7.緊急配信
13:42 パトカー内
「どうもぉっ。いまっ、緊急で動画を回しておりますっ!」
興味を引かせる定型句から始まった。
軽い。レンズの向こうにいる視聴者へ媚びを売る、おどけたパフォーマンスだ。
「皆さんっ、オレがドコにいるか分かります?
実は今っ、パトカーに乗ってるんですよっ」
相模が持つスマホの画面に、コメントの滝が流れた。
え?どういうコト?
配信者、タイーホされたか
やっぱり。いつかやると思いました
中には眉をしかめるような内容もある。目につくたび、相模は奥歯を噛んだ。
そんなことも知らず、工藤はおどけ続ける。
「別に逮捕されたんじゃないですよっ。現在、警察の方に協力してるんですっ」
舌を巻きながら、直前の感想を訂正した。この状況についても、彼にとっては想定内なのか。
「なんでか?今、連続爆破事件が起こってるでしょ?笑ってないモナ・リザが出すクイズの」
工藤は指先をカメラに向け、勝ち誇ったような顔を作った。
「ご存じの通り、3問目からオレが協力して正解してるんですよね。皆さん、感謝するように!」
おおスゴイ!
こんなんでイバるな。無能
素直に称賛する者もいれば、根拠もなく落とす者もいる。
どっちつかずの、匿名たちの喧騒。今のところ、五分というところか。
「まっ、オレの手にかかれば楽勝っすけどね」
工藤は腰に手を当て、大げさにふんぞり返った。
カンジ悪っ!
マジ生意気 ヤっていい?
通報しますたw
(マズい)
思わず、相模は録画停止ボタンを押そうかと迷う。
風向きが変わった。悪い方へ。
「まぁ実際、問題のレベルが低いんスよね。あんなの、ちょっと練習すればダレだって解ける」
だが、カメラ越しに大きくうなずく工藤は、視聴者の変化に気づいていない。
「犯人のかた、聞いてます?どうせなら、難しい問題を出して欲しいんですよね?
例えば——」
ニヤつきながら、画面の向こうを見下ろすように首を傾けた。
「フィリピンのジャングルで、30年近く潜伏した日本兵を発見した人物は誰か?」
数秒の間。反応をうかがうように、工藤はあえて不自然な沈黙を置く。
「このくらい、難しくしないと。正解した気なんてしないよね?」
途端、コメント欄が荒れ狂う。
カンタン杉ワロタw
逆にバカにしてるだろ、コレw
特定班急げ コイツ潰す
嘲笑、野次、罵倒。剥き出しの、負の感情が吹き荒れる。完全にコントロールを失っていた。
(これ以上はダメだ)
耐えられなかった。悪意の嵐を前に、思わず相模の親指が動く。
すんでのところで止まった。
画角の外れた場所から、工藤の左手が広げられた。
明確なる制止。録画ボタンへ伸びる指を、そっと押し留める。
なぜ?相模は彼の意図が理解できない。
「さて、もう少し配信を続けたいけれど」
目を細めてレンズの奥を射抜いた。
笑ってない。嘲笑を仮面の奥に冷たい思惑が見え隠れする。
だとしたら、ワザとなのか?
「皆さんと違って、オレは忙しいからね」
右手がひらひらと宙を舞った。
別れの挨拶。終わりは近い。
「短いけど、今日の生配信はここまでっ。じゃあねぇ」
工藤の左手から合図が送れた。素早く、相模の指が配信停止のボタンを押す。
エンドロールもない。唐突な終わり方だった。
13:51 パトカー内
配信後もしばらく固まっていた工藤は、透明な仮面を脱いで深呼吸する。
そのまま、張り詰めていた糸が切れたように、工藤はシートに深く背中を預けた。
「……すげえ、緊張しました」
「そうか……」
相模はスマホを持ち主に返す。
「鈴木紀夫、だろ?さっきの答え」
手渡しながら、そう告げた。
工藤は、少し驚いた顔を作った。
「良く知ってましたね」
「まぁ、そのくらいは……じゃなくて」
相模は頭を振り、本来の目的を思い出すように語気を強めた。
「なんで煽るような態度を取ったんだ?」
叱りつけるように、不特定多数を挑発した若者を問いただす。
「あれじゃ、秋月への暗号も伝わらない。単なる炎上騒ぎで終わってしまう」
「分かってます」
「……は?」
「だから、分かっています。……秋月さんに届かないのは」
工藤は相模から顔をそむけた。窓の外にある、無機質なビル群へと視線を飛ばす。
「あの人が今、俺の配信を見てるはずがない。拘束されてるなら、スマホも持ってないでしょうし」
薄く映る窓では、青年がどんな顔をしているか読み取れない。
それでも、彼が発する声のトーンが、真剣であることは伝わった。
「でも、言わないといけない気がしたんですよ。オレは今、あなたを探している、って」
不器用な告白。あるいは、自分自身への言い訳だったのかもしれない。
「誰かに聞いてもらわないと。自分の動く理由が、固まらない気がして」
自嘲するような短い溜め息が、車内に落ちた。
すき間風が、しばらく音を奪い去る。
「それに……炎上しないと、注目されませんから」
何かが吹っ切れたように、工藤は肩をすくめた。出会った時の軽薄さを取り戻す。
「このアーカイブ、後で何かの証明になるかもしれないっスよね?
