかりそうな勢いでクレクは彼に怒鳴った。しかし、ラジウがクレクの服を力いっぱい引っ張り、彼へと抗議する。
「今回はこの程度の傷で済みましたけど! シルキアさんとラジウ様の力の差では、死んでもおかしくないんですよ!?」
ラジウの抗議に、クレクは思わずその怒気がはらんだ口調のまま、ラジウにまくしたててしまった。
「僕、死なないよ!」
売り言葉に買い言葉。クレクの言葉にのせられて、ラジウも声を張り上げた。こうなってしまえば、どちらかが折れるまでこの言い合いは終わらない。
「いつ何があるかわからないでしょう!? 危険なことは止めて下さい!!」
「い・や・だ!」
「ラジウ様! いい加減にしてください! こんなところで暮らすことさえ貴方はまだ慣れていらっしゃらないのにっ。これ以上無茶をしないで下さい!!」
「うるっさいなぁ! ムチャなんてしてないし!! 僕のことなんだからクレクには関係ないだろ!!?」
「関係あります! いざって時に助けられないでしょう!? それに、ラジウ様は子供なのですから、一人で全部なんてできません!!」
いつまでも大きな声で吠え合う二人。しかし、クレクの一言でラジウは一瞬押し黙り、顔を落とした。クレクが言い過ぎたと思うのもつかの間、すぐにラジウは顔を上げ涙目でクレクをキッと睨みつけた。
「僕を子供扱いするなっ!!」
大声で叫びラジウはシルキアの腕をとる。そのまま彼を引きずるように数歩移動し、ドアに手をかけた。しかし一度立ち止まり後ろを振り返ると、クレクに鋭い視線を投げ、唇を強く噛んだ。
「もういいっ! クレクなんか知らないっ! 大っ嫌いだ!!」
それだけ言い残し、シルキアの腕を強引に引っ張ると、ラジウはドアから外へ出て行ってしまった。ドタドタという足音がだんだんと遠ざかる。
ラジウの足音をただ見送っているクレク。彼は微動だにできないほど固まっていたのだ。
「……大嫌い……」
今にも倒れそうなくらいクレクの顔は青ざめ、肩の力が抜けていた。彼の頭の中はぐわんぐわんと揺れるよう。クレクはラジウの言葉に多大なショックを受けていた。
「あーあ、心配性だからねぇ」
キヴィが今までの出来事を見てやっと口を開く。呆れたような、仕方ないとでも言うような口ぶりだ。
「クレクさん……でも、よくわかりますよ。ラジウ様、危なっかしいですもん」
あまりに動かないでいるクレクを心配してか同情してか、サートが慌ててフォローを入れる。しかし、クレクは一向に動かずドアを見ているだけ。
「親の心子知らず。だね。あ、ノメル~。こぼさないでお食べ」
ため息を一つついてキヴィは状況を一言にまとめた。向かい側に座るノメルが自分の視界に入り、キヴィは彼女に笑いながら注意を促す。サートがその言葉を受けて、手拭で隣に居るノメルの顔を拭き、机を布巾で拭い去った。
「わっぷ。ねぇ、ラジウ様、平気なの?」
ノメルは首を振って手拭から逃れ、首を傾げた。幼い彼女にもラジウの不安は伝わってきているのだろう。ノメルの表情も少なからず曇っていた。
「あぁ、平気だと思うよ、シルキアもいることだし。まぁ、あの調子じゃあ今夜は帰ってこないかもしれないねぇ。だけど、明日には帰ってくるさ」
「そうそう。明日にはいつものラジウ様に戻ってるから、ノメルは気にしなくていいんだよ」
「ふーん? そうなんだ。早く元気になるといいね、ラジウ様!」
キヴィの言葉にサートは頷き、ノメルの頭を撫でた。サートに頭を撫でられ安心したのだろう、ノメルからは再び笑みがこぼれる。そして、彼女はまた食べかけのご飯へと再び箸をつけるのだった。この間、未だにクレクは固まったままである。




