4 リディス、誰も殺させない。
朝日が上ったばかりの早朝、私とアリシアは湖の畔を散歩していた。
この湖は大聖堂から少し歩いた場所にあり、まだ一週間前にできたばかりになる。巨大なクレーターができて、その底から水が湧き出してきてこうなった。
今では王都に暮らす民達の憩いの場となっている。
それは私にとっても同様だった。
「一日のスタートをきちんと生きた状態で、肉体で始められるって素晴らしい……」
(死神の私が言うのも何ですが、それが普通です)
アリシアが呆れ気味につっこみを入れてきた。
この一か月で三回も死んでいるから、私は全然普通じゃないと思う。
そもそもだよ。私がこんな目に遭うのは死神に取り憑かれているからじゃないだろうか。
(ほう、私のせいにするのですか? 私がいなければリディスは一週間前に四散していたというのに)
「う、感謝してるって……。さあ、もう死にたくないし修練に励もうかな」
と手の中に霊力の塊を作ってこねはじめた。
私は霊力の操作がとてつもなく下手だと判明したので、毎朝こうやって散歩がてら修練をしている。日中は聖女としての依頼が立てこんでいて、なかなか時間が取れなかった。
いや、今日は大聖堂での一般治療会(王都中から重い怪我や病気の平民が運ばれてくる)の後に少し時間が空くんだっけ。
ロゼンヌと久々にお茶ができる! 今日はそれを楽しみに頑張ろう!
――ところが、一般治療会を終えた私にロゼンヌは非情な通告をしてきた。
「ごめんなさい、リディス。今から出なければならないんです……。前線から緊急の要請がありまして……」
「そんな……、ロゼンヌとのお茶だけを楽しみに百人以上の治療を乗り切ったのに……」
「あれはもう奇跡のような光景でしたね! さすがリディスです!」
「そんな慰めはいらないよ! こうなったら……、……私も一緒に前線に行く」
というわけで、私はここから二日間の依頼を全て延期させてもらうことに。
幸いにも大した依頼はなく、女性の怨霊に取り憑かれた伯爵子息のお祓いとか、勝手に髪が伸びる人形のお祓いとかばかりだったので問題はなかった。伯爵子息はあと二日くらいは耐えられそうとのことだし、人形の髪なんて二日くらい伸ばしっぱなしでも平気だろう。
こうして、私とアリシアもロゼンヌと共に前線へと赴くことになった。
移動の馬車の中で、ようやく念願のお茶会を果たす。
「リディスならまず心配ないと思いますが、戦場は初めてですよね?」
「そうだけど、怨霊に取り憑かれた人間と似たようなものでしょ? 怨獣なんて」
「いえいえ、違いますよ。怨獣は通常の獣より大きく、姿形も少し変化しているのです」
「へぇー。でも、とにかく取り憑いている怨霊をいつも通り吹っ飛ばせば(=お祓い)いいんでしょ」
お茶をすすりつつ私がそう言うと、不意に馬車の天井をすり抜けてアリシアが顔を出した。
(これだから箱入りの貴族令嬢は。私が少し解説してあげましょう)
一度獣に取り憑いた怨霊は、完全に魂が同化してしまってもう剥がせないらしい。
そうして誕生した怨獣は極めて凶暴で、他の生物を手当たり次第に攻撃する。厄介なのは、怨獣同士で群れをなすということ。過去に大きな群れが国を滅ぼした事例もあるようで、各国は常にこれを警戒していた。
私達の王国にも数日前に怨獣の群れが侵入し、騎士団が討伐に乗り出したという流れになる。
「なるほどね。じゃあ、群れの規模によっては何気に王国の危機なんじゃないの?」
「……そうなんです。私に応援の要請が来たということは、前線は今頃……」
ティーカップを持つロゼンヌの手が少し震えている。
彼女が心配性であることを勘案しても、本当に危機的な状況にあるのは間違いないようだった。
(まあ、戦場が近付けばすぐにはっきりしますよ)
解説を終えたアリシアが馬車外に戻る際にそう言い残した。
その言葉の意味を、私とロゼンヌはやがて理解することに。
半日ほど馬車で走った末に、私達はようやく戦場最前線とされる森が見える位置に到達。
窓から外を眺めていてすぐに違和感に気付いた。
「やけに、死神が飛んでない……?」
空と森の間を何人もの死神が忙しなく行き来している。
「し、死神だけではありません。大勢の人々が天に召されています……!」
ロゼンヌも窓にはりつきながら声を絞り出した。
そう、何人もの死神が来ているということはそれだけ人が死んでいるということだ。
相当まずい状況になっている! 悠長にお茶会をしている場合じゃなかった!
「このまま馬車で森に突入しよう!」
しかし、御者と馬達が断固拒否したため、私達は下車して走って突入することになった。
私とロゼンヌは霊力で全身を覆って森の中を疾走する。
「あ、リディス、きちんと霊力を纏えていますね」
「この一週間、毎朝修練していたからね。一応、防御力と身体強化の性能は備えていると思うんだけど」
「……一応どころではありませんよ」
「え……?」
「ともかくそれなら絶対に大丈夫です。急ぎましょう!」
程なく私達は戦闘が行われている一帯に到着。
そこで私は初めて怨獣を目にすることに。
あ、あれが怨獣……!
