第一章〜三通りの道しるべ(18)〜
「……いいよ。わかった。あんたはそういう奴なんだね」
まだ不満そうな顔をしながら、ラジウは水晶を両手で高々と持ち上げた。かと思うと、次の瞬間水晶から手を離してしまう。
シルキアが声を発するより早くバリン!という音が辺りに響き渡った。水晶は床に叩きつけられ、もう見る影もなく粉々になっていた。
さすがに、これにはシルキアも唖然となった。そしてしばらくの間床の残骸を見ていたが、ふとラジウに視線を戻す。ラジウは落ち着こうとしているのか、大きく深呼吸をしている。手が震えていて血の気がひいているのがわかる。一大決心だったのだろう。
ラジウとシルキアの目が合った。
「僕は、いつかあんたに実力で勝ってやる!!」
人差し指でシルキアを指し、きっぱりと大きな声で叫ぶラジウ。まるで自分にも言い聞かせているようなほど大きな声だ。これは彼によるシルキアへの宣戦布告だ。
シルキアは間抜けなことに口をポカンと開け、ただラジウを見るしかなかった。
「じ、実力では僕が負けてたんだ。策だってキヴィが考えたんだし。僕一人で勝ったわけじゃないし。だ、だからっ! この勝負は引き分けだよ!! 宝も無くなっちゃったし」
ぷいっとそっぽを向き、腕組をしながらラジウは言葉を続けた。言い訳のようにどもりながらの口調だが、彼はいたって真剣だ。
「く……くくく」
噛み殺した笑い声をラジウの耳がキャッチする。不審に思って振り向くと、ラジウは思わず口を顎が外れるんじゃないかってくらい大きく開いてしまった。
あの無表情のシルキアが密かにだが笑っている。顔と腹を手で押さえ座り込みながら、肩を小刻みに震わせているのだ。彼にとって、ラジウの行動はよほど面白かったにちがいない。アレンやキヴィでさえも、今の彼を見たら驚くだろう。それほど珍しいことだった。
「く……貴様、バカ。だな」
ほのかな笑い顔をラジウに向けながらシルキアは言う。
その何度目かの言葉、いったいどのくらいきいたのだろうか。それでも今回、ラジウはその言葉で頭にくることはなかった。けなし言葉だが、全くけなしているように聞こえないのだ。
「うっ……そうバカバカ言うなよ」
ラジウも少しだけ笑みをこぼしながらシルキアに言った。じゃれつくような口調である。
「すまない、バカ」
「おーい、言ってるって!」
笑い合うわきあいあいとした雰囲気に、ラジウはほっとしたように柔らかい笑みを浮かべた。
シルキアは、なんとか笑いを抑えてから立ち上がる。
「行くか」
そう言ったシルキアは一瞬にしてラジウの視界から消え失せた。
ラジウは目を点にして一歩後ずさる。いくら凝視しても、檻の中にいたはずのシルキアは影も形もない。
魔法なんて魔族の極一部が使える特殊なものだし、だいいちシルキアは人間だ。それともシルキアはマジシャンか何かなんだろうか?あれこれと頭に浮かんでは消える可能性。
けれど、どれもしっくりとこないので、ラジウはしきりに首を捻った。
「おい」
「うっわ!?」
横からの呼びかけに思わず驚きの声をあげるラジウ。そして慌てて身構えて振り向く。振り向いた先、自分の隣にはさっきと変わらぬシルキアが立っていた。目を見開いたまま口をあんぐり開ける。
「ちょ……どうやって出たの!?」
「あぁ、テレポートとか言われるようなものだ。瞬間移動とも言うか。場所から場所に飛ぶんだ」
説明にわからないと、両手を挙げ首を傾げるラジウに、シルキアは言葉を変えながら伝えようとする。
しかし、ラジウはまだ不思議そうな顔をしている。仕方なしに、シルキアは特異な能力だ。とそう言った。
やっと理解して、ラジウは表情を緩めて頷く。
「へぇ……って、何で使わなかったの!?」
シルキアの珍しい能力も不思議だが、それよりもそれをさっき使わなかったシルキアの行動に、ラジウは驚きを露わにした。そして彼に問い詰める。
「負けたからだ。完璧にな」
そう言って口の端を上げるシルキアに、ラジウはきょとんとした間抜けな顔をみせる。
まだよくわからないでいるラジウが口を開く前に、シルキアは背を向けてたったと歩き出してしまった。
なのでラジウは慌てて後を追うしかなかった。
だけど、行きよりはピリピリとした緊迫な雰囲気はなく、緩やかな時間が流れそうだ。




