第一章〜三通りの道しるべ(17)〜
一方、まだ勝者の決まっていないラジウとシルキアはというと。わきあいあいの三人組とは正反対に、沈黙のままゴールに向かって歩いていた。
ラジウはこの沈黙に耐え切れず、早くゴールが見えないかと眼を凝らしていたのだった。だから、彩られた扉が見えたとき、ラジウはパァっと顔を綻ばせた。
「ね、アレだよ!」
「あぁ」
ラジウはその扉に元気良く走りより、シルキアを呼んだ。しかし、シルキアは彼の後ろから平然と歩いてくる。まるでよく知っているとでもいった感じだ。
「なんだよ。もうちょっと驚くとかさ~」
「知ってるからな。ここが最奥だ」
「へぇ」
シルキアはさも当然というように話ながら、さっさと扉をあける。その様子に、ラジウは慌てて両腕を振った。
「ちょ、トラップとか大丈夫なの!?」
ラジウは問いに、シルキアは鼻を鳴らした。馬鹿にしているような印象を受けるその行動に、ラジウは頬を膨らませて対抗する。しかし、シルキアは気にした風もなく言葉を綴っていくのだった。
「ふん。どうやら奴のは言葉だけのハッタリだったようだからな。今までの道すがら、昔も今もトラップに変わりはない。この中のトラップも俺は知っている」
立ち止まろうともせず、ずかずかと中に入っていくシルキアの様子からは、自信が伺える。
中は人が一人住めるくらいの大きさで、小さなテーブルが真ん中に一つ佇んでいるだけだった。そのテーブルの上に大人の掌ぐらいある大きな水晶が飾られている。他に高価そうなものは見当たらず、まさしくこの水晶がキヴィの言っていた宝物であることを容易に想像することができる。
躊躇うことなくシルキアはそれに近付いた。ラジウは何もしないのか扉の所に佇んで彼の行動を見送っている。
このまま勝負は決まってしまうのか。そうだとしたら、あまりにも出来すぎている。シルキアはそう思案すると水晶の前まできて立ち止まった。
ガシャン!
鉄が落ちたような音が部屋に響いた。いきなりの出来事に思わず目を見開いて固まっているシルキア。彼は鉄の檻に閉じ込められていた。檻が上から降ってきたのだ。
「貴様……」
シルキアは扉の方に視線を向けた。そこには、扉の取っ手についている隠しボタンを押し、こちらを見ているラジウがいた。笑みがこぼれており、してやったり!という雰囲気を漂わせている。
「へへ……油断してたでしょ? ここの罠ってこれだけだもんね」
ラジウの言葉にシルキアは舌打ちをする。確かに彼は油断していた。
この部屋にあるトラップはただ一つ、手動のこの罠だけである。手動であるからして、人が仕掛けを押さない限り発動しないのだ。
シルキアはまったくラジウのこの可能性をを否定していたのである。
このトラップは今までに一度も使われたことがなかった。なぜなら、卑怯、裏切り。といったような意味を持つ罠だからである。
「……ふっ、なるほどな。罠は貴様だったというわけか」
自嘲気味に笑うシルキア。ラジウは扉から離れるとシルキアを通り越し、水晶が乗っているテーブルまでやってきた。
「そうだよ。だって、他に罠仕掛けてもあんたじゃ全部くぐりぬけちゃいそうだしさ」
シルキアの言葉に頷き、ラジウは水晶を手に取った。そしてシルキアに向き直る。彼の表情は嬉しそうではなかった。なんとも曖昧で困ったような、でも少しほっとしているような内心が読み取れない顔をしているのだ。
「キヴィに言われたんだ。いくら罠を仕掛けたって、あんたとシルキアの実力の差なんて埋まらない。だから、弱っちいあんたが真っ向勝負をしたって確実に勝てないよ。って」
シルキアは黙ってラジウの話に耳を傾けている。
割って入ってくる気配がないので、ラジウはそのまま言葉を紡いだ。
「だから、キヴィに言ったんだ。勝てる方法を教えてくれ。って。恥を掻いたって、どんなに惨めになってもいいからって。そしたら、キヴィは言った。卑怯になれと。弱い者が勝つには、それしかないんだ。って。罠を何も仕掛けなかったのは、あんたに気を張らせないため」
「……昔の罠にかかったのもわざとか?」
「そうだよ。初めから罠にかかるつもりで、キヴィには罠の場所を教えてもらわなかったんだ。ただ、ちょっと量が多すぎて焦ったりしたけど……」
シルキアがぽつぽつ話すラジウに問いを向けた。
それに答えるものの、恥ずかしそうに段々と声が小さくなっていく。予想以上に多く激しかった罠を思い出したようだ。
「なぜ?」
「あんたを足止めするためさ。キヴィが言ったんだ。"あいつは罠にかかるような弱いやつを置いていかないさ。子供なら尚更ね。"って。先に行かれたら追いつけないからさ」
「ふっ」
ラジウの説明に、シルキアは鼻で笑った。まだまだ自分は甘いな。と小さくラジウに聞こえない程度に呟き、檻に背を預けた。
それに、ラジウは首を傾げた。彼から戦う意気がまったく見られないから。
「…………」
「……さっさと行け」
無言で水晶持ったままラジウはシルキアをじっと見ていた。それを不思議に思ったのか思わないのか、無表情のままシルキアはラジウを促した。それにラジウは堪らず口を滑らしてしまう。
「負けを認めるの?」
「あぁ」
「そんなにあっさりと?」
「あぁ」
「なんで!?」
ラジウの問いに、ただ頷いて肯定するシルキアにラジウは食ってかかった。どうやらシルキアの答えが気にくわなかったらしく、少し怒ってもいるようだ。目を見開いているから驚きのほうが強いのかもしれない。
「俺は油断して貴様に丸め込まれた。だから負けだ」
きっぱりとシルキアは言い放つ。
しかし、ラジウはさらに額に皺を刻み頬を膨らませた。明らかに不満たらたらである。
「むっ……卑怯とか思わないわけ?」
尚も食い下がるラジウ。
「……ふん。これが本当の戦いだったら、裏をかかれた時点で死んでいる。貴様自身が言っただろう? 勝つための手段だと。そういうのは卑怯ではなく"策"というのだ」
めんどくさそうに、しかしシルキアにしては珍しく長い台詞を返したのである。
ラジウの額の皺が引かなかったからかもしれないが、そんな返答にも、ラジウの頬の膨らみを改善することはできなかった。




