2 リディス、聖女に殺される。
私、侯爵家の次女リディスは、気付けば透けた体で空中を漂っていた。
ふと下を見れば、青白い顔をしたもう一人の私が椅子でぐったりしている。
…………。
いやいや! どうしてまた死んでるの私!
(ふむ、百歳まで生きると宣言しておきながら、案外早かったですね)
振り返ると死神の少女が大鎌を持って背後に。彼女は鎌の部分を私の腰に引っかける。
(では、魂を回収させていただきます。行きましょう、リディス)
待って待って! すぐに治療して生き返るから!
……ていうか、分かっていてわざとやってるでしょ。私との日常はすごく楽しいって言っていたくせに、もう。
(そこまでは言っていません。本当に魂を狩りますよ)
ごめんごめん、だってアリシアが意地悪なことをするからつい。
この死神の少女はアリシアという名前らしい。以前の事件で初めて会ってからすでに二週間が過ぎており、名前はもちろんのこと、彼女に関する色々なことを教えてもらっていた。もうこんな冗談を言い合える仲になっている。
だけど、こうやって二人で浮かんでいるとあの私が刺された日を思い出すね。いやー、懐かしいよ。
(のん気なことを。一度殺されただけで慣れすぎでしょ)
まあ殺されるのも二度目ともなると……、え、やっぱり私、今回も殺されたの? 普通に食事をしていただけなのに、いったい何が。
(状況から見て、おそらく毒を飲まされたのではないかと。口から泡を吹いていますし)
そう言われて自分の肉体に視線をやると、確かに口から泡が。
いけない、貴族令嬢にあるまじき状態になってしまっている。周囲には沢山人がいるのに、急いで生き返らないと!
私は現在、公爵家の屋敷で催されている夜会に出席中だった。
王族や有力な貴族、大きな商会の会長など、王国の限られた者だけが出られる特別な夜会になる。この二週間で急速に名声を高めた私もそこに招待されていた。
突然泡を吹いてぐったりした私を心配して皆が集まってくる。
本当にいけない! 王国の限られた者達に私のあるまじき姿が晒されている!
今すぐ蘇生だ!
慌てる私の肩にアリシアが手を置いてきた。
(それよりも、あなたを殺した犯人を見つけるのが先決では?)
いや、でも泡吹いてる私が皆にすごく見られていて……。
(霊体である今なら人の思念が読み取れます。肉体の方はしばらく放置していても大丈夫ですよ)
いや、全然大丈夫じゃない状態で放置されていて……。
(人が大勢いますので、手分けして捜索しましょう)
ちょっとアリシア、私の話聞いてる?
死神は貴族令嬢の品格などお構いなしだった。
夜会のメイン会場は公爵家屋敷の大広間で、この部屋だけでも相当な人数がいた。私達は人々の間を飛行しながらその思念を読んでいく。
やがて私が死んでいるのが広まって会場がざわめきはじめた。
次々に人が私の遺体の方に移動を開始。
……ああ、もう会場中の名士達に泡を吹いている姿を見られる。
あれ? 一人だけ壁際から動こうとしない人がいるね。もしかして……。
接近した私は、その者の思念に意識を集中させた。
(……や、やってしまいました……。私、人を殺してしまいました……。ゆ、許してください……!)
私を毒殺した犯人がいた!
え……、この人が犯人なの?
それは全く想定していなかった人物だった。
アリシアもこちらにやって来たので二人で犯人の思念を読み続けるも、聞こえてくるのは自責と懺悔の念ばかり。仕方ないので、ひとまず生き返ることにした。
戻って肉体に霊力を注ぎ出すと、今回もきちんと顔に生気が甦っていく。毒も治療できたことに安堵しつつ、霊体の私は肉体の中へ。
蘇生が完了するなり最初に口の泡を拭った。
「皆様、ご心配をおかけしました。もう生き返りましたので大丈夫です」
私が椅子から立ち上がってこう告げると、集まってきていた名士達は驚愕の渦に飲まれた。
そうだ、会場の皆にも注意を促しておかないと。
「私が口にしたのは即効性の猛毒のようです! もう食べ物や飲み物にはお口を触れないでください!」
全員に聞こえる大声で注意喚起した後、公爵様に場の飲食物を全て下げてくれるようにお願いする。その際、個室を一つ借りることもできた。
私の背後ではアリシアが感心したように(ほほう)と声を出していた。
(リディスにしてはなかなか機転が利くではないですか)
私は基本的に行動が早いよ(ただ、正確性に欠ける)。どこに毒が入れられたかまだ分からないし、次々に倒れられたら大変なのは治療する私だからね。
(即死級の毒なので治療は必要ないかと。飲んで助かるのはあなたくらいですよ。ほら、皆そう思っているようです)
周りを見回して、感心しているのはアリシアだけじゃないことに気付かされた。
「本当に死んでも生き返ることができるなんて……!」
「まさに奇跡の力ですわ!」
「他の聖人とはもう格が違いますな!」
「ええ、リディス様は王国一の大聖女様です!」
思いがけずまた名声が高まってしまった……。これ以上忙しくなるのは困る……。
……はぁ、とりあえず今は私に毒を盛った理由をあの人に聞きにいこう。
犯人はまだ先ほどと同じ壁際にいた。
ただ、現在は体を震えさせて床に座りこんでしまっている。
「どういうことか、お話を聞かせてくれますね? 聖女ロゼンヌ様」
前に立った私を見て、彼女はどうにか声を絞り出す。
「……リ、リディス様、……申し訳、ありません……」
