3 リディス、自分の霊力に殺される。
私、侯爵家の次女リディスは、気付けば透けた体で空中を漂っていた。
ふと下を見れば、青白い顔をしたもう一人の私が地面に倒れている。
……いや、このパターンはもういいよ。
死ぬのも慣れたものだけど、今回はすごく痛かったな……。
でも、肉体が無事でよかった。ボロ雑巾みたいになってるけど。
もうさっさと戻って生き返ろう。
と体に向けて発進しようとしたその時、目の前にアリシアが。彼女は私の肩に手を置き、首を左右に振る。
(……リディス、さすがにこの死に方はないです)
みなまで言うな、私が一番分かってる……。
なぜ私がボロ雑巾のようになって死んでいるのか、話は数時間前に遡る。
――――。
私の毒殺もとい食あたり事件から二日後、新たに友人となったロゼンヌの所に遊びにいくことにした。
彼女は王都の大聖堂で暮らしている。私も人々の治療などでしばしば訪れている場所だけど、この日はやけに足が弾んだ。(移動は馬車だけど)
ふふふふ、何と言っても初めてのまともな友達だからね。
アリシアが記憶を見せてくれたおかげでもう昔から一緒にいるような感覚だし、性格がいいのも分かってる。いっそ親友ということにしてしまってもいいかもしれない。
(浮かれすぎでしょ。あなたがエキドナにつけいられた理由が分かりましたよ)
馬車外から、隣合って飛行するアリシアが呆れたような物言いをしてきた。
今回は大丈夫だって。ロゼンヌはいい子だから。
(リディスを毒殺してますけどね。とにかく、ポジティブ思考もほどほどにしないとまた痛い目を見ますよ)
死神の不吉な予言は聞かなかったことにした。
相方といつも通りの他愛ない雑談をしているうちに馬車は大聖堂に到着。
ロゼンヌは正面エントランスで待ってくれていた。少し緊張した面持ちでこちらに手を振る。
「よ、ようこそ。リディス、アリシア、お待ちしておりました!」
「緊張しすぎだよ、お茶をするだけだから落ち着いて……」
「……私、お友達とのお茶会は初めてでして。昨日は一睡もできませんでした……」
「そこまで? まあ、これから何度も経験するし慣れていくよ。あ、今日の服、可愛いね」
「私は華やかな普段着を持っていなくて……。今日のことを知った神官の方達がこのような感じに」
え、神官達が?
周囲を見回すと、どの神官もロゼンヌに対して温かい眼差しを向けている。
うーん……、実はロゼンヌが周りから冷たく扱われてないか心配していたんだけど。
完全に逆じゃない? 皆からとても愛されている感じだ。じゃあ、私が現れてからのあの視線は憐みじゃなくて心配していたってことか。
(私がリディスに提供したのはロゼンヌの記憶。つまり、彼女の主観に基づいていますからね)
アリシアが私の思念を読んでそう解説を入れてきた。
なるほど、どうやらロゼンヌは私とは真逆のタイプらしい。心配性で結構なネガティブ思考の聖女だ。
一人で思いつめるととんでもない答を導き出すみたいだから気をつけてあげないと……。
(まあ、のん気で結構なポジティブ思考の聖女であるあなたと一緒にいれば、ちょうどいい具合になるでしょう)
ああそう、アリシアは常に淡々としているよね……。さすが死神。
「……あの、どうかしましたか?」
私とアリシアが思念のやり取りをしているのに気付いて、ロゼンヌが不思議そうに首を傾げていた。
彼女を心配させないように私は精一杯の笑顔を作る。
「アリシアが神官達の思念を拾ってきてね、ロゼンヌは皆からとても愛されているって」
「え、まさか! そんなはずは……」
「本当だって。だから、今日だってそんなにおしゃれに仕立ててくれたんだよ。嫌っていたら放っておくでしょ?」
「確かに、その通りです……。では、私はずっと思い違いをしていたということに」
「今からでもいいじゃない。もっと皆と話をしてみたら?」
「は、はい! そうします!」
途端にロゼンヌの表情は明るく晴れやかになった。
うんうん、よかったよかった。
私達の会話を聞いていたアリシアは、(本当にちょうどいい具合ですね)と呟いた。
その後、私達はロゼンヌの部屋でお茶会を開始。
彼女の気分が晴れたことで、話も弾んで楽しい時間を過ごす。
やがて話題は霊力のことに。
「リディスはまだ霊力の活用術は知らないのですね。よければお教えしましょうか?」
こうロゼンヌが提案してきたので、お言葉に甘えて教わることにした。
お茶会を切り上げて皆で大聖堂の外へと向かう。
考えてみれば私は霊力に目覚めてから、それで人を包んで生命エネルギーを削ったり育んだりしかしていない。
活用術とやらを習得することにより、もっと効率よく霊力を運用できるという。さらに、精霊を霊力に錬りこむことで魔法も使えるようになるのだとか。
魔法……!
