第一章〜三通りの道しるべ(15)〜
さて、二人を追っている三人組はと言うと。
洞窟内のいくつかの罠を潜り抜けて追ってきていたが、今は立ち止まって話し込んでいた。
クレクとアレンは同じように眉を顰めながら慌てたように汗をこぼしており、その目の前にはいつもと変わらぬ平然とした表情のキヴィが立っていた。
「ちょ、キヴィ……それマジな話し?」
「うん、ごめん。迷った」
アレンが上擦った声でキヴィに問いかける。カラっと笑いをこぼし、キヴィはキッパリと良い放った。彼女が言う通り、三人は道に迷っているらしい。
キヴィの言葉に青ざめていく二人。
「キヴィ~~……どうすんの!? このままじゃあ、シルキア達に追い付くどころか、ここから出られないじゃん!!」
「ラジウ様、大丈夫でしょうか……」
「人の心配より、自分の心配しろよ!!」
やかましく騒ぐアレンと、反対に弱々しく人の心配をするクレク。どちらにしろ、二人とも冷静さを欠き、取り乱しているのに変わりはなかった。
キヴィに連れられるまま道を突き進んできたのだが、そんな彼女が迷ったというのだ。アレンとクレクが戸惑い慌てるのも頷けるだが。
「落ち着きなって。進めばそのうち知ってる道にでるよ。なんたって洞窟の隅々まで知ってるキヴィ様がついてるんだから大丈夫だよ」
「その道案内が迷ったんでしょうに! ……はぁ。キヴィってさぁ、慌てるとか困るとかしないわけ?」
やけに落ち着き、この状況に置いても自分を自負しているキヴィに、アレンは溜め息をついた。
しかし、キヴィはアレンの言葉に視線を上にし、困ったように頬を掻いた。
「うーん。いや、悪いんだけどねぇ。一番困ってるのは、このキヴィさんだったりするんだけどねぇ」
「はっ?」
キヴィのさり気ない台詞に、アレンが疑いの眼差しと声をあげる。クレクは、ラジウのことを心配しているのか、二人を見ながら口を閉じたまま何かを考えている。
「……はぁ。あたしゃもう、こっから動けないんだよ」
明らさまな態度のアレンに、キヴィは嫌そうに顔を歪めて言葉をつむいだ。なんで?とアレンはまだ胡散臭そうにキヴィに聞く。キヴィはそれにさらに大きく溜め息をついた。
「はぁ……」
「だから、なんでさ!?」
それが釈に触ったらしく、アレンは不機嫌に少し声を荒げてもう一度キヴィの答えを促した。
「さっきのトラップで足をやっちまったのさ」
渋々答えるキヴィの台詞で、アレンの視線が下の方に移動していく。しかし、遠目から見てるせいか、まったくもって正常のように見えた。
さっきのトラップとは、横の壁から矢が数本出てきた罠のことだろう。あの時も、キヴィはいつも通りサラッと避けていたような気がする。と、アレンは記憶を思い起こし、首を捻った。
その時、クレクが動いた。ゆっくりとキヴィに近付き、彼女の目の前までくると止まる。
「キヴィさん、足を見せて頂いてもよろしいですか? 怪我の手当てなら少なからずできますので」
笑顔でをキヴィに向け、いつもの優しい口調で問いかける。そして、蹲ると彼女の足に手を伸ばそうとした。
「い、いや。いいよ。あたし自身医者だから、それくらい自分でやるよ」
キヴィは慌てたようにクレクの顔の前で両手を振る。まるでクレクを拒絶するかのように。
そんな彼女の行動にアレンは眉を潜めた。何かオカシイ。そう彼は感じたのだ。しかし、アレンは口を塞いだままクレクを見やる。
「そうですか……。キヴィさん、お伺いしたいことがあるんですが、よろしいですか?」
「あぁ、いいよ。どんと来なっ」
アレンは、クレクに何か考えがあるに違いないと踏んでいた。だから暫く様子を伺おうと決めたのだ。
そうこうしているうちに、クレクとキヴィの問答が始まった。クレクは先程からの笑顔のままであり、キヴィは未だ平然とした表情である。
「キヴィさんは洞窟の中を隅々までご存じなんですよね?」
「あぁ、そうだよ」
「それはどうしてですか?」
「えーっと、小さい頃にここで遊んでね。調べ尽したんだよ」
キヴィは、しばらく記憶を辿ってから答える。クレクは問いかけを続けた。
しかし、彼の多少の変化をアレンは見逃さなかった。ほんの一瞬彼の目が細められたのだ。
「それは罠もですか?」
「いや……元々この洞窟には罠なんてなかったんだよ。私達が遊びで沢山の罠を仕掛けたんだ」
キヴィの思案しながら答えた言葉に、アレンは目を見開いてから、あぁ、そう言えば。と小さく呟いたのであった。
というのも、幼い頃確かに、悪戯で洞窟内に沢山の罠を仕掛けたことを思い出したのだ。
念のため言っておくが、シルキアとアレン、キヴィは腐れ縁もとい幼馴染みである。
「ほぅ、凄いですねぇ。さっきの矢が出てくる罠も凄かったですね。避けきるのが大変でした。アレを作った人はさぞかし頭が良いんでしょうね」
「あははは~。照れるねぇ。でもアレはしゃがむと全部当たらな……」
絶賛するクレクに、思わず照れながら頭を掻くキヴィ。しかし、会話の途中で固まり、動かなくなった。ギギギと言う音がしそうなくらいぎこちない動きで、キヴィはクレクを見る。