だったら、人目についた方がイイですし」
「だから……、ワザと、あんなマネを?」
工藤は答えない。
代わりに、首肯することで意を示した。
相模はそれ以上、何も言わなかった。
届かないと知りながら発された言葉が、工藤の腹のくくり方だったのだと、理解した。
「ムチャクチャだな……」
頭を少し引き、押し黙る。助手席に座る青年が、少し恐ろしくなった。
単純に、工藤の配信を届ければいいと考えていた。が、彼は一歩先を想定していたのだ。
「そうっスか?」
肝心の工藤は、頭の上にクエスチョンマークを付ける。
相模は少し可笑しくなった。
計算なのか、それとも天然なのか。判断しかねる態度に、すっかり毒気を抜かれてしまったのだ。
「ああ。でも、悪くない」
相模はエンジンを始動させた。低いうねりが暴れ出す。
「少し時間を取りすぎた。飛ばすぞ」
勢い良く、アクセルを踏み込んだ。
13:56 パトカー内
ドアウィンドウから滑り込む景色は、道路と並走する高架から送電線の影すら見えない。コンクリートの柱だけが続く。
「もうすぐだ」
駅が近い。ハンドルを持つ相模の腕に力が入った。
助手席は静かだった。手にしたスマホの画面を、食い入るように見つめ続けていた。
「なにを見てる?」
「さっきのアーカイブです」
工藤はポツリ、とつぶやいた。
「どこくらい、見られた?」
「同接で2千ちょっと、再生数は7千越えてます」
彼の声は暗い。予想以上の数字にも関わらず、先ほどの余裕は欠片もなかった。
肝心の「獲物」からの反応がまだないのだろう。
相模は慰めの言葉を飲み込み、ただ前だけを注視した。
例え何万再生されたとしても、たったひとりが見逃せば意味がない。
「時間がない。到着したら、すぐ行動しよう」
それだけ伝えて、アクセルを踏んだ。赤信号を無視し、放置された車両の間をすり抜ける。
不意に視界が広がった。鉄の残骸と鏡の街を抜け、パトカーの赤色灯で埋め尽くされたロータリーが飛び込む。
駅前に到着したのだ。
「状況はっ!」
タイヤを滑らせながら停車する。ドアを開け放つと同時に、大声をロータリーに響かせた。
誰も応じなかった。
規制線の内側で、制服警官はなにも言わずに一点を凝視する。
全員が、唯一ある大型スクリーンを。
「くそっ!」
相模は間に合わなかったのを悟った。すでにクイズは始まっている。
周囲に合わせて見上げると、あの忌まわしい名画がスクリーンをジャックしていた。
笑わないモナ・リザ。残り時間を減らし続けるタイマー。
その間に、問題文が浮かぶ。
味方の駒に囲まれて逃げ場を失ったキングを、
敵のナイトによって仕留められる
チェスの特殊な形の詰みを何と言うか
問題の雰囲気が変わった。疎い相模でも、その程度は分かる。
「工藤っ!」
思わず、呼び捨てにした。勢い良く振り返り、反対側のドアを見る。
彼はすでに飛び出していた。そのまま、公衆電話へと駆け出す。
「くっ!」
パトカーの天井を乗り越えて、後を追う。
すぐに追いついた。一緒に並走し、灰色の四角い筐体の列へとなだれ込む。
工藤の手が受話器をつかんだ。顔の横に寄せると、声を張り上げる。
「スマザード・メイトっ!」
タイマーが、止まった。
しばらく待つと、問題文が消え『正解』の文字が浮かぶ。
「やったなっ」
相模は工藤の肩を叩く。
工藤はなんの反応も返さなかった。
「どうした?」
強く叩きすぎたか?少しの後悔をもって、顔を覗き込もうとする。
「相模さんっ!」
自分の名前を呼ばれ、中断する。振り返ると息を荒げた警察官が、膝に手を当てて息を整えていた。
「良かった……来てくれたんですね」
「ああ。遅くなってすまない」
相模も詫びを入れつつ、改めて周囲を確認する。
「それで、異常はなかったか?」
「おおかた、問題となるような混乱はありませんでしたが……」
「が?」
「規制線を越えて侵入しようとした一般人が、数名ほど」
ちらり、と警官はじっと動かない工藤を見た。
「制止しようとすると、『オレも協力しにきた』と抵抗しまして……」
「……ああ」
相模は天を仰いだ。
あの配信に、そんなタチの悪いオマケがつくとは。
「すまない。余計な手間を取らせた」
「それは……仕事なので構わないのですが」
警察官は躊躇いがちに視線を落とす。と、意を決したように強い語気で問いかける。
「相模さん。いつまで、彼を事件に巻き込み続ける気ですか?」
「えっ?」
「彼は一般人です。さすがに、やりすぎかと」
鋭い指摘に、相模は返答に窮してしまう。
「それは……分かってる」
苦々しい表情で、刑事は首の後ろに手を当てた。
「だが、彼の頭脳は貴重だ。現に、難解なクイズを解いている」
弁護するように、沈黙したままの工藤を見る。
顔色が悪い。蠟のように青白かった。
「工藤、どうした?」
異変を察知した相模は、警察官との会話を打ち切った。工藤の肩を掴み、無理やり顔を上げさせる。
「相模さん」
震えた唇が、どうにか言葉をひねり出した。
「キングって、誰のことを言ってると思います?」
相模が止まった。