物語の中によく登場するやつだね。かなりそそられるものがあるし、覚えてみたいかも。
「ですが、今日のところはまず基本の操作法だけですよ。この辺りでいいでしょう」
ロゼンヌがそう言ったのは、大聖堂から少し歩いた距離にある広々とした野原だった。
心地いい風が吹いていて、アリシアがその真っ黒な翼を開いて優雅にゆらゆらと。
……霊体でも気持ちいいものなの?
(気分の問題です。霊力の修練をするのは結構ですが、くれぐれも気をつけてください。リディスの霊力は怪物級なのですから)
はいはい、基本の操作法だけだから心配ないって。
早速ロゼンヌが説明を始めた。霊力はその使い方を工夫することで強力な武器にも頑丈な防具にもなるらしい。
こんなふにゃふにゃしたものがどうやって?
と疑問を口にすると、実際に見せてくれるとのこと。
「例えば、このように霊力をボール状にして浮かべまして、球体の中にさらに霊力を注いでいきます。これを発射すれば破壊力のある砲弾となりますよ」
「なんと、砲弾とは。確かに強力な武器だね。じゃあ、私も作ってみる」
えーと、まずは霊力をボール状に……、なんかうまく丸まらないな。とにかくまとまっていればいいでしょ。
次はこの中にさらに霊力を注いでいく、と。
おお、どんどん入っていく。
すごいすごい、本当にどんどんと……、あれ? 入るのが止まらない……。
ボ、ボールに霊力が勝手に吸い取られていく!
空中で眺めていたアリシアが慌てた様子で。
(どれだけ注ぎこんでいるのですか! 早く霊力を送るのを中止して!)
「止まらないんだよ! 水が高い所から低い所に流れるように一度流れ出したら止まらない!」
(分かりやすくどうも! おかげではっきりしました! リディスは霊力操作がとてつもなく下手です!)
「た、大変です……! リディスは霊力操作がとてつもなく下手です!」
ロゼンヌも同時に叫んでいた。彼女はあたふたしながらもどうにか解決策を捻り出す。
「そのボール、らしき塊を空に向けて発射してください!」
「なるほど! もうそれしかないね! 発射ー……、駄目だ! 手に引っ付いて離れない!」
私が手をブンブン振るとボールらしき塊も一緒に動いた。まるで太いパイプでがっちりつながっている感じだ。
そうこうしている間にさらなる危機が。
「……もう、維持できないかも。あとちょっとで弾ける、と思う……」
遠慮がちにそう言うと、アリシアとロゼンヌは顔を見合わせる。
(すぐに霊力で全身を覆うのです! 頑丈な鎧を作りなさい!)
「とてもそんな余裕ないよ! 霊力はことごとくこいつが吸い取る!」
「あわわ、こんな霊力の塊が破裂したら、リディスの体は四散してしまうのでは……!」
「ネガティブな発言はやめて! 治療できても自分のそんな姿を見たらトラウマになる!」
ところが、これを聞いた二人は至って真面目な顔に。
……本当に、四散するの?
「嫌だー! 何とかしてー!」
(もう! 私の霊力で覆ってあげます! どうにか四散は免れるでしょう! ロゼンヌは急いでこの場を離れてください!)
アリシアの言葉を受けてロゼンヌは早くも離脱の構え。最後にこちらを振り向いた。
「リ、リディス、ごめんなさい! それでも私達、友達ですよね……?」
「ちゃんと友達! 早く逃げて!」
霊力を纏った彼女が高速で駆けていき、死神の霊力が私の体を包んだ直後、ついにボールらしき塊は限界を迎えた。
急速に膨張したかと思った次の瞬間。
ドォ――――ン!
激しい爆発が巻き起こり、一帯の大地を大きく震えさせた。
どうやら私は即死だったらしく、激痛の後すぐに意識が途絶える。
――そして、霊体の現在に至る、と。




