第一章〜三通りの道しるべ(16)〜
「ったー……」
煙が晴れ、キヴィ達が居た場所には大きな胴の鐘が佇んでいるのを確認できた。アレンが彼女を突き飛ばさなければ、彼女はその鐘の下敷きになっていただろう。
「キヴィ。大丈夫?」
突き飛ばされ壁に背を預けながら座り込んでいるキヴィに、アレンは駆け寄った。クレクも音に驚いたのか、走って戻ってきた。
「嘘から出た誠。ってか?……ゴメン。足くじいちゃったみたい。あは」
心配そうに覗き込む二人に、冷や汗を流しながら乾いた笑を向けるキヴィ。その彼女の台詞に、二人は固まった。
キヴィの右足が、ほんのりと腫れあがってるのが、二人の視線にちらりと入ってくる。くじいたというか、明らかにねじている。クレクは、しゃがみ込んで彼女の足を診た。どうやら捻挫のようだ。とアレンに報告する。
「……あーあ。これじゃあ、私は動けないね。次の分かれ道を右に曲がってまっすぐ行けば、ゴールだよ。とっとといっちまいな」
体の力を抜き、本格的に座り込むと、キヴィはクレクに手をパタパタと振った。言葉同様に、さっさと行きな。と言っているようだ。
アレンは、キヴィから視線を動かしてクレクを凝視した。彼は眉を顰めてキヴィを見ている。
「何故、道を教えるのですか?」
「ラジウが心配なんだろう? あたしゃ、もう動けないからね。あんたを止めることなんかできやしないよ。ここであんたに迷子になられたって困っちゃうし」
笑いながらキヴィは言った。しかし、額にはうっすらと汗がにじみ出ている。足が相当痛んできているのだ。それに気づくと、クレクは更に顔を顰めた。
アレンは静かに二人のやり取りを見守っている。クレクがどうでるのか楽しみなのか、顔が少し歪んでたりもするが。
クレクが行動に出た。屈み込んで、キヴィと同じ目線になる。
「うっわ!!?」
いきなりキヴィの身体を浮遊力が襲った。思わず驚いて声を上げるキヴィ。
「ヒュ~」
アレンが口笛を吹いた。キヴィは、眼を点にしたまま、耳まで真っ赤にしている。なんと、クレクが軽々とキヴィを持ち上げたのだ。
「いいなぁ。お姫様抱っこ」
アレンがにやにやと笑を浮かべながら言う。そう、いわゆるお姫様抱っこで抱えられているのだ。キヴィは金魚のように口をパクパクと動かすが、声が出ない。
「オレもして欲しい」
「お前はする側だろうに」
「しませんよ?」
アレンが口を出すと、キヴィとクレクから同時に厳しい言葉が返ってきた。えー? っと口をへの字に曲げ、不満そうな声をあげたものの、アレンの目は笑っている。
その突込みを気に、キヴィは我を取り戻したらしくクレクに赤い顔をキッと向けた。
「ちょっと! 降ろしとくれ!!」
「どうしてですか? 歩けないでしょう?」
叫ぶキヴィとは対照的に、穏やかで朗らかな口調でクレクは返答する。まるで子供をあやすかのような雰囲気である。
それが更にキヴィを煽る結果となる。
「い、いいだろ別に! ほっといてくれりゃあ、そのうち一人で帰れるよ!!」
逆上したキヴィが、しまいには両手足を思いっきりバタつかせ暴れて始めた。何度かクレクの顔にもキヴィの手が当たる。
流石にこれにはクレクも多少痛さを覚えたのか、息を吸った。
「静かにしないと、落としますよ?」
爽やかで極上の笑みがそこにあった。にこやかに笑んだまま、さっきと変わらぬ穏やかな口調でクレクは静かにそう言ったのだ。
思わず体をこわばらせ、動きを止めるキヴィ。眼がクレクから離せずに固まっている。
「…………は、はい。ごめんなさい……」
いつまでも崩れないクレクの笑顔に、キヴィは顔を引きつらせ小さく謝ったのだった。
「よろしい」
優しそうな笑みに戻ったクレクは、ゴールと反対方向に歩き出した。
クレクがラジウの方向に向かうとばかり思っていた二人は、驚いたように彼を見る。
「お、おい。逆じゃないのか?」
アレンがクレクを追いかけながら、おそるおそる彼に話しかけた。
すると、クレクは彼に背を向けたまま立ち止まる。顔は正面を向いたままでアレンを見ることはないが。
「ケガ人の手当ての方が優先ですよ。……それと、私はラジウ様を信じていますから」
少し躊躇ってから言葉をつけたし、最後の言葉でクレクは笑顔をアレンに向けた。
吹っ切れたような爽やかな笑顔に、アレンはつい一歩退いて手で顔を庇う動作をする。
それを気にすることなく、クレクはアレンに言った。
「私のことは気にせずに、アレンさんはどうぞそちらに向かってください」
それからまたさっさと歩き出す。
アレンはその言葉に肩を竦めたかと思うと、にっと笑い、小走りでクレクに追いついてきた。
「オレ一人で行っても寂しいだけじゃん?それに、キヴィも心配だしね」
キヴィに視線をやり、ウィンクするアレン。
それにクレクは微笑み、キヴィは眉を顰めるのだった。キヴィは直感で感じていた。アレンが何か企んでいるであろうことを。それが、十中八九自分をからかう事なのもわかったていた。
「そんな大した怪我じゃないっつーに……」
だからため息をついて、ぶつぶつと恥ずかしそうに文句をたれるのであった。
アレンはキヴィを見ながら笑みをこぼす。その笑みはクレクとは違い、明らかに何か悪戯をしたがっている子供のような表情。ふと、彼は口を開いた。
「ねぇ、キヴィ。その抱えられ方ってさ、子供抱えるときと同じだよね~?」
アレンの言葉に、キヴィは赤ん坊の抱き方を思い出す。すると、すぐにカッと耳まで赤くなった。そして、アレンにきっと睨みつけるように顔を向け、思いっきり叫ぶのである。
「あたしゃガキじゃないよ!!」
「顔赤くして可愛い~」
しかし、アレンは受け流してさらにからかいの言葉を投げかけてくる。
そのことにキヴィの頭に血が登らないわけがない。キヴィは更に激怒し大声を張り上げた。
「可愛くない!」
「うるさいって言ってるでしょう?」
キャンキャンと吠える二人に、先ほどの笑顔を向けるクレク。しかし、こめかみがピクピクと痙攣していることから、本気で怒っているのが伺える。まぁ、耳元でこうギャーギャー喚かれたら、誰でも怒る気もするが。
「ごめんなさい」
「わりぃ」
キヴィとアレンは顔を引きつらせ、同時に小さな声で彼に謝った。どうやら、三人の中での勝者は、クレクのようだ。




