第一章〜三通りの道しるべ(14)〜
さて、先に入って行ったシルキアとラジウだが、相変わらず変化のない暗闇の中をひたすら走っていた。
「……」
両者とも、スタート時点からまったく言葉を発していない。
ラジウはちらりちらりとシルキアをかい間見た。まったく表情を変えることもなく、ただひたすらに彼は走っている。ラジウの隣をキープしながら。
スタート時に、置いてかれる!と思ったラジウは、それが不思議でしょうがないのだ。だから、何度も彼を盗み見ては変わらぬ表情に、内心更に首を捻っていた。
「……なんだ?」
「え?」
シルキアが、突然声を発した。ラジウは驚いて彼を凝視する。彼は前を向いたままで走っている。
「さっきから何度も視線を寄越すが、何だ?」
「な、なんでもない!」
シルキアの言葉に、ラジウの心臓がドキっと鳴った。それのせいか、ラジウは走る速度をあげる。が、額からは汗が滴り落ちている。
「前」
シルキアはラジウに一言いった。それに反応して、ラジウが顔を上げる。焦ってアレコレ考えていたせいで、前から来ているものにラジウは気付いていなかった。
「えっ!!?」
気付いた時には、既に彼の目の前に大きな影が迫っていた。大きな岩が前から転がってきたのだ。思わぬ出来事に、ラジウはしばし固まったまま岩を凝視する。
頭の中が真っ白で、ラジウは動けない。
岩が彼を襲う。
「バカ」
罵る言葉と同時に、岩は止まった。よくよくみると、シルキアが片手で岩を止めている。
「…………えっと。ありが……とう?」
しばらく固まっていたラジウは、やっと頭が動いたのか、シルキアに礼を述べた。
シルキアが岩を止めたことに、ラジウは驚いた様子をみせない。それは、罠のことは一応全てキヴィに聞かされているからだ。
この大きなものは一見岩にこそ見えるが、実はもっと軽くて殺傷能力の低いもので作られている。それゆえに、当たればかなり痛いが、止めてしまえば大丈夫なのだと聞いていた。
「……ふん」
シルキアは鼻を鳴らし、岩を押した。すると、岩がゆっくりと転がり道が開けた。シルキアは振り返りラジウを見る。
「見とけ」
そう一言発すると、彼は地面を蹴って走り出した。ラジウは慌てて彼を目で追う。
シルキアは更にスピードをあげ、ラジウを引き離した。かと思うと、シルキアは急に立ち止まった。そして、再び振り返りラジウを見た。
「今の道、ついてこれるか?」
「え?」
「……今俺がここまで来た道で、ここまでこれるかどうかを聞いている」
淡々というシルキア。何故そんなことを聞くのかわからずに、ラジウは首を傾げながらも頷いた。しかし、ラジウはシルキアの動きなどまったく覚えていない。ただ、置いてかれる!と思った、その感覚しか思い出せなかったのだ。だが、引くことはしたくなかった。仕方なしにシルキアがいる方向に一歩進みでた。
ポチ
何かを踏んだ感触と押された音。ラジウの血の気が退いていく。
「だぁああ!!」
ラジウは慌てて地面から足を離す。次の瞬間、タライがラジウの居た場所に景気よく降ってきた。しかし、ラジウはほっと一息。つくことができなかった。なぜなら、着地後の自分の手が、何かを押した感覚を訴えてきていたからである。
案の定、木の棒がラジウの目の前から、猛スピードで彼目がけて飛んで来た。慌てて身を屈めるラジウ。木の棒は虚しく空を切った。しかし、またもやラジウの耳にカチっという無造作な音が入る。今度は、横からたくさんの槍がラジウを襲う。
ラジウは既に何がなんだかわからなくなっていた。頭の中が真っ白だ。けれど頭よりも体が反応を示した。ゴロリと転がって槍をやり過ごしたのだ。
ラジウは、荒く息をする。目の前にシルキアの足を確認すると、ほっと胸を撫で降ろした。
ポン
「ひゃっ!!?」
頭に軽い衝撃を感じ、ラジウは情けない声をあげた。しかし、頭は痛みを訴えてはいない。ラジウは不思議そうに手で額に触れた。何かが額に引っ付いている。矢みたいだが、先には丸い吸盤がついているようだ。
ラジウは確信した。頭についているのは、子どもの玩具のような矢なのだと。
みるみる顔を赤くするラジウ。慌てたように矢に手をかけた。スポーン!という軽快な音が洞窟内に響き渡る。そして響く音が収まり、辺りが沈黙に包まれた。
「…………バカ」
呆れたように何度目かの同じ言葉。それだけでラジウはかっと頭に血が上った。だから、茹で蛸のように耳まで真っ赤にして、俯いてしまう。
「……ふん。俺は先に行くぞ」
いつまでも黙りこくっているラジウに、シルキアは言葉を投げた。それに小さく顔を動かし反応すると、ラジウはゆっくりと起き上がる。シルキアはじっと彼をみる。そんな中、ラジウは歩き出した。次の瞬間、ボコっという音がシルキアの耳に届く。それと同時に、いきなりラジウがシルキアの視界から消えた。シルキアが視界をゆっくりと下に移す。金色に輝く髪だけが、彼の足元にあった。
ラジウは落とし穴にはまってしまったのだ。必死に手を床にくっつけ、落ちまいと踏ん張っている。
「……」
シルキアは黙って凝視している。たかがキヴィの罠だ、彼が死ぬことはないとたかをくくっているのだ。
ラジウの手が、どんどんと引きずられていく。プルプルと小刻に震え出したかと思うと、ラジウの手は床から一瞬にして離れた。
「わーーっ!!」
「大馬鹿野郎っ……」
流石にシルキアも慌てたように、ラジウの腕を掴んだ。ラジウの下の穴は暗く、底が見えない。シルキアは力を込めて、ラジウを落とし穴から引きずり出した。ラジウが重かったのか、シルキアは少し息を荒げている。ラジウはというと、目に涙をいっぱいにしながら、大きく息をしていた。
「はぁ……はぁ……もう……ヤダよ」
弱々しく吐かれる言葉。シルキアが小さな目を見開いてラジウを見た。ボタボタと床に落ちる涙。辛そうに寄せられた額の皺。ぐしゃぐしゃになった顔。シルキアは頭を掻いてから、ラジウに片手を差し出した。
「……どうするんだ?」
「…………僕、もう諦めるよ……。もう、嫌だもん……」
ラジウはシルキアの片手を握って立ち上がるが、顔を落としながら涙を拭う。拭っても次から次へと溢れてくるのだが。
「ふん……元からやらなければ良いものを……行くぞ」
小さな声で呟くと、シルキアはラジウの手を握ったまま歩き出した。
「え?」
「帰り道などわからんだろ」
シルキアは歩く速度を落とさずに、ラジウを引っ張りながら一言こぼした。ラジウは、自分よりも大きな少し冷たい手をギュッと握り返す。そして、遅れないようにと小走りで彼についていった。もう、ラジウの瞳に涙はない。