手を貸して床から立ち上がらせると、私達は公爵様から借りた別室へと移動した。
そこで私は彼女からゆっくりと話を聞いていく。
聖女ロゼンヌ様は私と同い年だったと思う。しかし、彼女は私よりもずっと早く聖女と呼ばれていた。確か四歳か五歳の頃に、王国の神官達によってその才能を見出されて王都に連れてこられたはず。
それ以来、日夜ひたすら修練を積む日々を送っているらしい。人々を導くこの王国の聖女となるために。
……貴族の家に生まれた私も自由を制約された暮らしをしてきたけれど、彼女はきっとそれ以上だろう。
実は、彼女が私に毒を盛った理由は何となく見当がついている。直接その口から話させるのは、ちょっと残酷なのかもしれない……。
椅子に座ったロゼンヌ様は涙を流しながら首を横に振る。
「私にも、よく分からないのです。自分がなぜ、こんな恐ろしい行為に及んでしまったのか……。ただ、リディス様がお力に目覚めた後のこの二週間は、私は完全に消えてなくなっていました……」
……やっぱり、そういうことか。
申し訳ないことに、ロゼンヌ様の霊力は私のそれより結構小さい。才能があると言われて長く修練を重ねてきたのに、突然力を得た私に劣っていた。こんな理不尽な現実はそうないと思う。
おそらく足元から崩れていく感覚だったに違いない。
何と声をかければいいか考えている間に、ロゼンヌ様は涙を拭って顔を上げていた。
「……私は、これから出頭して自分の犯した罪を告白します。リディス様、この王国と人々のこと、よろしくお願いします。……本当に、ごめんなさい」
「え……。待って、少し考えるので待ってください」
思わず私はロゼンヌ様を止めていた。
すると、それまで静かに様子を見守っていたアリシアが私の横に。
(どうして引き止めるのですか? 彼女がしたことはエキドナさんと同じでしょう?)
そうだけど、欲にかられて私を殺したエキドナとは違うよ……。
(分かりませんね。まあ、殺されたのはリディスですし、好きにすればいいですが。そうそう、暇だったのでその聖女の思念を拾い集めて記憶を再構築してみました。あげます)
やけにツンツンしてるな……。
あ、ロゼンヌ様の記憶が頭の中に流れこんでくる。
それは彼女のこれまでの人生を圧縮したような情報の塊だった。
才能があると期待されて、子供らしい楽しみも全て犠牲にして修練に励んだ十年以上の歳月。不意に現れた貴族令嬢が自分より大きな霊力を備えていた時の絶望感。周囲の憐れむような眼差しがそれに拍車をかけた。
……いたたまれない、私だって私に殺意が湧くほどだ。
アリシアめ、こんなものを見せて……。はっきりとロゼンヌ様を助けてあげたいと言えばいいのに。相変わらず天邪鬼な死神だよ。
視線を向けると彼女はツーンと顔を背ける。
私はため息をついた後にロゼンヌ様に向き直った。
「今回、私はたまたま食べ合わせが悪くて食あたりで死んじゃっただけです」
この言葉に、彼女は驚きのあまりしばらく停止。
数秒の間が空いた後に聞き返してきた。
「つまり、私を助けてくださると……? どうして……?」
「本来ならきちんと罪を償ってもらうべきなんでしょうけど、死神も殺されたのは私なので好きにすればいいと言ってますし。ロゼンヌ様は二度とこんなことをしないという確信があるので、今回は水に流します」
再びうつむいたロゼンヌ様はまた涙が止まらなくなっていた。
「……私は、全く聖女などではありませんでした……。リディス様こそ、真の聖女です……」
「そんな呼び名なんてどうでもいいです。……私ね、最近親友だと思っていた奴に裏切られて、実は友と呼べるのが取り憑いている死神くらいしかいないことに気付いたんだよ。あなたもずっと聖女を背負わされてきて一緒でしょ。だから、私と友達にならない?」
「私なんかで、よろしいのですか……?」
「うん、二人でいれば助け合うこともできるし、ちょうどいいと思う。私のことはリディスと呼んで。私もロゼンヌと呼ぶから」
この時、ようやく彼女は笑顔になった。
「はい、よろしくお願いします、リディス。あとそちらの死神さんも」
「あれ? アリシアが見えているの?」
「アリシアさんと仰るのですね、見えていますよ。私もここ数年、亡くなった方の魂や死神が見えるようになりまして。先ほどリディスが霊体で私の前にやって来た時は、絶対にやられると思いました……。ですので、許してくださいと言っていましたよね……」
……あれは命乞いだったのか。やらないよ、虫に転生しちゃうし。
ここで何かを思い出したようにアリシアが(あ……)と。
(霊力で人を呪い殺せば虫に転生するというのは嘘です)
なんだって……?
(あの時はリディスがどういう人間か、まだよく知らなかったので。やけになって霊力で虐殺を始められでもすれば私の仕事が増えますし)
……虐殺なんかするわけないでしょ。
「まったく、私をどんな怪物だと思ってるの……」
私がそう呟くと、アリシアとロゼンヌは顔を見合わせる。
(まだ自覚していなかったとは……。リディスの霊力は怪物級ですよ。そうでなければ死亡した人間の完全治癒なんてできません。それに、ロゼンヌ(呼び捨て失礼します)に才能があるのは事実ですし、修練も重ねているので彼女はすでに相当な使い手です。あなたは残念な聖女と見ていましたが)
「ええ、リディスの霊力は怪物級です。絶対にやられると思いました……」
へぇー、私ってそこまでなんだ……。