話の内容からして、先程の罠はキヴィが昔仕掛けたもので、きっちりと彼女はそれを覚えていたのである。
まだそこには優しい笑みがあった。
「キヴィさん、足の方はいかがですか?」
「ぐ……グッジョブ!」
クレクは穏やかの笑みを絶やさずに、もう一度問い掛けた。キヴィはそれに大丈夫の意の言葉で返事を返した。ようするに、キヴィは無傷なのである。
「……キヴィさん。時間稼ぎをいつまでするつもりですか?」
クレクのこめかみがピクリと動くのを見て、アレンは細く笑い、キヴィは頬を一回引きつらせた。しかし、すぐにキヴィはため息を吐く。
「あーらら、バレバレだったかい?」
さっきまでの焦りや神妙さはどこへやら、キヴィはカラリとした口調で聞き返した。その顔は先程と打って変わって綻び、楽しそうだ。
「えぇ。キヴィさんはこの洞窟を隅々まで知っていて、迷うことなどないと聞いてましたから。私も手当てなどはよくする方なので、足の怪我。見た目的には何も問題ありませんでしたし。ちょっとカマをかけてみました」
「ぷっ……なるほねぇ。よくできました。ってところかね」
クレクの返答に、キヴィはウィンクを一つ。どうやらもう開き直っているようだ。ずいぶん陽気なキヴィに、クレクは苦笑した。
しかし、どうして彼女がこんなことをしたのか皆目検討もつかない状況であったため、クレクは真剣な表情に戻ると疑問を口にした。
「それで、キヴィさん。どうしてそんなことを?」
「ラジウに頼まれたから」
「え……?」
キヴィが問いかけにきっぱりと答えを言い放つ。しかし、彼女の単刀直入な答えにクレクは戸惑いを隠せなかった。また、アレンもキヴィを訝しげに見つめる。
驚く二人を交互に見ると、キヴィは少し躊躇ってから口を開いた。
「ラジウがね、戦いを見られたくないって言ったんだよ」
「どう……して?」
「私が教えた戦い方はね、正々堂々なんかじゃないんだ」
驚きを隠せないクレクに、キヴィは視線を床に落としながらだがはっきりとした口調で答えた。もう隠す必要もないとでも言うかのように。
しかし、彼女の台詞にクレクよりも早くアレンが反応を示した。
「ちょ、それってまさか。あのガキに仕掛けたってこと!?」
「ご名答。相変わらず頭の回転が早いね。アレン」
アレンの大声に、キヴィは彼に視線を戻してにやりと笑った。アレンは信じられないというように目を見開き一歩下がった。
「それってどういうことですか?」
クレクは、まだよくわかっていないらしく、首を傾げてキヴィに問う。キヴィは一瞬言っていいのか躊躇し、アレンに視線を送った。一応アレンは彼女の敵である。彼が居る前で話していいものか考えあぐねているのだ。
アレンは彼女の思考を読み取ったのか、クレクの問いに自分なりの答えを突きつけた。
「卑怯。ってこと」
「卑怯?」
「キヴィがどんなことを教えたかは知らないけどね。不意打ちとか。そういうこと」
クレクの目がアレンの説明で見開かれ、次に細められた。その細められた眼からは、怒りがひしひしと伝わってくる。クレクが口を開けた。
「私は、ラジウに勝つ可能性を与えただけだよ」
クレクの罵倒が飛ぶ前に、キヴィははっきりとした口調でそれを制した。クレクの視線が自分に向いたことを確認すると、キヴィはそのまま言葉を続けた。
「正々堂々戦ったんじゃ、ラジウに絶対勝ち目なんかない。それくらい、あんたならわかるだろう?」
キヴィはいつもより強い口調と、きつく射る様な強い視線を向けてクレクに言い放った。
キヴィだって、好きでその方法を選んだわけではないのだ。勝つためなのだ。仕方が無い。そう彼女の瞳は訴えている。
「それに、受け入れたのはラジウだよ。そして私に言ったんだ。決着が付くまで、クレク。あんたを連れてこないでくれ。って」
「っ……なんでですか!!?」
狼狽しながらもクレクは声を張り上げる。しかし、キヴィは更に目を細めて彼を見た。まるでクレクを品定めするかのごとく視線を這わす。そして、口を開いて静かに台詞を紡いだ。
「クレク、あんたはラジウがひどい怪我を負っていても、彼にそのまま戦いを続けさせるかい?」
むきになっていたクレクだが、最後のキヴィの問いかけに押し黙ってしまう。とても強い衝撃を受けたらしく、固まったまま言葉が出てきはしない。
確かにラジウがそんな状態になってしまっていたら、クレクは有無を言わさず連れて帰るだろう。
「……」
クレクは黙ったまま、キヴィに背を向けた。そのまま何も言わずに歩き出す。
「ちょ、今の話聞いてたのかい!?」
キヴィが慌てて後を追う。しかし、慌てたせいでキヴィはいつもの注意力が落ちていた。
「キヴィ!」
アレンが彼女の名を呼ぶ。キヴィの膝がガクンと沈んだ。それに一番驚いたのは目を見開いたキヴィ自身だった。いきなりのことに彼女は体勢を立て直すことができず、そのままふらついて倒れこんでしまう。
アレンが地面を蹴る。素早くキヴィに近づくと、彼女を片手で突き飛ばし、自分も飛んだ。
次の瞬間、ズドン!という鈍い音が響き渡る。




