第二章〜真実と真意〜(2)
しかし、キヴィはそれ以上自分のことを言わずに目を最後の一人へと移した。
「さーて、最後はシルキアかね」
キヴィの言葉に皆の視線が移動する。
しかし、視線の先の人物は微動だにしない。尚且つ、ずいぶん前に出されたはずの皿の上には、まだ丸々と綺麗なままオムレツが乗っかていた。
「………すー……」
「寝てんなーっ!!」
寝息が聞こえたかと思うと、キヴィのがなり声とスパーンといった小気味の良い音が響く。どこからか取り出したハリセンで、キヴィがシルキアの頭を引っぱたいたのだ。
「…………ん?」
しばらく間が開いてから。薄く目を開けるシルキア。
声には出さないが、反応遅っ!とラジウが内心突っ込みを入れたりもする。それは口をあんぐりと開けた驚きの表情が、明らかに示していることだった。
「まったくあんたは!寝ることしか能がないのかい!?」
「………あぁ、アレンか」
大きな声で怒鳴るキヴィとは対照的に、シルキアは顔だけ動かし彼女を見てから落ち着いた声で呟いた。まったくもってマイペースである。しかし、言ってる事は明らかに間違っていたりする。
シルキアの態度に、キヴィは肩を震わせ怒る。そして、つかつかと何処かへ行ったかと思うと、水のたっぷり入ったオケを片手に携え戻ってきた。
「……目を覚ませーっ!!」
戸惑うことなくキヴィはシルキアの顔を思いっきり水の入ったオケに押し込む。
その出来事に唖然とするほか二人。あまりのことに顔から血の気が引いている。
「……水か……」
キヴィが押し込んでいた手を離すと、シルキアは顔を上げた。次に出てきた言葉は、単なるオケに入っていた物の感想。
キヴィ以外はそれにどう突っ込んでいいものかと迷ってしまうほどのボケっぷりだ。
「お湯のが良かったかい? まったく。さっさと自己紹介おしよっ」
シルキアにタオルを投げ渡し、今までのことなど日常だと言わんばかりに次の話へ移ろうとしているキヴィ。
「いや、むしろ止めろ。……自己紹介?」
タオルを受け取り、顔を拭きながら不機嫌そうに言うシルキア。
「なんだい、顔すっきり。っていう顔してるくせに。名前とか言やぁ、いいんだよ」
キヴィは拗ねたように口を尖らせ応戦した。
しかし、どうみてもシルキアの顔はそんな爽やかそうな顔はしていない。むしろ額に皺が刻み込まれ、とても不機嫌そうだ。
「ふん。服が濡れる。……名前?シルキア・ライズンだ。知ってるだろう」
「そうかい。私にじゃないっつーにっ!!」
「ライズンって? キヴィとシルキアって兄妹なの?」
ラジウは二人の漫才に慣れてきたのか、二人のボケに突っ込むことなく気になった単語を拾う。
ラジウの国では、下の名前がファミリーネーム。家族の名前である。先ほどのラジウの父についての話もそうだったように、下の名前が同じ彼らは家族である可能性が高いのだ。
「あ、いや。兄妹ではないよ」
キヴィは気まずそうに視線を逸らし頭を掻く。
「夫婦ですか?」
『違う。』
クレクの問い掛けにシルキアとキヴィの声が被った。二人とも同じように額に皺を寄せていることから、明らかに嫌がっている。
「いや、間違うのはわかるんだ。うん。でもね、私たちのは家族の名前じゃないんだよ」
キヴィが話しづらそうに二人の様子を伺う。
いつもと様子が違うことにラジウは首を傾げた。
「じゃあ、何の名前?」
「…………」
ラジウの問いに押し黙るキヴィ。答えたくないようだ。口はへの字に曲げられ、困ったように眉間に皺が寄っている。視線は自然とシルキアへ赴いた。
「……ふん。研究所の名前だ」
シルキアは面倒くさそうに背もたれによっかかり、ため息混じりに鼻を鳴らす。
そんな彼の答えにラジウは目を輝かせた。
「研究所? なに? キヴィとシルキアって研究したりすんの!?」
