第一章〜三通りの道しるべ(11)〜
「ルールはさっきと同じでいいや。めんどくさいし」
「わかりました。それではお願いします」
アレンとクレクは同時に頭を下げ、身構えた。キヴィの手をパン!とならした音が合図となる。
アレンが地を蹴り、一瞬にしてクレクとの間合いを詰める。クレクが弓を構える暇を与えることもないくらいに速く。ガキンという音がした。
「その服、動きづらくありませんか?」
矢の鉄の部分でクレクはアレンの拳を止めていた。いや、アレンもクレクが矢を出したことに気づいたらしく、正確にはアレンが腕につけていた金属とクレクの矢がぶつかって音を出していた。
アレンの服は少し変わっていた。上は肩だし腹だしの短く紅いチョッキを、同じような薄い白いシャツの上に着、下は腰辺りに巻いた千切れ白布が風で中を舞っている。その布の下に黒いスパッツを穿いていた。ここまでは普通だが、アレンは腕と足に金属を巻きつけているのだ。下に白い布を敷き、金属は腕輪のように丸いので丁度布を止めているような感じだ。足の下の方では白い布を包帯のように巻き、足の裏の形にくり抜いた板を押さえている。
「ん?あぁ、この金属?べっつに~」
アレンはにやりと笑んでクレクから飛びのいた。それと同時にクレクは弓を構えなおし、アレンに向かって矢を放つ。
「遠くのもの狙う道具っつーことは、接近戦に持ち込めばいいってことだろ!?」
アレンは地面を蹴って放たれた矢に自ら突き進んでいく。ぶつかるすれすれで彼を身をかがめた。矢はアレンの頭上を掠めていく。クレクはもう一度矢を放とうと、背中の矢に手を伸ばす。しかし、それはアレンにとって遅い行動だった。アレンはさらに速さを増し、既にクレクの目の前に赤い目がちらついていた。
ガッっという何かが刺さる音が辺りに響き渡る。
「ぐっ……」
クレクはくぐもった声をあげ、苦々しげにアレンを睨みつけていた。アレンは、愉しそうにほくそ笑む。
状況はどちらかから血が流れているわけでも、アレンの右手がクレクの首を捕まえているわけでもない。アレンの手は肘から地面に向けられ、クレクの首に平行であった。ただし、アレンの腕についていた金属が変化しクレクの首を閉じ込めていた。腕に巻きついていた金属はいつの間にか二つに割れ、反対側に反り返り木の幹に突き刺さっているのだ。
「おっと、動くとその首。切り落とされるぜ?」
金属がキラリと光る。よくよく見ると、二つに割れてたうちの片方が刃のように鋭くなっていた。
「……それが武器でしたか」
まったく警戒をしていなかった自分をクレクは悔やんだ。甘く見たその一瞬で戦いとは勝負がつくのだ。そう思っても苦い思いは込み上げてくる。クレクは眉を潜めて息を静かに吐いたのだった。
「そっ。早くギブアップしてくんない? じゃないと、首切り落とすよ?」
「……」
余裕綽々に笑むアレンを、クレクは黙ったまま睨んだ。それが気に食わなかったのか。
「……オレ。男には容赦しないから?」
アレンの目が細くなり、冷たくクレクを見下した。ゆっくりとだが彼の腕が動き出し、刃の冷たさがクレクの首に伝わる。額から一筋の汗が流れ落ちる。それでも、クレクは黙ったままアレンを睨み続けている。アレンが動かす手を止める様子はない。
「クレク!」
緊張が走ったその時、ラジウが叫んだ。クレクやアレン、その場にいた全員がラジウに目を向ける。ラジウはクレクをじっと見つめている。クレクは落ち着かない様子でその視線を受けていた。ラジウはクレクが自分を確認したと判ると、口を開いた。
「クレク。まいった。って……言って!」
「……」
必死に訴えるラジウの言葉にも、クレクは答えようとしない。二人の視線が交錯する。ラジウは、息を大きく吸い込んで吐いた。
「これは……"命令"だ。クレク!」
命令という言葉にクレクはびくっと身を固まらせた。彼はラジウの顔をマジマジと見る。今にも泣き出しそうに目は潤み、口をへの字に曲げているラジウ。この言葉を使いたくなかったであろうことが、造作もなく読み取れる。
「……わかりました。ラジウ様」