普通の獣の倍以上に大きい!
しかもあの虎なんて、目が四つに脚が六本もある! 怖い……!
その異形の怪物が私めがけて突進してきた。鋭い爪で引き裂こうと上から覆い被さってくる。
うわぁー! こ、殺される!
ガキキンッ!
思わず瞑っていた目を開けると、虎の爪は私の体を包んでいる霊力の所で止まっていた。
……あれ、あっちが寸止めしてるってわけじゃないよね? 何とか引き裂こうと必死に爪を立ててくるし。
いや、ちょっと離れて。
と虎の体を軽く押し返した。
「ギャーン!」
怨獣の体は大袈裟なほどに後ろに吹っ飛び、数本の木をへし折って倒れた。
再び起き上がってくる気配は全くない。
……え、軽く押しただけだよ?
首を傾げているとアリシアが隣に並んできた。
(あなたが何気なく纏っているその霊力ですが、通常ではありえない量なのですよ。この森にいる怨獣程度では傷一つ負わせられませんし、あなたが軽くはたいただけで相手は即死します)
これにロゼンヌも同意してコクコクと頷く。
「……リディスは、霊力操作の基本を覚えただけで無敵でした」
なるほど、無敵か。
それなら、これ以上の犠牲を出さずに済みそう。もう一気に決着をつけよう。
「ロゼンヌ、私が盾になるから戦っている皆を退かせて」
「分かりました。何かいい手があるのですか?」
「私、もうボールも投げられるようになったんだよ」
「……あ、でしたら一発ですね」
聖女同士で打ち合わせが済むと、私は宙を漂っているアリシアに視線をやる。
「来ている死神達に、少しだけ魂の回収を待ってくれるようにお願いしてくれない?」
(またあなたは無茶を……)
「できるだけ死なせたくないんだよ。頼んだからね」
アリシアが場を離れたのち、私とロゼンヌは軍を退かせるべく行動を開始。
私が怨獣達を引きつけている間に、ロゼンヌが各現場の指揮官と話をつけた。負傷兵や亡くなった兵を皆で運び出しつつ順次撤退していく。
そうして一時間ほどで全軍の退却が完了し、全員で森を見下ろせる高台に移動していた。
この軍の最高指揮官らしき人が私の所へやって来て遠慮がちに。
「あの、あなたは大聖女リディス様ですよね……? 我々を助けに来てくださり、ありがとうございます。本当に噂通りの別格ぶりで、もう無敵といった感じでした。それで、この後はどうなさるので?」
「後はこれを投げこんで決着です」
と私は掌の上に霊力のボールを生成。
そこにさらに霊力を注いでいくと指揮官の表情が恐怖のものに。どうやら彼も多少の心得があるらしい。慌てて部下達に指示を出す。
「総員! 地面に伏せて衝撃に備えろ!」
一方で私の霊力ボールも完成していた。
霊力感知で森を監視中のロゼンヌに攻撃地点を尋ねる。
「あの辺りにちょうど群れが集結しています」
「よし、発射ー!」
彼女が指差す場所めがけてボールを投げこんだ。
ドォ――――ン!
けたたましい爆発音の後に、爆風と共に土煙が押し寄せる。
ようやく視界が晴れると、眼下の森には直径数百メートルのクレーターが。
もちろん怨獣の姿はどこにもない。
「うん、討伐完了だね」
指揮官と兵士達が呆然とかつて森だった一帯を眺めている間に、上空からアリシアが大勢の霊体を引き連れて降下してきた。
おお、すごいすごい、やればできるんじゃない。
(ええ、やりましたとも。この全員、私の担当にすることで話をつけてきました……)
え、どうしてそこまで……?
(忘れたのですか? 魂は回収しないと私達死神も帰還できないのですよ。どうせ私はリディスのせいで当分は現世暮らしですし、待つなら一人も数百人も一緒ですからね)
うわあ、本当にごめん……。大変なことをお願いしてしまった……。
(もう今更でしょ。悪いと思っているならこの数百人の誰よりも長生きしてください)
が、頑張ります……。
彼らの蘇生の準備にかかりつつ、私はロゼンヌに視線を送る。
「今後、王国に大きな怨獣の群れが来た時は私が出るよ。すぐに知らせてくれる?」
「構いませんが、王国は広いですし全てに対応するのは大変ですよ?」
「うんまあ、それでも私がすぐに出れば誰も殺されずに済むし。お願い」
「ふふ、やはりリディスは真の聖女ですね。私も微力ながらお手伝いします!」
つい王国の防衛も請け負ってしまった……。
おそらく私は、これからますます忙しい日々を送ることになるんだろう。
気が重いものの、おかしな力に目覚めてしまった以上はやるしかない。
幸い私は殺されても死なないし……。
……幸い? うーん、果たしてこれは幸せと言えるのか……。
まあ付き合ってくれる死神と親友がいるし、幸せと言えないこともない、か。
〈了〉
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