「俺はしない」
「……あ、あたしだってやらないよっ! 医者だって言っただろ」
平然としているシルキアとは対照的に、キヴィは慌てふためいている。額からは汗が滲み出ており、弁護しようと出す声はどもっているのに、彼女はその怪しい態度のまま話を続けている。
「む、昔ね。入れられてた研究所の名前さ! その前の名前は忘れちまったからね。使ってるだけなんだよ!」
「へぇーーーー」
強い口調で捲くし立てるキヴィに、ラジウは疑いの眼差しを向ける。
じーっと見られ、キヴィは身を引いた。
「なんだい! 別にキヴィと呼んでくれりゃあいいだけだろっ!? っていうか、それ以外じゃ反応しないからね! 以上!!」
そして、頬を赤く染め怒り口調で怒鳴り終えると、自分が食べ終わった食器をそそくさと片し始めた。ちょうどラジウに背中を向ける形になる。
これ以上この話を続けたくはないという意思表示だと誰が見てもわかる。
「ちょっと、キ」
「ラジウ様!」
キヴィを呼び止めようとするラジウの声を、元気な声が掻き消した。
その声に反応して振り向くと、窓から少し長い黒髪を頭のてっぺんで縛っている少年が元気に手を振っている。目は多少大きく、キリっとした顔つきの笑顔が良く似合う少年だ。
「あ、サート!」
ラジウは少年の名前を呼ぶ。
少年の名はサート。彼はラジウを追いかけてきた子供の中で一番年上で、リーダー的存在だった。
「ラジウさま~っ!」
可愛らしい声と共に、サートの隣から小さな手が出たり消えたりしている。窓の向こうにまだ誰かいるようだ。
ラジウは窓に駆け寄って下を見た。
「ノメルも来たの?」
そこに居たのは、前に泣きじゃくっていた最年少の少女ノメルだった。彼女は肩までのふわふわとした茶色い髪を持ち、大きな円らな瞳でラジウを見上げている。
彼女は、サートと同じく満面の笑みを浮かべていた。だがサートとは正反対におっとりとした印象を受ける。
ノメルとサートは兄妹で、とても仲が良いと評判である。
「うん! 遊びましょ、ラジウ様!」
ノメルの誘いに、ラジウは嬉しそうに頷きながら、窓の淵に足を引っ掛けた。そして、思いっきり蹴ると、外へと飛び出していってしまう。
「サート、ノメル! 何して遊ぶ?」
「うーん、鬼ごっこがいいよー!」
クレクが呼び止める前に、子供らしい会話がだんだんと遠のいていった。
「まったく、きちんと靴は履き替えて欲しいものですね」
ラジウを見送りながら、ため息混じりにクレクは呟いた。しっかりして欲しい。そんな親心の表れである。
「元気だねぇ。よし、あたしも行ってくるかね」
「はい、いってらっしゃい。キヴィさん」
片づけをするクレクと、オムレツに手もつけずにまた寝入っているシルキアを置いて、キヴィはスキップ交じりでその場を後にした。
「さて……シルキアさん。ご飯食べて下さい。このままでは、片付け出来ません」
クレクは声を掛けながら、明らかに寝息を立てているシルキアを揺す振る。口調は冷たい。
「……ん……あぁ」
揺さ振られて起きたシルキアは、面倒くさそうに冷え切ったオムレツを食べ始めた。
「まったく……。シルキアさん。私は……」
シルキアの前に入れたてのお茶を出すと、クレクは急に笑顔ではなく真剣な顔つきになった。そして、唾を飲み、ごくりと喉を鳴らす。
「貴方を。信じていませんから」
はっきりと強い口調で言い切った。
「では」
シルキアの反応を待たず、くるりと背中を向けるとクレクは食堂から出て行ってしまった。
残ったのは、寝ぼけ眼で遅い朝食を取っているシルキアだけ。
「…………」
彼は、ただ無表情のまま冷えたオムレツを口に運ぶ。
「……ふん」
鼻を鳴らす。それだけの行動をしてから、シルキアは静かに朝食を済ました。