クレクはラジウに返事を返した。ラジウは、ほっと胸を撫で下ろしたが、いささか気分は優れない。それは、クレクが自分の"命令"という言葉に逆らえないのを、知っていて使ってしまったからだろう。
「まいりました。アレンさん」
クレクは、アレンに視線を戻すと、静かに負けを宣言したのである。アレンはきょとんと目を見開き、クレクを見た。しばらくして状況を把握したらしく、金属を木から引き抜きクレクを解放したのだった。
「クレク、ケガは?」
ラジウがクレクに駆け寄ってくる。クレクは、微笑んで首を横に振った。首から少しの赤い血が滴り落ちているが、傷は浅いようだ。アレンは、二人のやり取りを眺めながら肩をすくめる。よくわからない。と言ったように。
「クレク。お疲れ様。さ、次はあたしの番だよ!」
クレクに労いの言葉をかけ、キヴィはアレンに近づいていった。胸を張り、目を輝かせ、実に楽しみだとそういっているような彼女。
彼女にかわり、ラジウはクレクを連れてその場からさっさと離れた。
「キヴィ? キヴィもやんの?」
アレンは目を点にしている。キヴィが戦いに参加することが予想外だったのだろう。
「あったり前だろ!? あたしが持ちかけたんだ、最後まで責任持つよ!」
ふんぞり返ってきっぱりと言い放つのがなんともキヴィらしくて、アレンは笑みを溢した。ただ、どうしようという気持ちもあるのか、頬がいささか引きつっている。
なんと言ってもキヴィが女であり、もともと仲が良かった人物なのだから、戸惑うのは仕方がない。しかし、仲がよく知っている人物だからこそ、キヴィが絶対に引かない性格だということも知っていた。きっと何を言っても彼女は無理矢理自分と戦うだろう。そうアレンは思って、しぶしぶキヴィとの戦いを受け入れることにした。
「そっ、じゃあルール決めてよ。キヴィ」
「OK」
アレンの返答に満足そうに笑むキヴィ。そんな彼女にアレンは苦笑い、後ろのシルキアは眉を顰めていたりする。
「ルールは。まず、武器の使用不可。アレン。あんたのその腕と足についてるやつ、外してもらうよ?」
「いやん。オレの素肌がそんなみたいの?」
「んなわけ、あるかーっ!」
冗談交じりに笑いながら言うアレン。もちろん、すぐさまキヴィのハリセンが彼の頭を打つ。
「元から露出は高いがな」
「別に、肌を見たいわけじゃないっつーの!いいから、さっさとお脱ぎ!」
シルキアのボケに、つい怒鳴りつけるキヴィ。そして、アレンを急かすように手をパタパタと振る。
「はーいはい」
アレンは舌を出して、笑いながら素早く金属を外した。キヴィはそれを確認すると真剣な顔つきに戻り、白衣の胸ポケットから小さな青いビー玉を取り出す。
「あたしが持つ、この小さなビー玉を使う。これを、アレン。一時間以内にあたしから奪ってみせな! そしたらあんたの勝ち。一時間守り続けたらあたしの勝ち。どうだい?」
キヴィは、ビー玉を指で挟んでアレンに見せ付けた。それは、ラジウに使ったボールとは比べ物にならないくらい小さく、細いキヴィの指と同じくらいだった。
アレンはそのビー玉を目を細めて確認するかのようにしばらく見入っている。
「ふーん……攻撃有り?」
「あぁ、もちろんだよ」
問いかけるアレンに、キヴィはにっと笑って頷く。自信満々な彼女の態度がアレンの目に映る。アレンは彼女とビー玉を見比べながら、少し考えて口を開く。
「……じゃあ、30分でいいよ」
キヴィはアレンの言葉に頬を引きつらせた。自信満々の自分に、時間の短縮を求めているのだから、バカにされていると感じてたのだ。
「へぇ……ずいぶん自信満々だね?」
「もち! その時間で十分だからさ」
「いい度胸だね!絶対後悔させてやるよ!!」
ニッコリ笑むアレンに、キヴィは肩を怒らせながら怒鳴りつけた。そして、キッと睨みつける。かなり怒っている。キヴィはこのゲームで負けたことが今まで一度もなかった。だから、甘く見られたことにプライドを傷つけられたのだ。
予想以上に憤怒するキヴィに、アレンは焦ったように一歩身を引く。




